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キーコーキーコーと、無機質な音が耳に障る。美香がブランコを扱ぐ音が、静かな住宅街に響いて行く。
「ほら、秀秋さん! ブランコを扱いでいると、何か、空が近くなりません、か!」
雲一つも無い青空に向かって、美香は只管ブランコを扱ぐ。
二つに結んでいる髪が揺れて、揺れる。美香の笑顔が異様な程、目に焼き付く。
そんなに扱いだって、届きやしないよ、空だなんて。
「―――――、あ」
空に向かって、紙飛行機が飛んで、落ちる。
小さな女の子は泥まみれの紙飛行機を手に取り、また空に向かって飛ばす。
また、落ちる。そして女の子はまた拾う。
何を望んで、こんな空なんかに紙飛行機を飛ばしているのだろうか。
暫くボォッとその様子を見ていると、その女の子の元に同じ身長ぐらいの男の子が歩いてきた。
女の子はニッと少し抜けた歯を見せながら笑い、空に向かって指を指した。
「―――くん、ほら、ひこうき」
「…ひこうき?」
「うん、ひこうき。ほら、ひこうきが通った後の、ひこうきぐも。わたしね、あれにのってみたいの」
「だめだよ、―――ちゃん、くもはね、のれないんだよ」
「どうして?」
「なんかね、てれびでいってたの。みずのかたまりって、てれびがいってたよ」
「ふーん、そうなんだ。やっぱり、ひであきくんって物知りだね」
「…そうかなぁ、えへへ」
褒められたひであきという男の子は、えへへと照れ笑いをする。
ひであき。
ひであき、と。
どうして、おんなのこは、ひであきって。
「わたしね、しょうらいね、ひこうきにのるの」
「―――ちゃんなら、かなえられるよ」
「ひであきくんの、ゆめは?」
「ぼくは、パイロット」
ひであきという男の子は両手いっぱいに手を平げ、顔を空に向ける。
「みかちゃんをのせる、ひこうきをうんてんする」
「――――みか? ひであき?」
ぼくはブランコから立ち上がり、ひであきと呼ばれた男の子の方へと足を進める。
「おにいちゃんは、だめだよ」
ひであきとよばれた男の子は、ぼくに近付き、顔を歪ませる。
「おにいちゃんは、だめだよ」
みかとよばれた女の子は、ぼくの手を握りながら言った。女の子の顔も歪んでいる。
「おにいちゃんは、だめだよ」
二人はぼくの顔を覗きながら、顔を歪ませながら、景色に飲み込まれながら、言った。
一体、なにが、だめなんだろう。
一人、蹲りながら、景色に飲まれていった。溺れて行った。
おぼれていってしまう、ぼくは、なによりも。
きもちわるい。
ごぽり。
「……あ、飛行機」
「…えぇ、飛行機ですね」
ぼくらは頭上に飛んでいく飛行機を指差しながら、顔を少し緩める。
「ほら、飛行機が通った後の、飛行機雲。美香って、あれに乗りたいんじゃなかったっけ」
「だめですよ、秀秋さん。あれには乗れないんです」
「どうして?」
「テレビで言ってたんです。水の塊って」
「ふーん、そうなんだ」
「…秀秋さんは、物知りですね」
美香はブランコから降り、ぼくを見下ろす様にして此方を見る。
「私は、将来、飛行機に乗るのが夢だったんです」
「美香なら、叶えられるよ」
「秀秋さんの夢は?」
「ぼくは、パイロット」
ぼくは両手いっぱいに手を平げ、顔を空に向ける。
「美香の乗る飛行機を操縦するんだ」
大きな青空に、一本だけ白いラインが引かれる。
雲、飛行機雲。
引かれた雲は儚くも消え去る。
「…昔、こういう事を聞いた事があるんです」
美香はしゃがみ、視線を地面に落とす。
その姿は何故かぼくの脳に深く突き刺さる。
どうして。
「百秒を数える間に飛行機雲が消えなかったら夢が叶う―――って」
夢が、叶う。「…そう」と、ぼくは少し顔を下ろし、揺ら揺らと揺れる地面を見てふと思う。
――――、美香は、何を。
「だから、わたし、お願いしてるんです」
一体、何の夢を叶えようと美香は言うのだろうか。
「何を?」
ぼくは顔を上げ、美香の顔を見る。
笑顔だ、美香は、ずっと、笑顔だ。どうして、そんなに、笑顔が、笑顔、笑顔、笑顔、
笑顔が、笑顔が、笑顔が、笑顔が、笑顔、ぅ、ううううぅううぅうううぅ!!!
「秀秋君が全てを思い出す様に、と」
ごぽり。




