その2
征服girls 2
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結局一時間だけ休んで、ふらふらと放課後を迎えた。
だいぶ具合が回復したので、あの保健室に費やした時間は無駄じゃなかった。
「クーミー!具合はどう?」
おだんごを揺らしながらカレンが話しかけてくる。
HR後恒例の教科書を整理中に話しかけてくるのは恒例だ。
「だいぶ回復したよ、よしあのカモくんに会おう」
「ちょ、あんた目が輝いてるよ!…まあいかにもピュアそうな目ぇしてたもんね。
つーか、クミの好みっしょ」
私の思考はあのカモくんに会うことに染まっていた。
久しぶりにあんな可愛い子見た。
とっても僕好みだ。
「それもそうだけど、あの子、ちょっと不思議な所がね…」
そこまで来て、きゃぁあっと女の子の声でかき消された。
黒板の方で集まっていた数人がなにやら騒いでいるようだ。
「なんだ?」
「さあ…ねぇー!何かあったのー?」
カレンが大声で尋ねると、女子の何人かが怖いものでも見たように振り返って。
「き、今日さ、救急車来たじゃない?」
「ああ…」
たしかそれで保健室の先生がいなかったんだったっけ。
「あれね、学校に侵入した不審者に刺されたそうよ。しかも七針縫ったんだって!」
「ええ?」
そんな怖いことがあったのか。
だけど、学校に不審者なんてそんな話聞いてない。
もっと騒ぎになっても良いのではないか?
放送くらいかかってもいいはずだ。
「は、犯人は捕まったの!?」
「それが…刺された所がね、二の腕の内側なんだって」
「わ、薄皮で痛いトコだね!擦れたら痛いねっ」
「う、薄皮…?」
アンパンか、と突っ込みたくなる感想を述べてるカレンに引いてた。
そして矛盾点を見つける。
「…二の腕の内側なんて刺しづらいな」
「でしょ!!」
ビシッと女子に指さされる。
「腕あげた状態…つまり心臓より上の状態の出血量じゃないんだって!
だから下げた状態で刺されたらしいんだけど、それって変じゃない?」
「…うん。自分で刺したとしか思えないね」
自分で刺すのにも刺しづらい位置だけど。
リストカットの二の腕バージョンみたいなものなのかも。
「そう…だから学校側も警察もその子の虚言だって思ってるみたい」
だから無駄に騒がないのか。
騒いだら逆にその子の今後に関わる。
虚言を吐く子、ということで学校内でいじめられるかもしれない。
だからあまり目立たせてないのだ。
「でも、その子…ずっと言ってるんだって」
とっておきの怪談を語るように。
「一一黒い霧が刃になったって」
きゃぁああっ、とクラス中に怯える声が上がった。
女子は皆、恐怖の底へと沈んでいた。
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校門の近くの木の隙間に彼はいた。
そっと覗くように、通り過ぎる生徒一人一人を見て、僕たちを探していたみたいだ。
「カモくんっ!久しぶり!朝ぶりだね!」
「いつもだけどその変貌ぶりには驚くわ…」
あまりにもその姿が可愛らしくて抱きついてしまう。
ビクッと身をこわばらせ、ガタガタと震え出してしまった。
ああ、犯罪者の気分だ。
「…学校は終わったのか?」
「うん。カモくんも小学校終わったの?」
「…私のことなどどうでも良いだろ…」
目を伏せられてしまった。
聞いちゃいけないことだったようだ。
いじめられてるのかな?
それともあんまり学校に馴染めてないとか…。
こんなにかわいいのに可哀想だな。
と思っていた矢先だった。
「あ、もう来てたんですね」
サイドに結った三つ編みを風になびかせながら、小さめの声でそう言う。
メガネの奥の瞳は優しく笑んでいて、見るからに優しそうだ。
この子は確か、さっきの…。
「あ…先程はどうも。えっと、お名前なんでしたっけ?
