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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第四章 誰も、何も、信じない
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ⅩⅠ 最低で、単純で

――――それは、彼にとって最も恐れていた事態だった。いや、恐れていたというのはおかしい。正確には、"警戒はしていたが、深刻に考えていなかった“ことが引き起こした、いつか来るはずの出来事だった。

  

 いまさらになってクロード・ストラトスは、自分と彼女の慢心を悔いた。

 気が付けば(・・・・・)、リコリスとあの男の姿は消えていて、事態を正しく理解することに数秒を要した。


「くそっ」

 人目を憚らず悪態をつくさまがよほど珍しかったのか、おずおずとエレアノールが歩み寄る。少女らしい丸みを帯びた指が、クロードの肩に触れる。励ますように。

「クロード大尉、その、申し訳ありません。私の術が不完全だったばかりに」

 桜色の髪がかげって見える。

「お姉さまは全面的に私を―――私の魔術を信用していた。私も、私の一族が代々受け継いだモノを盲目的に信じた。検証を怠った。大尉や大佐(・・)だけの責任ではありませんわ」


「―――傷のなめ合いはもういい。それより軍人、もう動けるか」

 冷静にセドナは言うと、オーランドに向き直って、肩に触れる「は、はい――――え」ように見えた。実際はベルトに刺された剣を引き抜いていた。抜身の刀身を試すように素振りしている。

「ゴロツキ時代ならこれで切っていたんだがな―――それと、声をかけたのは君じゃない。君の部下だ。もう動けるかと聞いている、エレイシア」

 黒い瞳が赤毛の軍人を見据える。

「はい、問題ありません」

 彼女は気圧されたようだったが、それを抑えることには成功したようだった。セドナはその答えに「いい返事だ」と口元をゆがめて笑う。

 

 それに、その唇に、その瞳に、強烈な既視感を覚える。

「そんなに見るな、クロード・ストラトス。そんなに僕が笑うのがおかしいか」

「いや、別に。それよりお前、仲間なんだろう、あいつの手の内を知ってたりしないのか」

 強烈な既視感は一瞬で消えた。いつもの無表情に戻ったからかもしれない。


「知ってるけど、僕では出来ない。君たちにやってもらうしかない」

「教えてくれるのか」

「僕にとって今のあいつは裏切り者だからな。それと、あいつ(リコリス)の提示した策も僕なりに気に入ってるんだ。―――いいね、正々堂々と果し合い。わくわくするよ」

 口元をゆがめて笑う。先ほどのような柔らかさはなく、猛獣に舌なめずりされたような気分だった。


「それで、いくつか聞いてもいいな、童話使い」

 言われたエレアノールが「は、はい」と驚いたように返事をする。童話使いの名がセドナに知られていたことに、わずかに驚いたらしい。きびきびと声をかけられたせいか、気を付けまでしている。


「まだ『侵蝕する童話(グリム・グリモワール)』はこの森に働いているんだな?」

「はい、未だ行使したままです。もっとも、あの男のモノに太刀打ちできるかどうかはわかりませんが」

 なるほど、と低くつぶやくセドナ。セドナはその返答を待っていたようだった。


「そもそもクロウは、君ほど高度な技術を持っちゃいない。クロウはアレはな、ヤツの意思、思考のようなものが強力な魔力を帯びた結果だ。

 ―――簡単に言うと、あいつはこの世界を自分の意思、思考のままに変えてしまう。

 けど、あいつはどういうわけか死ぬほど馬鹿だから、思考する……つまり、変えられるのは精々自分の視界の中くらいだ。そうは見えないけどな」

 

「そんなバカな力」あってたまるか。それは世界の理に反するものだ。リコリスが苦しんできた対価や修正力を思い、声を上げる。

 言いかけたクロードを、セドナが困ったように、あるいは呆れたようになだめる。


「あるんだよ、それが。クロウは神子や聖女のことしか思考しないし、できない。あいつにとって世界は自分か神子あるいは聖女か、それ以外の邪魔者だけしか存在しない。認識できないんだ。

 狂っている。間違いなく、一歩踏み外している。

 ―――なあ、童話使い。君たち魔術師は、そういうものを目指しているんだろう?」

 からかうように言った一言は、しかし魔術師の童話師には気に障らなかったようだ。


「そうですわね。確かに、それはある意味魔術師の一つの到達点でしょう。

 なるほど、実に簡単なトリックでした。―――ならば、そこに至る道も単純明快ですわ。私の役割はお姉さまに至るためのお膳だて。そういうことですわね?」


 言うとエレアノールは目を閉じて詠唱を始める。桜色の髪が揺れる。風向きが変わり、霧が晴れていく。


「理解が早くて助かる。エレイシア、リコリス・インカルナタの魔力(マナ)の匂いは辿れるか」

「風向きが変わったおかげで辿ることは容易です。―――ただ、この純度。出血していると思われます」

 ちっ、と舌打ちしてセドナがそこで初めて表情を曇らせる。あの野郎、小さく吐き捨てたのは自分か、セドナか。


「クロード・ストラトス、最後は君だ。アイツが君を邪魔者と認識しないうちに―――後ろから、襲ってやれ」

 単純にして明快。そして騎士らしからぬ最低の戦略。セドナはそれを、この上なく面白おかしく、クロードに告げたのだった。



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