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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第三章 魔術師は血で刻する
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Ⅷ 穢された神子

流血描写あり。

 写した地図を手にとってイリスが言う。

「なるほど……ふーん、錬金術師のミーナはここに住んでんのか……ベアトもここか。これを使えば婆さんは強請れるレベルだな」


 なにやら不穏なことを呟く彼女の手から、クロードが地図を奪い取る。

「目的はパレナ商会の前主人だぞ、イリス」

「では、どうなさいますの?」

 

 リコリスも頭を寄せる二人の間に割り込んで言う。

「北側に商人たちが集まっている場所があるから、私達はそこに行きましょう」

「客を装って、か。品物は?」

「奴隷」


 間髪入れず答える。裏路地に集まるような商人ならば品物は違法なものというのは当然。麻薬などでおかしくなっていないの人間が注文してもおかしくないようなもの、かつパレナ商会へ繋がるものといえば、奴隷以外にない。


 調査の際、取引人数の報告を最初に受けたエレアノールが納得したように言う。

「パレナ商会ほどの大手がなくなればその影響は大きいですから、新規の客相手でもすぐに話題に登ってくるでしょう」

「決まりだな。俺とエレアノールが行く。リコリスは言うまでもなく、待機」


 よどみなく言い渡す。今回の騒動の原因であり唯一の突破口であるリコリスが無闇に外を出歩くことができない。


「……でしょうね」

 リコリスも不本意ではあるものの同意見でふくれっ面で同意した。イリスの横に割り込んだクライブはクロードの手から地図をひったくる。


「俺と姐さんは知り合いのとこに行きます。錬金術師ともつながりがあるし、あの人は耳聡いからなにか知ってるかもしれないっす」

「アンタ口聞いて貰えないだろ」

 と、イリスが赤毛の頭をはたく。


 リコリスは苦笑して開け放った窓の外を見る。日もすでに落ちた夕飯時。異国の建物は未だに目新しい。酒が入ったらしい町民の笑い声がやけにうるさかった。 


 身体強化術式の演算は最終段階で、契約に必須となる血液の量を計算している。……前回の施術の際にも、大量の血液を消費した。血液提供の時の地獄絵図が、リコリスの理性を破って脳裏にちらつく。


 首筋に浮かぶ冷や汗、平静さを保つための歪んだ微笑に一体誰が気付いたか。


 リコリス・インカルナタはその表情のまま、「時間もちょうどいい頃かしら」とひとりごちる。


「そうだね、じゃあ行くか」

 気付かず同調したイリスに、リコリスを除いた皆は部屋を後にした。



  


 窓から彼らを見送って、三秒を数え終えない内に視界が暗転した。

 背中の鈍痛。後頭部の痛み。明滅する視界。狭まる視界。

 頬の硬い感触から察するに、リコリスは横に倒れているらしいと冷静に判断する。この粗末な床は、教会の床ほど冷たくはない、とも思い出す。

 

 目の前に投げ出されている腕は、動けと命じてもピクリとも動かなかった。

 脳からの指示を遮断されているような感覚。

 

 遠のく意識の中、リコリスは無駄だと分かっていながら指先を動かそうとする。倒れてからどのくらい時間がたったか。まだ数秒なような気もするし、気付かない内に数時間経っているような気もする。


 朦朧と、すべてが霞み、にじむ意識でたったひとつだけはっきりとしているものがある。カチリ、とパズルのピースが揃う音。

 身体強化の演算、だった。

 

 強すぎる本能が訴えている。"これ以上動くな”と。リコリスに出来ることは、せっかく完成した演算結果が飛ばないようにするくらい。


 これがリコリスが幾度となく受けてきた、神子の力の代償。

 ――いや、あるいは『境界を越え』ないための、世界の修正力か。

 

 ああ、瞼が重い。

 これ以上抗うことはない、と甘い誘惑がリコリスを毒していく。

 それ以前に彼女の体が限界だったのか、抗うことも出来ず意識は堕ちて――。




 

 ――しろいせかい。あおいひかり。

  

 そこは教会の最深部、主に儀式用の部屋だったとリコリスは記憶している。 

 誰も立ち入らない離れの一室、静寂に包まれた空間。蝋燭の炎の揺らめきすら大きな羽音に聞こえる、音のない空間。


 月の光が差し込むように造られたこの部屋は、集中力が必要なこの儀式にはちょうどよかった。予定がだいぶ早められていたが、ちょうどいい事にその晩は満月で部屋の隅々まで青い光に守られている。


 部屋にいるのは先生と呼ばれた栗毛の女性と、儀式剣を持った教会の院長。

 そして、――黒髪黒目の神子、リコリス。

 

 泣きつかれた様子の彼女は、感情が抜け落ちた黒い瞳で自らの白い指が魔法陣を描くのを写している。院長がわざとらしく部屋の扉に鍵をかけたのも気付かない様子だった。


 機械的に、精密に魔法陣を描く彼女はこれ以上ないほどに人形じみていた。

 しばらくして、魔法陣が出来上がる。

 

 彼女の魔力を濃縮した金色の線で描かれた魔法陣。

 黒髪の少女が陣の中心に向かうと、陣はそれを歓迎するように輝く。

 中心にたどり着き、少女は見守る大人に向き直る。

 

 院長が儀式剣を神子に渡す。

 黒髪の神子は、何の迷いもなく、それを


 自らの左腕に突き刺した。


 細い腕に生暖かい鮮血が流れる。ぽたり、とその血が床に落ちて魔法陣は輝きを増した。


 この血は契約の証。精霊とこれから曲げる世界の法則に払う代償だと先生は言った。

 ならばこの傷は成功の証。術が解けるまで傷は傷でなく、誇るべき紋章としてその体に残しなさいと院長は言った。


 リコリスは院長の指示した通りに、傷口に細工を施す。

 ぽとり、と血がまた一滴。


「―――――」

 目が眩みそうなほどの金色の光の中、リコリスが契約文句を唱え始める。




 そしてその夜。

 返り血に塗れた神子リコリスは、第二王子アルバートとその従僕によって発見された。………彼女の教師と、院長の遺体とともに。

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