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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第四章 誰も、何も、信じない
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断章 サマランカ国第一王子

「―――ようやく見つけた」

 ティターニア王国、国境の町アーガイル。先日の神子の騒動があってから警戒態勢を敷かれたこの町は、しかし賑やかさは以前と変わらない。むしろ商人の持ち込む商品は確かに戦争の色を帯び、傭兵団も多くこの町を訪れている。

 そんな情勢下の酒場というのは、以前に増して無法者たちが多くひしめいている。店の娘は器用に酔った彼らを交わし、客の注文の声を聞き洩らすこともなく仕事に勤しんでいる。


 声を発した青年の姿は、よく見れば異様だった。

 目深にかぶったマントはよくよく見れば質の良い素材でできており、縫製も市場にあふれる粗悪品と違ってしっかりとしたものだった。品の良く持ち主に合うよう仕立てられたそれはマントの下を完全に覆い隠している。どこかの家の遣いか、と思えばどこにも家の紋章の意匠もない。

 青年はカウンターで一人酒を呷っていた、軟派そうな青年の横に、断りも入れずに腰かける。

 目尻はたれ、その優し気な瞳で何人もの女性の心を射止めてきたのだろう。男の癖に指通りの良さそうな赤毛(・・)はうなじの見えるように短く切りそろえられていた。青年はシャツとベストを着崩していたが、不思議とだらしない印象は与えない。むしろ洒落ている、と感じさせるほどだ。


 青年はマントの下で目を細めた。着崩しているが、ブラウスにはシミや皺が一切ない。見るべきものが見れば一目でわかる。この男は、こんな場末の酒場で一人安酒をのむような身分ではない。


 軟派な青年のほうも、突然隣に座った青年の異様さに一目で気付いていた。鈍色のマントの下から一瞬だけ見えた、腰に刺した剣。一瞬ではあるが、その意匠には確かに見覚えがあった。

 黒に近い青色と銀色。交差した剣と金の鍵。剣は聖女の残した『カルタナ』と呼ばれる聖遺物。金色の鍵は世界の向こう側に至った魔術師たる聖女が弟子に残した鍵。

 ―――ティターニア王国の国章。そんなものが付いた剣を帯剣している者など、この世に一人しかいないだろう。

  

 青年は少し考えて、隣人の名を呼んだ。

「……ティターニア国第二王子、アルバートか」

「いかにも。先日は()の部下が世話になった―――いや、なりましたというべきか?」

「なった、でいいよ。クライブと呼んでくれ」

 マントの青年、アルバートはマントの下で笑った気配がした。クライブは店の娘を呼び止めて、同じ酒をもう一つ注文した。


 リコリス・インカルナタが道中、ほんの少しだけともにいた情報屋の男だ。彼女からの報告では、アルバートの私設ギルド、カルタナ騎士団のイリスにくっついてきたのだという。しかも最初にあったのは盗賊団の残党、次は路地裏で女性に囲まれて……といういろんな意味で頭を抱えさせられる報告だった。


「うん、いずれたどり着くだろうとは思っていたけど、まさか王子直々に来るとは思ってなかったよ。正直、兵に囲まれたらどうしようかと悩んでいたところだったんだ」

「できるか、そんなこと。リコリスからの報告書を見たときに目を疑ったさ、噂自体は知っていたが」

「困ったなぁ、存在自体は知られていたってわけか。俺の情報抹消能力もまだまだだな」

 とぼけるクライブに、アルバートは琥珀色の目を細めた。


「……クライブ。赤髪に青い瞳の男。カルタナ騎士団所属のイリス・クロイツァ―と行動を共にする、自称情報屋の男。情報屋であるのにかかわらず、世間知らずな面が目立つ。年のころは二十代前半。戦闘能力は皆無。だが耐久力と敏捷さは人並み以上。魔術のセンスは“問題外”。ただし、魔力値のみ突出した数値を見せている。出身地、姓は不明。

