第一話
この小説は是非プロローグからお読みください。
時が真夜中を指す頃。
都会とは呼べない少し寂れたこの町は、いつもの如く静寂を身に纏っていた。煌びやかな光を放つ通りを除き、街灯くらいしかない住宅街はさらに暗闇のベールを被る。人っ子一人いないと言っては言い過ぎだろうが、その言葉は7割ほど正しい。
そんな中、最も人がいないはずである夜の学校の校庭に何やら無数の影が蠢いていた。不穏な空気が周囲に漂う。
「さぁて。誰が相手をしてくれるの?」
そう尋ねたのは高校生ほどの少女。それに対して、
「九尾の妖孤を呼べぇ!」
そう荒々しく叫んだのはおかしなシルエットを持つ人物だった。否、果たして“人”と表現してよいものだろうか。
―やたらと長い首。手には大きな鎌。
そんなシルエットが少女を取り囲んでいるのだった。
「呼べって言われてもなぁ」
少女は困ったように呟く。
「呼ばないならお前を殺してやるぞ?」
「まぁ呼んでもどうせ殺すけどな」
「おいおい、そんなこと言ったら喋ってくれなくなるぜぃ?」
「おっと悪いな。ヒヒヒ」
「少しでも長生きしたかったら早く九尾の妖孤を呼べよぉ!」
「てめぇが九尾の妖孤の居場所を知ってるってことはとうの昔にバレてんだよ!」
どうやらこのおかしなシルエットの者たちは九尾の妖孤を探しているようだった。そしてどこからか九尾の妖孤の居場所は目の前にいる少女が知っているという情報を仕入れてきているらしい。
ここで読者の皆はどこかに疑問を抱きはしないだろうか。
九尾の妖孤、とおかしなシルエットの者たち―すなわちろくろっ首たちは確かに言った。その名は妖怪の中でも一位二位を争う強さを持った存在の名だ。非常に凶悪な、ゲームでいえばラスボスの位置にいてもおかしくないような恐ろしい妖怪である。
それにも拘らず何故この者たちはこんなにも余裕の態度でいられるのか。
それには理由があった。
どんな者でも生まれて直後は弱い。これは当たり前のことである。人間と妖怪には決定的な違いがあろうとも、これは共通項であった。
そして何百年と生きてきて、何千もの修羅場を乗り越えてきたろくろっ首たちが九尾の妖孤の誕生を知ったのはつい一週間前。情報の発信源は彼らが最も信頼しているところであった。
いくら九尾の妖孤と言えど生まれて間もないのであれば我等に勝てはしまい、ならば今の内に倒してしまえば霊力豊富なあの血肉が手に入るではないか――
それが彼らの態度の余裕さの理由。
――だが。
それならばもう一つ疑問が浮かぶ。
彼らと同じ、否彼ら以上に余裕の態度を表す者がいたのだ。
それは、彼らに取り囲まれている一人の少女だった。
明らかに少女はこの場で最も危険な状況に立たされていた。殺されることは既に決定事項であると言われ、ここから逃げ出す術もありそうにない。彼女が知っていることになっている九尾の妖孤の居場所だって、もう10分は取り囲まれているのに口に出そうとしないからして、喋るつもりがないのか知らないかのどっちかであろう。
――それなのに少女は、どこか楽しそうな表情を浮かべていた。
「…何者だ、お前」
ろくろっ首たちのリーダー格らしき者が静かに尋ねた。さすがに不審に思ったらしい。
「ん?私はただの人間の女子高生だよ?」
少女は可憐に笑ってそう言った。それを見てリーダー格の者は疑惑を確信のそれへと変える。
「嘘をつくなぁ!大体だなぁ、ただの人間が何故我らを見て動じない!?」
鎌をしっかりと構えながら叫ぶ。
そう。今の時代に、現代に妖怪などはっきり言って時代遅れも甚だしい。信じている者なんて皆無に近いであろう。それなのに少女は人間の数倍の長さを持つろくろっ首たちを目にしても顔色一つ変えなかったのだ。人間の振りをして声をかけた時はともかくとして、この学校に追い詰めて彼らが本性を晒してもなお平常の態度を保っているのは明らかにおかしい。
「えーべっつにぃー…」
「いいから早く九尾の妖孤を呼べよぉ!!」
「そうだよ、早くあの妖孤を呼びだせ!!」
「狐野郎の血肉は俺様たちの貴重な食料になるんだからよぉ!!」
「あのきつねは今どこに隠れてる!?」
なんだか呼び方が段々とぞんざいになってきているのは置いておくとして、疑惑も何も抱いていない彼らの多くは痺れを切らしたようだった。
「おい、まっ…!」
必死にリーダー格の者がそれらを抑え込もうとするがその前に、
「わかった。今から呼ぶねー!」
少女が明るく告げた。
皆の注意が少女に集まる。焦って足を、手を小さく叩く音がいくつか聞こえる。そんな周囲を横目に少女はゆっくりと深呼吸をした。
「んあ?何してんだ!?」
そんな怒鳴り声が肌を刺激しても少女に怯む様子はない。
と、突如強風が吹いた。その刹那またも楽しげに、可憐に笑う少女の笑みが目に入ったリーダー格の者は嫌な予感とともに周囲に注意を促した。
「気をつけろ!!」
しかし、その意味を受け取れた者は残念ながらいなかった。
「っ!?」
強風に巻き上げられた砂が宙を舞い、視界が遮られたからだ。
「言っとくけど、私がただの女子高生だってのは本当だよ」
そんな中でも先ほどと同じ口調でそう告げる少女。
「嘘をつくなと…!」
