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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第三章 魔術師は血で刻する
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XX 正義はどちらか

約7ヶ月振りの更新…! 遅くなってしまいすみませんでした!

「諸君らも知っているように、リコリス・インカルナタは重罪を犯した!」


シドニア教会、早朝。

異端者を糾弾する厳しい響きを以って、今朝の礼拝は始まった。

赤い法衣を着た司教の隣に、白地に銀色の刺繍を施されたローブの人間が立っている。ローブは深く被され、その表情を伺えない。が、顎にかかる髪の色は間違いなく黒。

背は意外と高くはなく、平均的な体格である司教の肩ほど。体もそこまで大きくはない。どこか華奢な印象を与えながらも、しかし存在感は圧倒的だった。


礼拝堂に集まった皆は口々に新たな神子の名をそっと囁きあっている。


彼の方が、セドナ様か。正義の神子か。


リコリス・インカルナタを擁護するものなどもはやいなかった。彼らはティターニアの信徒である前に、誇り高きサマランカ国民である。主君の仇を敵と見做さない訳がなかった。


「我々信徒を裏切り。 殺人に手を染め、サマランカ国を混乱に陥れようとした」


司教の厳しい弾劾は、彼らの憎悪を凝り固めて行く。そしていっそう、司教の傍らの神子に熱い視線は注がれて行くのだった。


「よって我ら神の使いはサマランカを正義と認めよう。ティターニア国は間違えた。だが彼らは間違えを認めない! ならば、我らが正義の鉄槌で、彼らの目を覚ましてやるべきなのである!」


ステンドグラスから差し込む朝日が聖女像を照らし出す。司教が聖別剣を抜き、集まった信徒たちも拳を挙げて叫ぶ。


正義をくだせ。我々に勝利を。

——人は、自らに義があると思えば、どんな選択だって簡単に受け入れてしまえるのだ。例えそれが、大きな犠牲を呼ぶものだとしても。


「———それは、どうでしょうか」

その、あくまで冷静な声は怒号が響き渡る礼拝堂の中で、確かに皆に聞こえた。


冷水をぶっかけられたかのような静けさの中。声の主は誰か、と見回す者。ただただ唖然とする者。そんな中で、そのローブの人物は泰然と前に進み出た。


「正義がどちらにあるか。それはまだ、分からないと思うけれど」

理知的な響きを持った少女の声は確かにそのローブの中から聞こえた。


黒字に、銀色の刺繍。ティターニア軍所属の魔術師が着るローブの中から。

コツン、と歩き出すブーツの硬質な音。


「お、まえ……!」

「気が狂ったか、ティターニア兵!」

「馬鹿め、ここは敵陣のド真ん中だぞ!」


何人かが混乱からか叫ぶが、全く彼女は気にする素振りもない。実際、突然敵陣の最中に現れた敵国兵の意図を図りかねて、誰も彼女に襲いかかることはなかった。彼女は歩調を変えることなく前へ前へ進み、気付けば最前列へ。


司教の目と鼻の先まで、彼女は何の恐れもなく近づいて見せた。


「先程あなたは正義は我らに在り、と言ったように聞こえたけれど」

「……そうだ。我々は常に正義とともにある。そして我らが認めたのはサマランカだ。貴様らティターニアではない。去れ、下郎」

「………へぇ」


低く、挑戦的に少女はその言葉を受け止めた。ローブから僅かに覗く桜色の唇が、歪な弧を描く。


「ならば正義は、私の知らないうちに正反対の意味に変わったようね。……でなければ、正義の教会が奴隷取引なんて行う訳がない!」

その一言は、信徒たちの放心状態を解くには十分過ぎたようだ。先程とはまた違った意味合いで、人々が囁き合う。


この国ではまだ、奴隷取引についての法は制定されていない。しかしこの非人道的な商売は十数年前から蔑視されていた。

その、唾棄すべき行為を、天下の教会がしているというのか。いや、ティターニアの小娘の言うことを鵜呑みにするのか。主題さえ不明確な議論。信徒たちはどちらにつくべきか見定められないのだ。


「そ、———それはどういう意味だ! 我々に対する侮辱か! 証拠を見せよ!」

初老の司教の動揺に少女はその言葉を待っていた、とばかりに微笑んだ。


「証拠なら、ここに」


少女はローブの下から紙束を放る。

そればかりではない。


「なっ———、これは一体——っ!」


信徒の人垣の中からも、紙束が放り投げられたのだ。その全員に共通しているのは顔を隠す目深のローブをきていること。大量の書類は余すことなく信徒たちの手に渡る。


「奴隷取引の証書だ、間違いない。司教の署名がある…!」

「こっちのはセドナ様の署名だ……どういうことだよ、おい!」


次々と上がる声。何人かは書類を投げた人物に詰め寄って、事態の説明を求める。


しかし、口を開けたのは黒いローブの少女だけだった。


「あなた方の手に渡ったのは正真正銘、奴隷売買の証書よ。私自らがこの街の奴隷商人から押収したわ。そして」


一斉に、少女を除いたローブの集団がフードを外す。あるものは奇抜な髪をした女、あるものは顔に傷を負った男。顔の半分以上が火傷に覆われているものもいる。そして全員が———。


「硫黄の匂い。奇妙な風体。同じこの街の住人の方々なら分かるはずでしょう。この人たちは全員、教会とセドナに売られた錬金術師たちよ」


静寂は一瞬だった。

「……………嘘だっ!」


はじめは誰だったかは分からない。司教かもしれない。セドナだったかもしれない。

確実なのは、最初の一石はその声であったということ。

嘘だ、捏造に決まっている、そんな声で溢れた。

ローブの少女の正体は未だ知れない。得体の知れない女の言葉なんか信用できるか、と彼女に叫ぶ者も多かった。


そして、その騒ぎも一瞬のことだった。



渦中の少女がローブを脱いだのだ。すとん、と呆気なく落ちたローブの中は、同じ真っ黒なままだった。

黒地に銀の刺繍の軍服。同布のスカート。

溢れ出たのは豊かな黒い髪。朝日を浴びても真新しいインクのように黒々と輝いている。その腰まである長い髪は、ローブの癖すら残さない。

夜闇を内包したかのような黒い瞳。少女らしい大きな瞳。その強い意志と使命と、そして怒りを帯びた視線はこの場にいる誰よりも冷たく、鋭い。

頬にかけての輪郭は柔らかく、さながら芸術のよう。桜色の唇、桜色の頬。どこか人間離れさえしたその姿は、まさに人形、と言われるに相応しい美しさ。



まごうことなく、リコリス•インカルナタがそこにいた。



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