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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第三章 魔術師は血で刻する
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ⅩⅡ 明日からの方針

「―――イリス」

クロードとエレアノール、イリスとクライブ。二組が部屋に戻り、それぞれの収穫を話した後、リコリスは不満げにイリスを見やる。

クロードとクライブに割り当てられた男部屋だ。


「話が、合わないんだけど。あなたの話では、その女はかなり耳聡い人間じゃなかった?」

「そう言ったのは俺っすけど」

「知らないよ。あいつも知らなかったんだろ。で、どうするんだよ」


リコリスの視線から逃れるように、しかしイリスへの冤罪は晴らしたクライブ。そんな彼の横で、拗ねたようにイリスが促す。

答えたのは椅子から半分身を乗り出したクロードだ。


「とりあえず俺たちが聞いてきたとおり、パレナ前当主オーガストがこの町にいると考えよう」

「そうね。現状、そうするしかないわけだし――エレアノール?」


視線を向けられたエレアノールは、硬いベッドの上で居住まいを正した。

「はい、この手の捜査は慣れています。お任せくださいませ、お姉さま。そうですね、市場……その前に教会でしょうか」

「教会?」


イリスが怪訝な声を出す。無理もない、今回は教会は敵(と考えていい)。本陣にいきなり乗り込むなんて愚の骨頂のように思える。


「若いころに商売で生計を立てていたのなら、老後もそれで生計を立てたほうが安泰でしょう。今回聞いてきた話だと、パレナ商会とは半ば喧嘩別れのような状態なので、息子に援助を得ることはないと考えられます。となると、まず商売の登録、それから告解を受けているはず」


商人というのは意外と小心な人間が多い。なぜなら彼らは教会で定義された職業の、最底辺にいるからだ。

魔術師は世界の真理を外に求める学者、農民は神の加護を受け、自然を育む者。商人はそれらが生み出したものを、浅ましい金で人に流す守銭奴という扱いだ。死後は地獄に落ちるという脅し文句もある。


いくら教会が絶大な権力を誇るとはいえ、そんな通説は世間的には鼻で笑われる程度のものでしかない。

けれど刷り込みとは恐ろしいもので、心の底では彼ら自身も自らの職業を恥じている。だから、彼らはことあるごとに教会に祈りを捧げるし、求められれば多額の寄付をする。当然、教会が寄付のカモを見つけるために行う商業登録には当然応じる。

現に、ティターニアではすべての商人が商業登録を済ましている。


「当面はそれです。あとはこの町の商人関係の横の繋がり……。というか、新規の客を装って私とクロードさんが奴隷商に通い続けたほうが

いい気もします。なので、明日からイリスたちは教会をお願いします。お姉さまはーーー」

「ここで報告待ち。わかってるわ」

リコリスは分かりきったことを、とばかりに返す。エレアノールは満足げに頷く。


「よし、じゃあ明日からはそれで。寝る」

「おやすみなさい」

常のようにそっけなく背を向けるイリスに、クライブは声をかける。彼女は手をひらひらと返して、自分に割り当てられた女部屋に向かう。

「じゃあ、俺は少し用があるので外に出ます。あ、別に情報漏らしたりしないんでお構いなく」

ここでバラしたら俺のほうが殺されちゃいそう、と肩をすくめてクライブは歩き去った。


残ったのはリコリス、エレアノール、クロードの三人。

「……あいつ、いけ好かないわ」

ぼそっとリコリスが呟く。つかみどころがない人間だ。彼女はそういう人間が一番苦手だったりする。クロードもそうだな、と控えめに相槌を打つのを聞きながらリコリスは重い腰を上げる。重いというのは、まったく現実的な意味で、先の演算で倒れてしまった後の後遺症ともいうべき気怠さだった。


身体強化術式を行うための、前準備のような演算。その最中に襲ってきたアレは、幾度となく経験した「世界の修正力」。

あの程度で修正されるなんて、と見下したように思ってしまう自分もいるし、そんな自分に恐れすら感じている自分もいる。おそらくそれは、「神子であるリコリス」と「そうでない自分」。けれど、そんな乖離した自分も「世界の修正力」も越えて、彼女は完璧でなければならない。


ーーー神子として、ティターニアを救うためには。

まずは、儀式に必要な材料集め。そして、儀式を「何の犠牲も出さずに終わらせること」。

そして、出来れば誰にも気づかれずにすること。

傭兵のイリスとクライブはもちろん、心配性のエレアノール、別の意味で心配性なクロードには悟られてはならない。クロードなんかは特に。


幼馴染のアルバートがよくいう「シスコン」とかいう意味での心配性ではなく、彼はもっと現実的にこの身体強化ありきで考えているリコリスの方針に反発するはずだ。当然、戦闘にも参加させない。それはリコリスにとって不満だ。

何しろ、今回の事件はリコリスがセドナに負けたこと、が発端にあるのだ。リコリス自身がセドナに一泡吹かせてやらなければ、気が済まないどころの話ではない。


(絶対につぶすわ、あいつ……!)

思考が斜め上に暴走し始め、リコリスは不敵な笑みを漏らす。踵を返して、自分も女部屋に向かう。まずは寝る。そして明日、皆がいないうちに材料をそろえる。そしてやっぱり皆がいないうちに儀式を行う。


―――その腕を。

「おい」

その、身体強化の術式が刻まれた左腕を、クロード・ストラトスが掴んでいた。


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