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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第三章 魔術師は血で刻する
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ⅩⅧ 要求

 部屋に戻ったリコリスは、後ろ手でドアを閉める。同時にそのドアに金色の紋様が刻みつけられる。部屋の施錠はもちろん、防音やいかなる魔術的密偵、攻撃も弾き返す封印術式。リコリスはその封印の手ごたえを感じながら、部屋の窓を閉める。ここ数日ですっかり見慣れてしまった町並みは、やはりいつものように賑やかだ。


 雨戸までしっかり閉めて、部屋は昼間だというのに完全な暗闇だ。


 リコリスは再解析途中だった身体強化の術式演算を放棄し、魔術の過去の集積記録を参照する。呼び出した情報は、数日前盗人を追ったエレアノールによって作られたこの街の精緻な地図。エレアノールやクロードによって齎された情報によってこの地図は初期よりもさらに情報量が増えている。

 

「アウグステ・リオネル……、アウグステ……」

 言いながらリコリスは目をつぶり、頭の中にある地図通りに虚空を指でなぞる。数分もしないうちに思考にあるものと寸分違わぬ地図が、金色の線となって中空に浮かび上がり、とある一角が一際強く輝いた。

 リコリスは眉根をよせ、その場所を指で強くなぞる。

 その場所は路地裏区。あたりを錬金術師の工房に囲まれた場所。エレアノールが盗人を見失った場所のすぐ近くだ。


 

「―――見つけたわ」

 リコリスは舌なめずりしそうなほど挑戦的に微笑んだ。こんなに時間がかかったが、ようやくだ。地図に書かれている文字は「アウグステ魔術専門店」。そう簡単に本拠地は移すことはできないようだ。


「それと、エレアノールとイリスの現在地は……っと」

 少々無理を承知だが、リコリスは自らの魔術の痕跡を捜索する。

 エレアノールにはこの術式をつけた時の痕跡を。イリスはもっと簡単で、この依頼をしたときに渡した魔術剣の痕跡を。目をつむり、集中すると意外にも早くそれらは見つかる。もともとサマランカは魔術師が少ない上に、リコリスのような高密度の魔力を持つものは少ないのだ。探すのは簡単だった。

 リィン、と涼やかな音が聞こえた気がした。


 示されたそれは、金色とは違う銀色の点となって地図上に示される。

 イリスは路地裏区の奴隷商の一つに、エレアノールは。


「アウグステ魔術専門店……」

 まさに探していたその場所に銀色の点は輝いていた。


「了解した。豚の血は今夜中には手配できるよ」

 女主人のアウグステはまるで用意していたかのような回答をした。


 クロードとエレアノールは言いようのない寒気に襲われるが、必死にその感情を締め出す。というのもこの部屋は魔術師特有の執念に満ち溢れているからだ。

 魔術用品に埋まった部屋。銀細工の玩具。水晶や翡翠、紅玉を埋め込んだ飾りがさまざま。それらがすべて忙しなく動き回っている。これらすべてが魔術用品。時代も目的も製作者も違うそれが、部屋中でうごめいている。 

 リコリスの執務室もさまざまな魔術が蠢いているが、これはまったく違う種類のものだ。さまざまな魔術用品が善悪関係なくクロードとエレアノールをのぞき込んでいる。

  