一人冷静にことを見極めようとしているリーダー格の者は一人それに律儀に答えた。
が――
「――但し」
その答えは正解ではなかった。
「…さっきまではね」
――その声はもう少女の声ではなかった。
「この妖気は!?」
リーダー格の者は、もう平静を保ってはいられなかった。
「な、何だぁ!?なにしやがった、あの女!」
「きつねを呼ぶんじゃねーのかよ!」
「くそっ!八つ裂きにしてやる!!」
「待て!だがこれは、この妖気は、ま、まさか、九尾の妖孤か!?」
「まさか!え、う、生まれたばかりじゃないのか!?」
「し、知らん!俺は知らんぞ!」
混乱してゆくろくろっ首たち。
だが、それでも戦闘ができないわけではなかった。
「うおりゃああああぁぁぁぁぁ!!」
あるろくろっ首がさっきまで少女のいた場所を薙ぎ払った。それに続いて次々と鎌を構え、刃を走らせて行く。どうやら伊達に修羅場を潜り抜けてきたわけではないようだった。
「おい!あいつはどこだ!?」
「どこにもいないぞ!」
「どこに消えたぁ!?」
そんな彼らでも、認識範囲からはどこからも強い妖気を感じ取れるために本体は見つからない。
「…くそっ!」
何故さっきの少女を人質にしておかなかったのかとリーダー格の者が唇を噛み締めた、その時。
「ねぇ」
不意に耳元に息遣いを感じた。
「な!?」
今現在彼は、周囲の状況を確認しようと首を天へ伸ばしていた。あの砂煙は九尾の妖孤が故意に起こしたものだと確信していた彼は、砂煙の役割を姿を隠すためだと思っていた。思い込んでしまっていた。
「……そうか。あの砂煙は我らをただ混乱に突き落とすためだけに…」
「そ。あんたとゆっくり話がしたくてさ。闘うのも楽しそうだけど、やっぱ校舎を壊しちゃまずいもんねっ」
彼が感じているのは息遣いだけではない。
――カチャ。
刀の冷たさが首元から伝わってくる。
彼は覚悟を決めた。瞼を下し、体の力を抜く。
「…………」
だが、いつまでたってもその時は訪れなかった。
瞼を開き、彼は訝しげに問う。
「…何故切らない?」
「え、いや、私、殺す気ないし。てか、話がしたいって言ったじゃん」
何だろう。彼は先ほどの少女と同じようなものを感じた。
「何故だ?覚悟などとうの昔にしてある。思う存分に…」
「私ね、仲間がほしいの」
何を言い出すのだ、こやつは。
「仲間、だと?」
「友達でもいいけど」
全く意味が理解できない。
「仲間?友達?それは人間が使う言葉だろう」
「そ。貴方と下にいる人達の関係のこと」
意味くらいは知っているが。
「そんなことをして何がしたいのだ、貴様は」
隙を窺うものの、果たしてそれが本当の隙なのかそれとも虚偽の隙なのかが判別できない。生まれたばかりという情報は嘘だったのだろうか。確かについ最近この世界に生まれ出でたと聞いたのだが…。
警戒の色を濃くする彼に、妖孤は可憐に微笑みかけた。
「今、妖怪って弱くなる一方でしょ?段々妖怪を知ってる人間いなくなってるし、というか妖怪の存在すらなかったんだって考えがこの国に蔓延しちゃってる。それってさ、つまり人間に信じられてないからじゃない?だって妖怪は人間の信仰力で生まれたんだもんね。うん、今は人間の妖怪に対する信仰力が弱っている、と。ここまでいいよね?ちゃんと話についてきてるよね?で、そっからどうやったら昔みたいに妖怪が強くなれるかって考えたら、結論は一つ。そう、もう一度人間に信じさせればいいんだよっ、妖怪の存在を。妖怪は本当に存在してたし、今だっているんだぞって、さ」
…ふむ、確かに。確かに言っていることは的を射ている。面白い発想だ。だが、所詮は戯れ事。理想論に過ぎない。
「馬鹿を言うな。人間が信じるわけ…」
「だからぁー、信じさせるの。人間って馬鹿だもん。何か理屈つけてやれば信じるって」
「そんなこと…」
できないとは言えなかった。妖孤の言葉にはそれだけの自信と威厳と、力があった。
「…本当に、できるのか?」
「出来る出来ないの問題じゃなくて、やるの。私はそのために仲間を集めてるんだから」
そう言うと、妖孤は刀をしまった。
ーカキィン。
「信頼の証。あんたもほら、鎌しまう」
先に信頼されてしまっては、こちらも信頼をせぬわけにはいくまい。こちらの立場が下がってしまう。
俺は鎌を消した。それを見て、妖孤は満足げな表情を浮かべた。
「じゃ、私が言った時には協力お願い」
「はい、必ずや」
自然と頭を垂れると、
「仲間は敬語なんて使わないしそんな風に頭下げたりしない」
怒られた。
「は、はぁ」
さっきまでの威厳はどこへやら。拍子抜けだ。思わず呆然としてしまう。と――
「下の人達、片付けてってね」
妖孤はそう言い残し、去ろうとする。
あまりに気軽そうなその態度に私は咄嗟に制止をかけた。
「ま、待て!!」
「ん?」
不思議そうに妖孤は振り向く。
「そ、そなたの、名は?」
思いついたのはそんな陳腐な質問だけ。
「私は、火鵺」
心に優しい炎のような光が入り込んできて、文字を画いた。
――『火』の『鵺』か。どこかで…聞いた、名だ…。
そして妖孤は弱い月に照らされながら、漆黒の夜空へと消えていった。
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