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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第四章 誰も、何も、信じない
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ⅩⅤ 術式崩壊、その意味は


「あの二部屋は特別強化された部屋でした。二人の待遇は同格に、しかし同じ室内は特例を除いて禁止です。ですので、申し訳ありませんがお二人は地下牢に入っていただきます」

「……ローゼミア、それは」

 不満げにクロードは呟くが、それを遮ったのはエレイシアだ。

「ええ、仮にもティターニアの伯爵令嬢に対する待遇ではないことは承知しています。ですが、邸内で二人が使うことが群から許可されたのはあの二部屋か地下牢のみです」

「監視である私たちも牢にはいます。独房には入りませんがね。あの寒い中、ともにいる我々に免じてはくれませんか」

 オーランドも畳みかけるように言う。もともとクロードに決定権などないが、そう言ってくるということはそれなりに申し訳なさは感じているということか。

「僕はそれでもいいよ。リコリス、君も不満はないんだろう」

 僕がいいと言っているのに、とでもいいたげにセドナが言う。黒髪から除く隻眼を、リコリスは横目で睨み返す。

「……もとより私たちに決定権などないわ」


 コルロッテ家の地下牢は二つある。地下牢があることも驚きだが、サマランカではさして珍しい造りではないらしい。使用人室の地下に一つ、そこから離れた中庭の地下にもう一つ。中庭の地下牢にはリコリスが、使用人室の地下にはセドナが入ることになった。


「居心地は?」

「最悪ね」

 地下牢の中身はどこであろうと大して造りは変わらない。家具は簡素なベッドのみ。壁には手錠。リコリスは固いベッドに腰かける。ローゼミアは独房の前に椅子とテーブルを持ってきて座った。そのテーブルの上のランプだけが唯一の光源だ。


「それで、リコリス・インカルナタ。あなたは本当のところどうなのです」

 濃紺の瞳が独房の中のリコリスを見据えて言った。

「無実よ。私はその日の朝、セドナにやられて昏睡状態で動けるわけなんてない。やられたのはアーガイル近くの森」

「アーガイルからその日の晩のうちに首都までたどり着くのは不可能ですわね。あなたがそれこそ、魔法でも使わない限りは」

 ローゼミアが爪を噛んでいった。彼女が考え事をするときの癖だ。

「魔術師のくせに魔法なんて言葉を軽々しく……あなたに言っても仕方なかったわね。魔術使い」

「蔑称のつもりかしら。私は魔術師になったつもりなど毛頭ないので、そちらの方が好ましいですが。戦闘民族、と言っていただけたのならもっと光栄です」

 戦闘民族、その言葉は言いえて妙かもしれない。

「言っておきますが、神明裁判でアレに勝てるとは思わないことです。

あの部屋はお父様とおじいさまが血反吐吐くまで殴り合っても、傷一つつかなかった部屋です」

 ……親子喧嘩だろうか。


 あー、とリコリスは天を仰いだ。ランプの薄明りでは何も見えはしないが、おそらく壁と同じく冷たい石壁に覆われているのだろう。

 実のところ、勝算など全くない。リコリスは魔術戦では絶対に負けない自信があるが、白兵戦ではそうもいかない。身体強化は筋肉の強化のみ。瞬発的な判断や反応速度は及ばない、どころか凡人にも劣る。

 そういった場合、距離を詰められないうちに遠距離から魔術を行使……というのがリコリスの対策であり必勝法だ。

 だが、セドナには対魔力特性がある。

 対魔力特性。触れたもののすべての魔力を絶つ力。

 白兵戦は絶望的、魔術も効かない……勝算などあろうはずもなかった。


「考えなし」

「……ええ。私もそう思っていたところよ」

 はー、と重くため息を吐く。見ると、ローゼミアが驚いたように目を丸くしていた。

「何よ」

「……いえ、意外だと思って。前のあなたは、そんなところを見せたりはしなかった」


 今度はリコリスが驚く番だった。

 確かに、前の自分はこんな風に弱いところを見せたりはしなかった。ただの一つも欠点や過ちを人に見せたことはない。それが「神子」としての自分に課せられた責務だと思っている。それは今も変わらない。

