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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第三章 魔術師は血で刻する
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ⅩⅠ 商談は円滑に

 奴隷商人というのは、基本的に一般人から見てそうだとは思われない。

 何故なら一般的な国民は奴隷商人は強面で、屈強で……と言った、典型的な「悪人」を思い浮かべるからだ。ティターニアでは二年前、サマランカでは一年半前にようやく奴隷取引は完全違法化したが、それより前よりも世間一般的には奴隷商人は悪人。小説などといったものにも、悪人として登場している。


 では実際はどうかというと、小綺麗で愛想も良く……と言った、まあ普通の商人。何故ならば彼ら商人は「客からの信用」を第一に考えるものだからだ。

 普通に考えて、どこか胡散臭い人間から物を仕入れようとは思わない。ひどい商人なら証書を書いたはいいが結局納品はせずトンズラ、という話もあるくらいだ。

 ましてや奴隷取引のような売った方も買った方も仲良く処罰、という危険な橋を渡る相棒に、信用のない人間は選ばれない。客からすれば大事な個人情報を預ける相手。しかも主な顧客は貴族、こういった問題は避けたいところだ。


だから彼ら奴隷商人は当然の帰結として、また生き残るために「信用のおける人物」を演出する。


 彼らは聞かれた質問には淀みなく、また丁寧に答え、商談が取り決まるその瞬間まではまるで召使いのように客に尽くす。客を逃がさない為にも様々な手を使って客を満足させる。もちろん、情報漏洩は絶対にしない。


 そういう手段で生き残っているのだから、意外にも客に対する門扉は広い。クロードも何回か、新規の客を装って奴隷商に足を運んだことはあるが結局は深いことは聞き出せずに終わってしまう。


 けれど今回は彼らが隠すほどのことを聞きに行く訳ではない。知りたいのはパレナ商会が検挙されたことの影響と、その先代について。この程度なら、彼らも気前良く答えてくれるだろう。


 クロードとエレアノールは、裏路地区の中でも最大手の奴隷商人を選んだ。この手の調査に慣れているクロードと違って、エレアノールは若干挙動不審だったが商会の敷地に入った途端に諦めがついたらしい。いつもの様子と変わらなくなっている。


 新規の客であるというのに大した警戒もされずに、数ある応接室のうちの一つに案内された。部屋の内装は華美ではないが、貧相でもない。実質本位な出来、と言った方がしっくりくる。

 案内役の男が目立った装飾もないが、綺麗に磨かれたテーブルに紅茶を置いた。直後に窓口となる商人が部屋に入って、入れ違いに出て行く。

 無駄のない動きだった。それなりの貴族の使用人としても使えるだろう。


 入ってきた商人も慇懃な態度で、丁寧に自己紹介した。


「慌ただしくて申し訳ありませんが、時間は金です。クロード様、エレアノール様は当商会でのお取引は今回が初めてでよろしいですか?」

「ええ、屋敷の使用人が足りないのです。この情勢下ですし人が集まらないだろう、と主人が奴隷を所望した次第です」


 クロードは精々使用人に見えるような口調で言った。商人は一瞬目を光らせたが、直ぐに元の表情に戻る。


「なんと、貴族様の使いの方でしたか。いやはや、身なりがよろしいのでどこの紳士と淑女と思っていたところでした。では、どちらの——」

「申し訳ありませんが、主人がここにするようにと決めるまで、私達のことは余りお話できませんの」

 今まで黙っていたエレアノールが、凛とした声で商人の質問を遮る。


 都合の悪い質問はこれでかわす。商館に入る前、二人で取り決めたことだった。秘匿すればするほど、その情報に対する期待は高まるというもの。商人はこちらの「主人」とやらが高名な貴族だと思うはず。その分話を聞き出しやすくなるし、いざとなったらこの街から逃げてしまえばいい。


 我ながら卑怯な考えだと思いつつも、クロードはすました顔で商人の返事を待った。


「なるほど、なるほど。さぞご高名な方のようです。ではその名を聞くことになるよう、私も最大限に努力致しましょう」


 期待通りの言葉を得たクロードとエレアノールは頷き、商談に戻る。適当に奴隷の条件を伝え、商人は奴隷名簿を見ながら頭を抱えた。そうなるように、高めの希望を伝えたのだ。

 無言の時間に焦りを覚えたのか、商人は世間話を始める。


「……そういえば、パレナ商会の件はご存知ですか?」


 相手から切り出したことに驚いたが、クロードはそれを悟られぬよう、少しだけ思案する振りをして「主人が気にしていたようですが」と答えた。


「どうやらティターニアの神子直々に捜査、逮捕と言った流れのようです。私としては、こういった言い方もなんですが、何故アレが検挙されたのか分かりませんね。パレナは先代が起こした歴史の浅い商会で、販路もそれほど広くない。彼女もあそこを捜査するよりは、大商会を洗った方がよかったでしょうに」


 その言葉に、クロードは捜査中にリコリスがこぼした愚痴を思い出す。

(——「こんなチマチマした商売じゃなくて、もっと派手にやればいいのに……洗うのが面倒よ」——)


「やはり、先代からパレナは奴隷取引を?」

「いえ、二代目のルロイからです。そのことで世代交代の時もルロイと先代のオーガストは揉めに揉めたそうで。奴隷取引推進派のルロイ、反対派の先代オーガストとのちょっとした派閥闘争のようでしたよ。結局はオーガストが折れ、同時に隠居してこの街にいますが」

「この街に、ですか」


 小さく繰り返したエレアノールを軽く小突いてクロードは続ける。

 最後に吐き捨てるように言った、彼の様子が気になったのだ。


「何か、この商会でも問題があったのですか? パレナの先代と」


 クロードが主人に細かく報告しよう、と思ったと思われているのか、商人は背筋を正して否定した。


「いえ、何も。——ティターニアの神子といえば、最近不穏な噂を聞きますね」

「確かに。あれ、本当だとお思いですか?」

 商人は少し嘆息して言う。


「嘘が誠かは私にも。正式に陛下からの布達もありませんし、我々が判断することではありません。ただ、私どもの表の商売の方は、こういうのも下品ですが——かなり、儲けさせていただいています」


 ニヤリ、と言った彼はまさしく商人の顔。油断してはならない、と改めてクロードが思うには十分すぎる刃を彼は隠し持っていた。

 そんなことをしながら名簿をめくっていたが、ようやく見つけたのか、彼は咳払いをする。


「魔術理論のひとつに引き寄せの法則なるものがあると聞きまし、商談を再開しましょう。あまり彼女の話をすると、本当にここに来てしまうかもしれません」


 悪い冗談のように言って、商談は再開された。クロードはリコリス・インカルナタが、他人にそんな扱いを受けたことに苛立ちを感じていた。


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