天地優子
「え……エロゲー……???」
「そうです、エロゲーです!!」
「え、えーと……」
「ここじゃなんだから、とりあえずうちに来て!」
優子の家。広大な庭を抜け、純和風家屋の玄関の引き戸を開けて中に入る。
「ただいま」
「お…お邪魔します…」
おずおずと入るブルマニア。
「あら、お友達かい?」
老婆に話しかけられる。
「おばあちゃん、お友達なんかじゃないわ」
内心傷つくブルマニア。それを老婆がたしなめる。
「優子、お友達にそんなこと言うものじゃ……はっ!? このくらいの年頃の男の子でお友達じゃないということは…恋人!? まさか恋人なの!? ヒューヒューハニーフローラ!! ラブパワー全開ですねお二人さん!!」
「巴投げ食らわすわよ!!」
真っ赤になって怒る優子。
「行こ、古間くん!!」
ブルマニアの手をギュッと握り、自室へと急ぐ優子。
(ウヒョー手を握られた!! これはフラグ!?)
一見無反応だが、内心テンション上がりまくるブルマニア。
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ほぼ四方が障子とふすまの純和風の部屋。しかし家具などが妙にかわいらしく、部屋の持ち主の姿が反映されている。
部屋の真ん中にはちゃぶ台があり、上にノートパソコンが置かれている。優子はパソコンを立ち上げると、あるサイトを開き、ブルマニアに見せた。
「このサイトが戦場よ」
画面を覗きこむブルマニア。そこには、色っぽく顔を紅潮させた美少女のサムネイルが並んでいる。
「これ…PIXIVみたいなやつ…?」
「違うわ。DL同人ショップ『DLパラダイス』よ」
「DL…同人……?」
なにがなにやらわからないブルマニア。
「…同人誌は分かるよね?」
「えーと、アニメとかのキャラクターのエロい漫画をおっさんたちが売ったり買ったり、悔しくてビクビクしたりしてるやつ? コミックマーケットとか」
「そう。東京の秋葉原に行けば、同人誌専門のショップもたくさんあります。でも、書籍も電子書籍化してるような時代だから、同人誌も電子書籍でいいと思わない」
「ああ、そういうのを売り買いするショップ」
「そう」
画面から目を話し、口元に手を当てて少し考えるブルマニア。
「しかし電子書籍なら、漫画や小説だろう?」
「このサイトはタブレット端末向けではなく、パソコン向け。漫画や小説以外も売れるの」
キーワード検索をし、作品をピックアップする優子。
「例えばこの作品はアニメ。3Dで動画を作って、声優さんが声を当ててるの」
サンプルをダウンロードし、再生する優子。3Dの女性キャラクターがなめらかに犯されている。画面の品質は非常に高く、市販作品と比べても遜色が無い。
「えっこれ、素人!? すげぇ画面がキレイだけど、プロじゃないの!?」
「うーん……基本的にはアマチュアが多いんだけど、プロや元プロも結構いて、正直よくわからない」
今度は「RPG」というキーワードで検索する優子。
「RPG……?」
「そう、私が作ろうとしている… いや、君と一緒に作りたいのは『エロRPG』!」
スックと立ち上がる優子。
「エロRPGで生計を立てて、学校や家から独立する。それが私の目標!!」
「ちょ、ま、待って!」
慌てて止めるブルマニア。
「さっきの見たけど、あんなすごいのが俺たちにつくれるわけないじゃん! そもそも俺、絵を描いたことないよ」
「絵は私が全部描きます。君はRPG部分とか、その他すべてをやって欲しいの」
「………」
「これを見て」
あるサークルのページを開く優子。
「うーん、この人は… 正直あんまりうまくないね。あれ、でも、なんか1000本も売れてる!?」
「もう少し下を見て」
「あっ、こっちは30本しか売れてない! 同じ人なのになぜこんなに差が……」
ブルマニアを見つめながら、優子が言う。
「1000本売れている方はRPGで、売れてない方はCG集なんです」
「……!?」
「なぜかエロRPGは、CG集とかに比べてすごく売れるの」
「え、いやしかし… 30倍以上も差が出るものなのか…!?」
「現に出てるじゃない」
「うーむ……」
「この人くらいの絵なら私だって描ける。ただ、それだけでは30部がせいぜい。だけど古間くん、君がRPG部分を作ってくれれば、1000部だって夢じゃない!」
「ま、待って! 俺はRPGツクールでちょこっと作ったことくらいしか… ちゃんとしたRPGなんか…」
「エロRPGにゲーム性を求めている人なんかいない。RPGの体にさえなっていれば大丈夫」
「…………」
沈黙するブルマニア。考えてもみなかったことだが、目の前のサイトを見る限り、彼女の言い分は正しいように思える。
優子はDLパラダイスの別のページを開く。そこには、卸値と販売価格の一覧表が載っていた。
