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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第四章 誰も、何も、信じない
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Ⅵ 霧深い森

 術者幻想結界。これはそう呼ばれる特殊なものだ、と黒髪の魔術師は説明を始めた。


「いうなればね、術者の世界がこの世に反映……いえ、≪現実を浸蝕≫していくものなの。術者の世界というのは大きく分けて二つ。術者の心象風景と、術者の願望。幻想結界は魔術としてかなり特殊だから、常に例外は存在するけれど……。今回は二つ目、術者の願望が反映された世界よ」

 促されれば魔術の仕組みについて説明してしまう悪癖をもつ彼女は、そう必要以上に丁寧に説明する。

 

 セドナに促され、馬車から降りた一行は、どこへ行くとも決めずに霧深い森をさまよっている。

「術者の願望の世界。力量によるけれど、大体このパターンは世界観(シチュエーション)は決められても、行動は決められない。逆に言えば、それだけで再起不能にすることもできるわけだけれど……。今はいいわ。

このタイプへの対処法は簡単よ。それ以上の幻想結界をぶつけてやるか、術者が大嫌いなこと……術者が許容できない世界観(シチュエーション)を作ってやればいいのよ」


 リコリスはよどみない説明と同じように悪路を進んでいく。身体強化が完全に機能した状態の今、リコリスの背中は数日前のような心細さを感じさせない。

 いや、自分が心細いだけだろうか。クロードは魔術の素養を持たない人間だ。こんな状態に陥った時、自分にはできることが全くといっていいほどないのだ、と漠然と思い知る。

 リコリスと同じ魔術師であるエレアノール、魔術の感知に強いエレイシアに、魔術耐性を持つセドナ。三人のあとに続くオーランドに、少しだけ親近感を覚えるほど。


「……そういえば、あなた抗魔力体質だったわよね、セドナ」

「ああ。けどな、キミのように万能ってわけじゃない」

「ふーん………」


 少し前に殺しかけた相手に、少し前まで互いに殺す気でいた二人の黒髪。しかし今は不自然なほどに殺気を感じさせない。リコリスは少し考えを巡らせたような仕草をする。

 しかしこの二人。意外なほどに似ている。

 互いに黒髪黒目だからかもしれないし、セドナは眼帯でほとんど顔の右半分が隠れているせいかもしれない。けれど、並び立つと二人はぴったり同じ身長であることが見て取れたし、思案に沈んだリコリスを見て吐いたため息はリコリスそのものと言っていい。


「お姉さまのところへ来た、ということはこの結界が誰の仕業か気付いているんでしょう?」

 と、そこへ今まで黙っていたエレアノール。

「不本意だが」

「リコリス・インカルナタと仮にでも協力関係になることが許容できない人間、ね。それ、私も会っている?」

「さあ」

 のらりくらりと質問をかわしていくセドナたちは当てもなく森を迷い歩く。

 リコリスは時折、何かを確かめるように幹を触ったり、エレアノールは小石を眺めて拾っている。よく見ると白い石だけ拾っているようだった。何の魔術に必要なんだろうか。


 ……しかし、そのうちに変化を肌で感じるようになってきた。

 むせ返るような霧が、一瞬晴れたように見えるようになってきた。現実離れした生ぬるい空気が、春先の夜に近い冷たい空気に変化することがあるように感じた。

 歩き始めて半時ほどしたころ、エレイシアが歩調を乱すようになった。


「大丈夫か?」少しふらついた部下に、オーランドは声をかける。赤い髪を耳にかけ直して、エレイシアは蚊の鳴くような声で「少し、気分が」と答えた。

 聞き届けたエレアノールが少しだけ、顔を曇らせて足を止める。ためらいがちに後ずさる。構わず進んだ全員より、少し後ろで立っている。


「お姉さま、ここまでです」

「……エレアノール?」クロードが声をかけようと振り向く。「リコリス! おい―――」

知ってるわ(・・・・・)。―――そう、ここが結界の起点よ」


 いなくなった(・・・・・・)エレアノールに気をかけることもなく、視線はまっすぐなまま。

 目の前の木の幹に刺さった短剣と、その後ろに隠れているであろう魔術師を逃げを許さない黒い瞳で、見つめていた。

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