表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第四章 誰も、何も、信じない
63/77

Ⅷ 侵蝕する童話

 名家の魔術師の恐ろしさとは、その血の濃さと、積み重ねられた研究成果にある。

 魔術師の子はどこの子も、親から受け継いだ研究を一つ昇華させ、また次の代に受け継がせていくことを義務としている。そうしていつか、自分の末裔がこの世の『境界を越え』ると信じて。

 エレアノール・スコットも、そうした家名を受け継いだ者の一人だ。


 彼女が受け継いだ秘術の名は『侵蝕する童話(グリム・グリモワール)』。

 エレアノール・スコット。別名『童話使い』。それが、彼女の魔術師としての本質だ。


「『侵蝕する童話(グリム・グリモワール)』……! そうか、これが!」

 童話使いの詠唱に、男は驚きつつも歓喜の表情を見せる。リコリスとセドナ以外の者に初めてまともな反応をした。

 無理もない。彼女の幻想結界は通常のそれを超えている。

 幻想結界は曖昧な世界しか作れない。願望や希望を叶えるもの。人間の想像はうすぼんやりしたもので、本来なら細かな世界観は作れない。圧倒的なまでに、再現できる情報量が少ないのだ。だからこそ、先ほどまでの世界は霧がかかり、道に果てがなかった。

 

 けれど今は違う。

 霧の向こうに木々の影が見える。草木が見える。隠れ潜む動物の気配がする。川のせせらぎが聞こえる。

 月明かりの存在に気づく。照らされた森の中に、自分たちが確かにここにいるという確信を得る。絶望的なまでの生きている実感。 

 

 『侵蝕する童話(グリム・グリモワール)』はその名の通り、童話世界を幻想結界として再現する魔術だ。

 幻想結界と親和性が高いとされている魔術の特性、童話効果。それを最大限活用し、現実を侵食する魔術。それに最も早く、そして高度な技術で仕上げたのがスコット一族だ。この秘術を受け継いだ彼らは代々軍に迎え入れられ、結界魔術師として重宝されてきた。ただし、この魔術にはひとつ難点があった。

 ―――第四の壁の存在である。

 この魔術は演劇的な解釈や制約を取り込んで、あくまで結界内での出来事は「物語上のこと」としている。

 そのひとつ、術者は強制的に「語り手」として認識される。語り手には様々な制約がある。

 例えば、語り手は物語の中におり、読者や作者の世界にはいてはならない。語り手と、読者や作者との間には、超えられない「第四の壁」がある。語り手は、物語内で出会っていない存在と意思疎通していてはならない。

 第四の壁の存在はこの魔術においては大きな障害だ。

 要するに、術者にとって完璧に都合にいい空間を設定することはできても、術者自身は手を出すこともできないのである。

 

 しかし一族の中での最新の童話使い、エレアノール・スコットはこの魔術にいくつもの改変を加えた。

 ひとつ目は童話の断片をいくつも取捨選択して、より自分に都合のいい世界を構築すること。

 二つ目は、結界に取り込む対象を術者が任意に設定できるようにしたこと。


 そして三つ目―――第四の壁の破壊。


 春先の冷たい風が吹く。桜色の髪が揺れる。枝に腰かけたままのエレアノールは、まるで童話の妖精がそうするかのように、少し首をかしげて微笑んだ。

「月明かりに光る石を探してまいりました、お姉さま。―――まあ、私の物語の中で、とても面白いことをなさってますのね、クロード大尉?」

 

 なんて、童話の住人らしくふわふわしたことを感想を述べた。そこで数分ぶりに自分の暴挙を思い出す。

 剣を向けられたリコリス・インカルナタはようやく視線をエレアノールからクロードに視線を戻す。そして、ようやくクロードの顔を見て、視線を合わす。

 クロードの無駄なあがきをしている顔を見て、どこか安心したように微笑んだ―――のは、気のせいだろうか。すぐに険しい顔に戻ってしまった。


「エレアノール、面白がって見てないでさっさと術を解きなさい。後が怖いわよ」

「もう、お姉さまったら―――"悪い魔法使いの呪いは解けました。めでたしめでたし"」

 途端に体が動くようになる。クロードは若干の情けなさと隠すために、すぐに笑ったままの男に剣を向ける。

 尻餅をついたままのセドナに険しい顔のままリコリスが歩み寄る。


「あなたはずっと動けたはずでしょうに、セドナ。ほら、いつまでも座っていないで、立ちなさい」

 と、手を差し出すリコリスに、セドナは少し戸惑いつつもその手を借りようとして、「いや、大丈夫だ」と自力

「……いや、動けなかった。悔しいけどな」

 リコリスは秀麗な眉を寄せた。


「………まあ、いいわ。―――で、どうするの? あなたの幻想結界が『侵蝕する童話(グリム・グリモワール)』より強いとは思わないけれど?」

「ふむ、そうだな。たしかにこの童話世界は素晴らしい。数多の童話の中から、君たちに都合のいい世界観(シチュエーション)ばかりを切り取って作り上げたんだね。さすがだリコリス、いい手足を持った」

「セドナの手足であるあなたは最低なようだけど。―――サマランカ軍に拘束される前に聞きたいことがあるわ」


 その言葉に、リコリスの背後で硬直させられていたエレイシアとオーランドが、びくりと肩を跳ね上げる。少し遅れて術が解けたことに気づいたようで、あまりの情けなさにオーランドの顔色は土気色になっている。自分も人のことは言えないが。


「『君』に聞かれたなら仕方がない。私にわかることならば」

 と、男は意外なまでな素直さを見せる。リコリスに手を握られたままのセドナが「……くそ」と小さく悪態をつく。

「まあ一つしかないけれど―――あなたの目的は何? 見たところ、あなたは『神子』に執着しているみたいだけど」

「違うな。そいつの狙いは神子じゃない。僕も最初はそうかと思ったが」

 セドナは片目だけの視線を男に投げかける。それを受けた彼は、よくできた生徒にそうするように、微笑んで見せた。

「聡いなセドナ。そう、私の目的は神子じゃない。君たち個人でもない。―――神の娘、ティターニアだよ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