3
横山美香。
屈託のない笑顔を見せながらぼくの周りをうろうろする、見知らぬ少女。
彼女はぼくと同じ中学校の制服を着ている。いや、同じ制服はいいんだ。季節は夏というのに彼女はいまだに冬用の制服を着ている。
…暑くは、ないのだろうか。見るからに暑そうなのだが。
「…行ってきます、母さん」
ぼくはリュックを背負い、学校指定の靴を履いて、玄関から出て行った。
家から出て行っても、まだ美香はぼくの周りをうろうろしている。
「何か、目新しいものでもあるの?」「いいえ、秀秋さん。私、学校に行くのは…その、数週間ぶりで、友達が私の事を忘れていないかって、少し、不安で」
「…はぁ」ぼくは呆れ気味に溜め息を吐いた。
…然し、本当に、彼女―――美香はぼくにとってどんな存在なのだろうか。
頭をどう揺らしても美香という存在はぼくの頭の中にはない。会ったことがあるのか、と思う事も少しだけはある。だが、美香はぼくの存在を、ぼくの名前を知っている。
ぼくは知っていないのに、美香だけは知っている。
…何だろう、この違和感は。
何かが、突っ掛っている、喉の奥底に。
吐き出せそうで、吐き出せない、ぐるり、と、全てが湾曲して、曲る。
とても、気持ちが悪い。
――――――、思い出せない、どうして。
「…秀秋さん?」
気が付くと、美香はぼくの顔色を窺うようにして、此方を見ている。
「………あ、う、うん。ごめん」ぼくはその顔を見て反射的に謝っていた。
「そうです、秀秋さん」
美香は何かを思いついたらしく、パチンと手を鳴らした。
「…?」
「学校、今日はお休みしましょう」
「…は?」
「お休みをして、一緒に遊びましょう?」
美香はぼくの手を握り、ニコニコと笑みを振り撒く。
美香の手は、手が、冷たい。
まるで、氷を握っているようだ。
「…そしたら、一緒に遊びましょう?」
ぼくは美香に導かれるまま、足を進めて行った。