ちゃんと聞いていませんでしたね…」
すみませんと軽く頭を下げる少女。
いえいえと僕は名乗る。
「僕は塚田クミだ。ああっと…ヒナちゃんだっけ?」
「わあ!よく覚えてますね!柴田ヒナといいます。
すごい…ちゃんと自己紹介してないのに」
「大したことじゃないよ」
ワイワイと話す僕たちをぽかんと見ているのはカレン。
そうだ、面識ないんだった。
悪いことしたな。
「えーと、さっき保健室で会ったんだ。
…どうやら彼女もこの僕の腕の中のかわい子ちゃんに呼ばれたらしい」
嫌がるカモ君のすべすべの頬に頬ずりしつつ言う僕。
カレンは呆れているらしく、溜息で返事した。
「私、園田カレンです!よろしくね!」
「柴田ヒナです。よろしくお願いします」
ハイテンションなカレンと正反対な気がしたが、まあ上手くやるだろう。カレンのことだし。
「…顔見知りだったのか」
「いや、さっき保健室で会ったんだ。
あまりにも境遇が似ていたもので」
ピクリと耳が動く。
「器量だけでなく頭の回転も速いのだな」
「褒めても何も出ないよ」
解放してあげると、逃げるように離れていく。
学校にいるはずのない幼児にチラホラと振り返るものがいた。
「カレンは赤、ヒナちゃんは黄色、僕は青。
色違いの玉がついたお守りをお揃いで持っていて、みんなその記憶がない。
この共通点で何をさせようって言うの?カモくん」
「……話が早いと助かるな」
ふ、と笑った。
というか、初めて笑った所を見た。
ヤバイ、可愛すぎるんだけど。
いつかあの笑顔を独占できないかなと少し妄想モードに入ってしまう。
が、今は話を聞かないとね。
「なに、大したことではない。
私は君たちに人助けをして欲しいだけなのだ」
灰色の髪を靡かせる。
やけに大人びた言い方に、少し不安を覚えた。
向かったのは、学校の近くの公園だった。
ジャングルジムに砂場、ブランコ、滑り台といった王道どころは揃えてあるので、学校を終えた子供たちがはしゃいでいた。
カモくんよりかは見劣りしてしまうが、僕が泣いて喜ぶ可愛い子たちが仲良く遊んでいる。
ああ混ざりたい…が、きっと通報され、逮捕されて、明日の朝刊に載る未来が容易に想像できてしまう。
「大体分かってるだろうが、君たちが集まったのはそのお守りだ」
ベンチに僕たちを案内して、座らせながら。
自分は立って説明してくれるらしい。
「それはプ○キュアでいう変身用コンパクトですかね」
と、僕は素朴な疑問をぶつける。
「話を遮るようで申し訳ないのですが、コンパクトはテ○マクマヤコンです…
昨今のプ○キュアは携帯だったり、カードだったり、香水だったりで変身します」
ヒナちゃんが申し訳なさそうに手を挙げて説明してくれる。詳しいな。
呆然とヒナちゃんをみて、少し恥ずかしそうに目線をずらすカモくん可愛い。
「…ま、まあ、そんなもんだと思ってくれ。
そして私の事はプ○キュアの周りを飛び回る小動物だと思えばいい」
「灰色の髪が犬っぽいな、カモくんは」
「…そこは狼と言って欲しかった」
ああごめんよカモくんっ!ソッポ向かないで!
あうあう悶えていると、隣に座っていたカレンが口を開いた。
「ね、ねぇ!ちょっとまってよ!
話が追いつかないんだけど…。
さっきからプ○キュアの話ばっかだけど、プリキュ○になれとか言わないよね!?
人助けってそーゆーんじゃないよね!?」
そうだ、僕としたことが、いちいちカモくんの言動が愛くるしくて忘れてしまった。
明らかにおかしいこの事態にツッコミを入れるのに。
僕の立場をカレンに取られてしまった。
「…あー、カレンの言うとおりだ。
僕たちに伝説の戦士になれとでも言うのか?」
小さいお友達から大きなお友達まで、幅広い支持を受けている国民的アニメのヒロインになれと?
腕を組みながら馬鹿げてる発言の裏の意図を思案する。
キョトンと首を傾げて、カモ君はさも当然のように言った。
「無論そうだ、お守りも渡しただろう?」
………。
唖然。
この子は何を言ってるんだ?
「…え?わ、私たちが…プ○キュアに?」
どこかで聞いたようなセリフをパクパクと口を開けながら放つカレン。
話が前に進みすぎてめまいがする。
「ああいうのは、よくわからない敵と戦うだろう?
君たちには違う敵を倒して欲しいんだ」
「意味がわかりません!こんなか弱いヒナたちに何かを倒すなんてできないです!」
立ち上がって叫びだしたヒナちゃんに、ビクッと肩を怖がらせたカモくん。
「…子供の遊びには付き合ってられないんだよ!?
今は2年の秋…もう2月あたりには大学目指して受験勉強入るの!遊んでらんないの!
私は推薦だから今度の期末テスト外せないし、それにクミは一般入試だから余計に!」
「でも、君たちにしかできないんだ」
「カモくんがやればいいじゃないですか!」
「何を倒せって言うのかわかんないけど、とにかく私たちには無理!
