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不笑  作者: 桧瀬
5/11

4


 キーコーキーコーと、無機質な音が耳に障る。美香がブランコを扱ぐ音が、静かな住宅街に響いて行く。

「ほら、秀秋さん! ブランコを扱いでいると、何か、空が近くなりません、か!」

雲一つも無い青空に向かって、美香は只管ブランコを扱ぐ。

二つに結んでいる髪が揺れて、揺れる。美香の笑顔が異様な程、目に焼き付く。

そんなに扱いだって、届きやしないよ、空だなんて。

  


「―――――、あ」

空に向かって、紙飛行機が飛んで、落ちる。

小さな女の子は泥まみれの紙飛行機を手に取り、また空に向かって飛ばす。

また、落ちる。そして女の子はまた拾う。

何を望んで、こんな空なんかに紙飛行機を飛ばしているのだろうか。

暫くボォッとその様子を見ていると、その女の子の元に同じ身長ぐらいの男の子が歩いてきた。

女の子はニッと少し抜けた歯を見せながら笑い、空に向かって指を指した。

「―――くん、ほら、ひこうき」

「…ひこうき?」

「うん、ひこうき。ほら、ひこうきが通った後の、ひこうきぐも。わたしね、あれにのってみたいの」

「だめだよ、―――ちゃん、くもはね、のれないんだよ」

「どうして?」

「なんかね、てれびでいってたの。みずのかたまりって、てれびがいってたよ」

「ふーん、そうなんだ。やっぱり、ひであきくんって物知りだね」

「…そうかなぁ、えへへ」

褒められたひであきという男の子は、えへへと照れ笑いをする。

ひであき。

ひであき、と。

どうして、おんなのこは、ひであきって。

「わたしね、しょうらいね、ひこうきにのるの」

「―――ちゃんなら、かなえられるよ」

「ひであきくんの、ゆめは?」

「ぼくは、パイロット」

ひであきという男の子は両手いっぱいに手を平げ、顔を空に向ける。

「みかちゃんをのせる、ひこうきをうんてんする」

「――――みか? ひであき?」

ぼくはブランコから立ち上がり、ひであきと呼ばれた男の子の方へと足を進める。


「おにいちゃんは、だめだよ」


ひであきとよばれた男の子は、ぼくに近付き、顔を歪ませる。


「おにいちゃんは、だめだよ」


みかとよばれた女の子は、ぼくの手を握りながら言った。女の子の顔も歪んでいる。


「おにいちゃんは、だめだよ」


二人はぼくの顔を覗きながら、顔を歪ませながら、景色に飲み込まれながら、言った。

一体、なにが、だめなんだろう。

一人、蹲りながら、景色に飲まれていった。溺れて行った。

おぼれていってしまう、ぼくは、なによりも。

きもちわるい。


ごぽり。



 「……あ、飛行機」

「…えぇ、飛行機ですね」

ぼくらは頭上に飛んでいく飛行機を指差しながら、顔を少し緩める。

「ほら、飛行機が通った後の、飛行機雲。美香って、あれに乗りたいんじゃなかったっけ」

「だめですよ、秀秋さん。あれには乗れないんです」

「どうして?」

「テレビで言ってたんです。水の塊って」

「ふーん、そうなんだ」

「…秀秋さんは、物知りですね」

美香はブランコから降り、ぼくを見下ろす様にして此方を見る。

「私は、将来、飛行機に乗るのが夢だったんです」

「美香なら、叶えられるよ」

「秀秋さんの夢は?」

「ぼくは、パイロット」

ぼくは両手いっぱいに手を平げ、顔を空に向ける。

「美香の乗る飛行機を操縦するんだ」

大きな青空に、一本だけ白いラインが引かれる。

雲、飛行機雲。

引かれた雲は儚くも消え去る。

「…昔、こういう事を聞いた事があるんです」

美香はしゃがみ、視線を地面に落とす。

その姿は何故かぼくの脳に深く突き刺さる。

どうして。

「百秒を数える間に飛行機雲が消えなかったら夢が叶う―――って」

夢が、叶う。「…そう」と、ぼくは少し顔を下ろし、揺ら揺らと揺れる地面を見てふと思う。

――――、美香は、何を。

「だから、わたし、お願いしてるんです」

一体、何の夢を叶えようと美香は言うのだろうか。

「何を?」

ぼくは顔を上げ、美香の顔を見る。

笑顔だ、美香は、ずっと、笑顔だ。どうして、そんなに、笑顔が、笑顔、笑顔、笑顔、

笑顔が、笑顔が、笑顔が、笑顔が、笑顔、ぅ、ううううぅううぅうううぅ!!!


「秀秋君が全てを思い出す様に、と」


 ごぽり。



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