 リィン、と不思議な音がして紅玉を埋め込んだモビールが輝き、くるくると回り始めた。

「ふふっ、君たちの神子様(、、、)がお探しのようだ」

 アウグステがくつくつと笑う。その言葉にクロードよりも早く、エレアノールが反応した。


神子様(、、、)ですって?」

「そうだ。リコリス・インカルナタはパレナ商会主の前任者を探しているのだろう? 隠居した身としては、本当は放っておいてほしかったのだが」

 ほとんど白状したようなものだった。

「アウグステ・リオネル……ハノンブルグ読みか、くそっ」

 クロードが毒づいた。

「昔からよくある間違いでね。まあ、そのおかげでこうして平和に隠居できているわけだが」

「なぜ、潔く白状したのです?」 

 エレアノールは務めて冷静に聞き返す。


「神子様が私のことに気づいたようだ。魔術用品たちが先ほどから一斉に異常を知らせている。見てみるといい。私もここまでの異常は初めてだ」

 あごでしゃくられてみてみると、なるほど確かにさまざまな魔術用品が動き回っている。


「この短時間でエレアノール嬢の痕跡を頼りにこの一帯を走査し、防御陣を破るつもりか……さすがだな」


 先ほどのモビールは相変わらず輝きながら回っているし、奇妙な形をしたランプはおかしな感覚で明滅している。中でも明らかにおかしいのは壁に作り付けられた戸棚の上、馬車のおもちゃ。だれも触っていないのに走り続け、何度も壁に激突を繰り返している。


「いけない」アウグステは玩具に駆け寄り、掌で隠すように握る。

「これはひときわ繊細でね。あまりに純度が高く、なおかつ精密な魔術に過剰反応してしまったらしい。壊れてしまったかな」

 息子のルロイとは違って、ほとんど追いつめられたというのに怯えも警戒もしない。あくまで自然体だ。からかっているようにすら見える。クロードはそんな彼女に酷く苛立ちを感じた。


「……ふざけるのも大概にしろ。それで、リコリスではない黒髪を、ルロイに紹介したというのは事実か」

 怒りを抑えた低い声。

「私に答える義務があるのかね?」

 クロードの眼光が、氷点下にまで冷めた。右腕がぴくりと動いて、腰の剣に手が伸びそうになる。


「君は商人というものを、いや人間というものを根本的に勘違いしている。

我々は言え、と言われてそう簡単に従うものではない。商人がなんでも答えるのは、そこにこびへつらう意味があるからだ。利益があるからだ。けれど君はどうだ、何の報酬もない。よって私に答える義務はない」

 豚の血だってタダ同然だから大した利益は見込めないのだから、とアウグステは吐き捨てた。


「……何が望みだ」

「何の話だい?」

「そう言うっていうことは、何か要求があるんだな?」

 クロードは眼光の鋭さはそのままに、アウグステに問いかける。アウグステはその眼光を紫のローブ越しに受け止め、笑った。ベルベットのソファーに泰然と座る。


「欲しいのは、リコリス・インカルナタだ」

「……リコリス…っ、お姉さまを?」

 思わず出た地を抑えてエレアノールは言う。

「そうだ。彼女には直接聞きたいことがある。何、彼女を連れてここに来てくれさえすればいい」

「そんなこと―――」


 クロードがそう言おうとしたとき、戸棚に隠すように置いてあった笛が、ピーとけたたましく鳴る。おや、とアウグステが独り言ちる。


「そんなこと、認めるわけにはいかない。俺が死ぬならともかく、彼女の怪我や死は今後の戦局を左右する」

「戦争が始まってすらいないのに戦局、とはねぇ」アウグステが鼻で笑う。

「とにかく、認めるわけにはいきません。切り札たる彼女をのこのこと敵陣に連れてくるわけにはいきません」

 エレアノールがきっぱりと断る。


 そのとき、アウグステの手の中の馬車の馬が騒がしくいなないた。

「……ふぅん。もう突破するとはねぇ」

 そんな女主人の感嘆は玩具の爆砕音によってかき消される。


 エレアノールは自身を襲っていた威圧感が解放されたのを感じる。この店にはられていた魔術的防御が破られたのだと、魔術師である彼女はすぐに理解した。こんなことができるのは、彼女の知る限り一人しかいない。

  

 砕けた玩具の破片は中空で紙片に変化し、ヒラヒラと舞うように落ちる。そのうち一際大きい紙片はアウグステの手の中に落ちる。掌に接触すると同時に、金色の文字が描かれる。記されていたのはたった一言。


『承知』


「………さすがだよ、魔術の神子」

 女商人は感嘆の息を漏らした。



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