「RPGだとCG集よりも卸値をあげられます。CG集では卸値400円がせいぜいだけど、RPGなら800円の卸値でもイケる! 1本800円の作品が1000本売れたらなんと80万円!! 数ヶ月に1作出すだけで、私たちは家や学校から独立できるのよ!!」
「いや、詐欺ってことはないのか……?」
「それはないわ。このサイトは実際に多くの人が使っている。ここの売上だけで暮らしてる私の知り合いだっている」
さらに考えるブルマニア。
(こんな世界があったのか… にわかには信じがたいが、卸値もDL数も明示している以上、もし詐欺だったとしたら、作品を出している人からクレームが殺到するだろう…)
iPhoneを取り出し、「DLパラダイス」で検索をはじめ、裏とりに動くブルマニア。しかし、詐欺という情報は一切出てこない。
「なにか分かった?」
「……信じがたいが、今の話、どうやら本当なのかもしれない……」
黙って考えこむブルマニア。
「…わかった。協力しよう。どのみち俺には拒否権はないしな……」
「ホント!? ありがとう!!」
手をギュッと握ってくる優子。思わず赤面するブルマニア。
「古間くん、これから私たちは、二人で一頭の獅子よ!!」
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そんな日が、はるか昔のようだ。
俺たちは今日、中学の卒業式を迎えた。作品を完成させられずに……
天地さんの絵は遅々としてできなかった。俺のゲーム部分も序盤で止まっている。
お互いに未熟すぎた。お互いに手を抜き、提出を遅らせ、二人でテンションを下げあってしまった…
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校門で天地さんが待っていた。
「古間くん、久し振り…」
「卒業おめでとう… 君はフラン犬学院に行くの?」
「うん。古間くんは…?」
「俺は普通に犬臭高校」
「そう……」
沈黙が流れる。
「…卒業だから、謝ろうと思ってたの。ごめんなさい、変なことに巻き込んじゃって…」
「………」
「結局、普通に高校生になるのに、勝手に夢を見て、人を巻き込んで、バカみたい…」
うつむく優子。
「そんなに自分を責めるなよ。色々あったけどさ… 卒業式のテンションだからか、面白かったって思うよ」
「面白かった…?」
「ゲームは好きだけど、真面目に作ろうと思ったことなんかなかったからさ… 俺、卒業してもゲーム作りは続けるよ。力不足は感じたけど、お金を取らない『フリーゲーム』ってのもあるから。そこでやってこうと思う」
予想外の返答に、驚きの眼差しで古間を見つめる優子。
「天地さんは… 絵を止めちゃうの?」
「………」
再びうつむく。
「……もうやめようかなって。自分の絵を見るのも嫌になっちゃって…」
「気が向いたらまた描いてくれよ。俺、君の絵好きだしさ…」
「……ありがとう。優しいんだね」
「まあ、なんだかんだ、ブルマを盗んだのを許してもらってるしさ」
プッとふきだす優子。
「あはははっ! そういえばそんな出会いだったね!」
スッと拳を突き出すブルマニア。それに小さな拳を合わせる優子。
「がんばろうぜ、お互い…!」
「うん……!」
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それからさらに10年がたった。東京都新宿区。巨大なビルの一室。
「ようこそおいで下さいました。株式会社ビューティフルドッグの犬飼です」
「はじめまして、古間です」
「メールでもお伝えしましたが、『第3回 ビューティフルドッグ ゲームコンテスト』で大賞をとった古間さんの『連射犬』が、家庭用ゲーム機に移植されることになりました」
「ええ」
「ただ、元がインディーズゲームですので、家庭用に移植するにはちょっとグラフィックが荒い。そこで、グラフィックのリライトを行わせていたきます」
「了解です」
「キャラクターの絵には、人気イラストレーターの起用を考えています。今日は、可能であればイラストレーターを選んでいただきたいと思っています」
机の上にイラストを並べる犬飼。どれも美しく、今風で、魅力的だ。
その中のひとつに目が釘付けになった。
「おっ、それですか」
「ええ、この人しかいないですね…!」
手元の資料を漁る犬飼。
「えーと、この人のプロフィールはどこだったかな…」
「いえ、言わなくても分かります」
驚きの混じった微笑みで、懐かしい絵柄を見つめるブルマニア。
(続けてたんだな、天地さん……!!)
【おしまい】
勢いで1話を投稿したものの、勢い任せすぎて続きが書けず、その後漫画の方が忙しくなったりして、1年半くらいたってから今ごろ最終回を投稿することになりましたゴメンナサイ。
みんなが完璧に忘れたころに突然最終回を投下するのが好きです。
牛帝(2013/08/14)