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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第四章 誰も、何も、信じない
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Ⅱ 罵詈雑言は控えめに

 このド阿呆が。


 これ以上ないくらいに簡潔な罵倒。そんな先制攻撃から間をおかず、文章量としては四行ほどに渡る罵詈雑言が続く。差出人の冷徹な声が聞こえた気がして、リコリスは思わず手紙を放り出したくなった。


 目頭を軽く手で押さえる。

 癖がなさ過ぎてそれ自体が最大の特徴となる文字は兄弟共通。しかし熟考しながら文章を綴るアルバートとは違い、インク染みによる文字の太さがない。となるとこれは、アルバートの兄・エドワードによるものだ。

 

 ティターニア王国第一王子、エドワード。

 ………とある、王家と数少ない臣下にしか知らされていない、とある重大な事情で、国王は現在政権を握ることができない状態である。そんな王に代わって国家の運営をしているのがエドワード・アルバート兄弟だ。

 弟であるアルバートは……脱走癖さえなければ、だが……割と良い王だ。ある種の才能かもしれないが、直感的に最良の手段を思いつき、それを実行する胆力もある。人望も厚く、王としては申し分ない。

 対して兄であるエドワードは一言でいえば、性格が悪い。厳格にして厳正、高潔な暴君とでも言おうか。不正は許す。だが腐敗は認めない。そして何より―――すべてにおいて、優雅さと完璧さを求める。


 本来であれば継承権を巡って潰しあいをする彼らは、互いを補い合って国の方針を決めている。

 そして二人が二人とも、水面下で謀略を巡らせるのが得意だったから、特に相手のやり方に不満を感じなかったのかもしれないが。


 ソファに座って自分の迂闊さと、『だってしょうがなかったじゃない』と思う気持ちに沈んでいると簡単に水浴びを済ませたクロードが部屋に戻ってくる。


「やけに早かったじゃない」

「体を動かしてないんで、体が全然べたつかなくてな」

 

 まさに烏の行水。彼が浴室に向かったのは、この手紙をサマランカの兵に渡される直前だったから、本当に数分間の入浴だ。太陽の国の国章が入ったタオルで髪を拭く彼の表情はリコリスの気持ちと裏腹に爽やかだ。


 サマランカの軍に保護されてから早いもので五日が過ぎようとしている。さすがに五日間も同じ部屋に軟禁状態は精神的に辛い。事情聴取で部屋を空けることの多いエレアノールに少し嫉妬してしまうくらいだ。彼女だってこの部屋を出た後は、別の部屋に何時間も閉じ込められているわけだけど。

 エレアノールだけが呼ばれるのには理由がある。

 

 リコリスが要求した神明裁判は、すべてをある物事の是非だけで決める。

 なので、裁判の当事者は事前にヒトが裁量できるだけの情報を、無暗に他人に漏らしてはいけないという決まりがある。

 昔はこれを「黙秘権」といい、『自らが話し出す分にはいい』という決まりだったのだが、口を割らせるための拷問が相次いで行われたために『何者にも話してはならない』と決まりは変更された。


 つまり、直接是非を問うリコリスとセドナ。それとリコリスとセドナ、両方の代理人には事情聴取を行えない。そしてリコリスは代理人にクロードを指名した。

 余談だが、代理人とはもし「神明裁判までに本人たちが戦えなくなった場合」の代理人である。……要するにそれは神明裁判の当事者たちが暗殺される可能性がある、ということで。だからこそ、軍は彼らを保護しているのである。

 

 それにしても、五日たった今でも使者が来ないとは。

 ここから首都まで馬車で二日。早馬ならばもっと早く到着しているはずだから、サマランカ国はよほど決断が鈍いと見える。

 宣戦布告までの異様な短さはなんだったのか、と言いたくなる。

 まあ宣戦布告は、教会が主に煽り立てたのだから当然かもしれないが。逆に考えれば、即刻こちらの要求を突っぱねてこないということは、教会勢力は考えていたよりも発言権が低いのかもしれない。

 

 そう考えたら、幾分気持ちは前向きになった。

 一斉掃射のような罵倒を読み流す。都合四行にも渡るお説教は、要するに


『勝つか負けるかわからない上、世論に頼った無謀な策。下策にもほどがある。まず優雅さがない。これで負けたら恥さらしだ最悪だお前生涯この国の土を踏めると思うな分かったか』


 ということらしかった。そんなこと言ったって仕方ない。なぜってほかに手段がなかったんだし。

 書き散らした一連のソレの結びとして、『まあ、アルバートは気に入っていたようだが』という一文が添えられている。たった一言とはいえフォローが入っているのは珍しい。

 わかりにくいが、これはエドワードにとっても及第点、ということか。


 遠目に見てもわかるくらいに、リコリスの頬が緩まった。クロードがそれを見て、ふっと笑った気配がする。

 

 それにしても、エドワードの文章はうんざりするほど堅苦しい。黒曜石の瞳が、読み進めるほど無感動になっていく。

 内容は両国の軍事のことだ。サマランカは進軍の準備をすべて取りやめた……と書いてあるが、堅苦しくなおかつ回りくどい言い回しから推察するに、それらは表向き、ということだろう。ティターニアも然りで、おそらく迎撃の準備は変わらず進められているはずだ。


 リコリスは読み終わった手紙を目の前の机に放った。それをタオルを首にかけたままのクロードがひょい、と奪い取る。壁に寄りかかりながら、リコリスより幾分か早いペースで読み進めていく。普段感情をあまり表に出さないクロードだが、その態度は明らかにエドワードの小言と回りくどさに辟易しているようで。

 

「? 何笑ってるんだ」

 まるで拗ねた子供のように見えて、リコリスは思わず忍び笑いをしてしまう。詰問するその声すらも子供じみた不満がにじみ出ていて、リコリスはついに耐え切れず声を出して笑ってしまったのだ。



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