 ティターニアの民であれば多かれ少なかれ魔術に触れる機会は多く、またその膨大な魔力量であれば必ず誰かの目に留まる。魔術を学ばないことなどあり得ない。赤髪、という点においてはハノンブルグ人の特徴と一致するが彼らは魔力自体は持たない。戦闘民族、なんてあだ名されてるサマランカ人とは違うように見えるが、体格はサマランカ人のものとよく似ている。

 幼少期にティターニアで過ごしたことがなく、ハノンブルグ人とサマランカ人の特徴を併せ持つ人間。加えてその服の仕立てや、髪の手入れ。世間知らずな一面。

 ……情報にあった人物像と、すべてが符合する。

 レオンシオ・デ・サマランカ第一王子(・・・・・・・・・)。それが貴方の名だ」


 魔術のセンス、について言及したころから眉をひそめていたクライブは、不機嫌そうに聞き返した。アルバートがうなづくと、けっ、と彼は残った酒を飲み下した。

「それ、リコリスちゃんの報告?」

 アルバートはああ、と返して付け加える。「それをもとに、俺のもとの情報と照らし合わせたものだ」と。


「なんだ、あの子、限界そうに見えて人の魔力値まで調べて報告してたんだ。……で、聞かないわけ? なんでサマランカで“神子”に暗殺されかけたはずの“王位継承者”がここにいるのか、とかは」

「大体理解はできるし、今この場で聞くわけにはいかない」

 と、アルバートは顎で背後を示す。全員酔っているし、この喧騒では小声で話している彼らの声は聞こえないだろうが、盗聴されていないという保証もない。


「なるほど……どうするアルバート王子。俺をサマランカまで連れていく?」

 手錠を受け入れるように両手を差し出す動作をする、クライブと呼ばれていた男。おどけた動作をする彼に苛立ちを隠さず、アルバートはカウンターを指でつついた。


「それで済むならいいんだがな。……俺にはあなたの父上が何を考えているのかが分からない」

 ちっ、と舌打ちすら聞こえてきそうな呟き。

 育ちのいい所作でチンピラのような苛立ちを見せる姿に、旅で出会った神子と剣士の姿を重ねた。

「若いな。エドワード王子には?」 

「話している。あにう……兄殿下は正確に事態を把握している」

 俺なんかよりも、という心の声が聞こえたようだった。クライブはマントで表情を隠しているのに、手に取るように感情の機微が読み取れた。それがこの、成人の儀を終えたばかりだという王子の若いところか、あるいはそれすら意図的に利用しているのか。……どちらにせよ、面白そうな人間だ。

 同い年であるエドワード王子の性格は知っている。ので、この弟が言われたことも容易に想像できた。


「彼の言う通りにしていても、彼女は吉報を持ち帰っただろうに。……いや、じっとしていられなかったのか。女の子ばかりに頼ってはいられないからね、男としては」

 と、言うが早いがクライブは旅装を素早く整え始めた。

「何を」

「行くんだろ、サマランカ。詳しい話は道中話そう」

  旅装、といっても外套を羽織っただけなので、数十秒も経たずに終えてしまう。立ち上がったところでようやく酒を持ってきた娘に「ごめんね、ちょっと時間になっちゃった」と笑顔で謝り、娘が何かを言うよりも早くに前掛けのポケットに銀貨を滑り込ませた。


 ……………軟派。


 ティターニアの人間ではあまり見られない軽さに、しばし唖然としてから、しかしそれを悟られないようにアルバートも席を立つ。

 酒場の外に出ればなるほど、兵に囲まれこそしていなかったが、アルバートの護衛らしき軍人が通りで一般人に紛れるようにして立っていた。

 春の夜風は、わずかに生ぬるさを帯びている。晩春の風は冷たく、しかし心地いい。


「さて、……若い王子様に免じて、俺も久しぶりに骨を折るとしますか」

 そうして、レオンシオ王子はあくまで“クライブ”のままつぶやいた。

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