 ……なのに、なぜ今ローゼミアにこんなところを見せてしまったのだろう。

 アーガイルを出てから、弱みを見せすぎたのかもしれない。クロードには何度も倒れたところを見せてしまったし、エレアノールにもクロードにも神子の秘密を教えてしまった。

 

「……まあ、確かにあの神子には勝てないかもしれませんわ」

 変なモノをみてしまった、という顔で眼を逸らしてローゼミアは言った。

「さっきは意地悪で言いましたが、これは私の本当の所感です。あの部屋はほかの部屋とは違って、ドアノブから窓枠に至るまで特別な術式で強化された部屋です。その部屋を物理的にも魔術的にも破壊するなんて」

「―――今、なんて?」


 今、致命的な違和感を感じた。それは通常起こりえないものではなかったか。

 黒曜の瞳がローゼミアを刺し貫いた。

 ローゼミアも、魔術師の端くれとして彼女の天性の才能を知っている。神から与えられた知性、最高の魔術師、リコリス・インカルナタ。

 ローゼミアはゆっくりと先ほどの言葉を繰り返す。

「あの部屋はほかの部屋とは違って、ドアノブから窓枠に至るまで特別な術式で強化された部屋です。その部屋を物理的にも魔術的にも破壊するなんて、と」


 特別な術式。魔術的に破壊。

 魔術的に破壊、とはそのまま術式が修復不可能なほどに破壊されていることを指す。現象としてはこれを術式崩壊(スペル・アウト)とも呼ぶ。通常魔術師が魔術を無効化する際にはこの術式崩壊を起こさない。

術式は精緻な設計図、魔法陣と同義。つまり一画だけ消すなり意味を書き換えるだけで魔術は機能不全を起こす。リコリスが常習的に使う術式の乗っ取り、術式侵入(クラック)もその上位互換だ。


 だが、術式崩壊はすべてが違う。

 魔力によって編まれた精緻な設計図。それらすべてを遡り破壊する(・・・・・・・・・・)


 そんなものは対魔力特性の能力ではない。

 対魔力特性。すべての魔力を絶つ力。魔術は一画でも消されれば簡単に機能不全を起こす。対魔力特性の者が魔術を無効化するのは、一画に通っていた魔力を消して機能不全を起こさせるからだ。術式崩壊など起こるはずもない。


 そもそもすべてがおかしかった。

 アーガイルの町に張られた魔術の網を一瞬にして消滅させたことも。魔術式が組み込まれた制御の首輪を破壊したことも。魔力の暴力であったクロウ・クルワッハの異界をセドナが無効化できなかったことも。

 そしてなにより―――


 魔力で強化された屋敷全体には傷一つつけられず、術式による強化が施された部屋だけ破壊したこと。


 セドナの能力は、対魔力特性なんかではない。これなら勝てる(・・・・・・・)

 リコリス・インカルナタの瞳が輝いた。頭が面白いくらいに回る。今まで読んだすべての文献の内容が頭をよぎる。様々な言語が頭をよぎった。知識の嵐のような中で、リコリスは冷静に、しかし抑えきれない興奮を感じながら勝利への道筋を組み立てていく。


 ―――カチリ、と頭の中ですべてのピースが合わさった音がした。

 

 リコリスはベッドから立ち上がった。牢の格子の前に立つと、ローゼミアは驚いたようにリコリスを見続けていた。

「ローゼミア、図書室を見せて」

「……何を思いついたかは知りませんが、それはできません。神明裁判の決まりでは―――」

 そういうことは予想できていたリコリスは口元をほころばせた。


「ええ。文句があるのならあなたを倒すのだったわね、ローゼミア」

「確かに言いましたが、でもそれは」

「言った以上責任は取ってもらうわ。告げる(Befehl)―――!」



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