だって体育3だし、クミに至っては2だし」
「そこ、うるさい」
「翼が生えて来るわけでもなければ、前世で月の王女だったわけでもないの!
せっかくだけど、ごめんね!」
小さい頃憧れていたプリキュアは、現実世界ではかなり無理がある設定だった。
彼女たちは確か中学生だったからまだよかったのかもしれないが、高校生の僕たちは今社会に出ようとしている。
暇じゃないのだ、ようするに。
学歴社会で生き残るためには遊びに付き合ってられない。
特にこの時期は重要だ。
カレンたちがお守りを引きちぎって、カモくんに押し付けるのも無理はない。
無理はないのだ。
「……」
唖然として、少し悲しそうな顔をするカモくん。
両手に二つのお守りを手にしながら、俯いた。
「…私には無理だ」
消え入りそうな声が耳に入る。
責任に潰れそうな声に、胸が締め付けられた
「ほらクミ行くよ!
遊びに付き合ってる暇ないよ!」
怒って僕の手を引いて連れて行こうとするカレンの手。
それを、引いた。
「…敵はどんな連中?」
行かせない。
こんなちっちゃな子が、見ず知らずの僕たちにお願いしているのだ。
それを自分たちの都合で追いやってしまうのは、大人になる僕たちがしていいのだろうか。
「…ちょ、クミ!」
「遊びだったら遊びできちんと諭してやるべきだし、本当に困ってるのなら助けてやるべきだ。
怒って放ったらかしにするのは、僕は反対だ」
「クミさん…」
「…カモくん、敵について教えて」
カモ君はどことなく嬉しそうに顔を上げて、泣きそうな口を開いた。
「最近この近くで多発してる辻斬りだ」
「ひ、つじ?」
「カレン、辻斬り。“ひ”はいらない」
盛大にボケをかましてくれた。
おかげで雰囲気がブチ壊しである。
「…辻斬りって、あの、時代劇とかにある…?えーと、快楽殺人鬼でしたっけ?」
「快楽殺人、というより、刀の切れ味を確かめたいだけとか、単に刀の練習とか…そういう理由で行きずりの人を斬る人のことだ。
…現代でそんなことをしたら、ううん、しようとしたら、銃刀法違反ものだよ」
そんなものが多発してたら今頃この近くには報道陣でごった返してるはずだ。
そして気づいた。
「…辻斬り…いた」
「何言ってんのクミ?」
怪訝な目で見られたので見つめ返す。
「今日確か斬られた子が黒い霧がどうのって行ってなかったか?」
「え…」
「救急車騒ぎの虚言の子のことですか?でもあれは…」
ヒナちゃんも知っていたようだ。
てことは全校に知れ渡ってるってことか。
「ねえカモくん!辻斬りって敵だったりするの?」
「敵かどうかはわからない。だけど、幽霊だ」
「ゆ…」
平然とオカルト発言をして、カレンがこけた。
「どういうこと?」
「つまり、この子は辻斬り…うちの学校の子を襲った辻斬りの幽霊をやっつけて欲しいと」
「…えぇ…マジ?」
「安心してくれ、絶対に死なないし、傷つかないから」
言い聞かせるように言った彼に、疑心暗鬼といったカレンが聞いた。
「…根拠は?」
「そのお守りには身につけているものを防具に変えることができるように設定してある。
わかりやすくいえば、その制服が防具に変わるのだ。その防具を身につけていれば、体に一切傷ができない」
このお守りにそんなすごいものが入ってるのか。
見たところ普通にもふもふだけど。
「勝算はどれくらいなんです?」
「9分……9割だ。私には辻斬りがどこにいるか見分けることができる、君たちにはそれを一網打尽にしてくれれば良い」
「…どれくらい協力するの?」
「…君たちが辞めたいと思うまでだ」
質問攻めをして、保身を知る。
向こうも反対を予想していたのだろう、ぽんぽんと即答していく。
知れば知るほど断る理由はない。
「カレン、ヒナちゃん。僕はやるよ」
そして一押し。
1人立候補者が出れば、
「んーー…わかったよ!やるよー!もー、クミがゆーならそーするしかないじゃん!!」
「…じゃあ、ヒナもします…!
1人だけ逃げるわけにはいきません!」
本意じゃないと怒りながら、カモくんからお守をひったくっていくカレン。
さっきはごめんね?と謝りつつお守りを手にするヒナちゃん。
「ありがとう…」
カモくんが嬉しそうな顔をしたから、協力してやってよかったと心の底から思えた。