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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第三章 魔術師は血で刻する
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Ⅵ 思わない

 部屋の窓を締め切って、ドアに鍵を掛けた。

 夕焼けの光が部屋に差し込む。街の喧騒も、ここでは遠い場所の話。


 ――ここよりこの部屋は、リコリス・インカルナタの領域となる。

 焼き切れた魔力の血流。彼女の身体を支える、身体強化の術式を復元する作業を始めようとしていた。


 自らの領域の中で、彼女はそっと衣服に手を掛けた。

 さらりと落ちた上衣を粗末なベッドに放る。露になった左腕に、赤黒い古傷がある。彼女はそれに顔を顰めたが、特に何をするでもなかった。


 問題は、背中の傷。

 おそらく、今回魔力の血流、いわゆる第二血流が焼き切れたのもこの傷のせいだろう。それには恐らく、傷をつけたセドナの抗魔力体質が関係している。

 けれどその体質自体が都市伝説じみたもので、魔術に関しては右に出るものはいないというリコリスにさえ、それがどういう仕組みでそうなっているのか見当もつかない。ただ、抗魔力体質のものが付けた傷が魔力を断ち「続けている」というのは理解できないし、なにより時間を置いて効果が現れたという点が不審だ。


 幻術を掛けたままの蜂蜜色の髪をまとめて、背中を晒す。晒したところで彼女自身に背中が見えるわけではないが、これで傷のイメージは得やすくなった。無事なほうの第二血流を動かして、傷の状態を探る。


(……傷自体は治りつつある)

 本当に、治癒術とクロードの手当てがあってよかった、と安堵する。でなければ一生この傷を背負うことになっただろう。


(……けど、第二血流は)

 最初に感じたとおり、背中の傷のところで焼き切れている。というよりも、グチャグチャにかき乱されていた。もう一度、傷自体に魔力を回して詳細に調べる。


(なるほど)

 答えはあっさり見つかった。

 この傷をつけられたとき、この周辺の肉や組織はぐちゃぐちゃに引き裂かれた。

 身体強化のための第二血流とは、魔術師が体内に魔力を循環させるための第二血流とは異なってくる。その名の通り、「第二の血流」として神経、毛細血管、皮膚組織……その他諸々の身体構造を余すことなく理解し、新たに「第二の血流」を通す。間違って神経などに魔力を通してしまった場合、魔力は暴走し、結果的に術者は二目と見られない姿になって死ぬ――。

 

 要するに、肉や組織がセドナに破壊されたことでこの術式はほとんど崩壊しかかっていたのだ。

 治癒術などでその崩壊を圧しとどめていたが、昨日までの戦闘などで酷使された術式はついに崩壊してしまったというわけだ。


「………嘘、でしょ」

 リコリスは、わずかに唇を震わせた。

 術式の崩壊に気づけなかったこと――それは魔術の神子である彼女が、自身の魔術への理解を怠ったという証明に他ならないからだ。

 震えた唇を、強く引き結ぶ。

 そんなことよりも、この事実のせいで新たな問題が露見してしまった。最初は、術式の修正程度で済むと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


 新たに、「第二血流」を導入しなおさなければならない。

 唇はもう、震えてはいなかった。

  

 

「クロード大尉」

 夕暮れの町の中、茶髪という普通過ぎて逆に不自然なエレアノールが憮然として口を開く。


「店に寄っておきながら、何も買って帰らないというのはどういうことですの」

 そういうエレアノールは、出会ったときと変わらず手ぶらだ。口調とは裏腹に青色の瞳は静かで、シドニアの街の人々を眺めている。

 ……敵国の市民の状況を探る、という目つきをしていないから、本当に眺めているだけなのだろう。


「そういうお前の考えは、本当、お嬢様すぎじゃないか。第一ここはサマランカで、俺たちがここに必要以上に金を落とす理由はない。今の状況を考えればなおさらな」


 サマランカで買い物をする、ということはそれだけこの国の経済に金を落とすということだ。小さな額であるが、それも積もればある程度の金になる。


「エレアがあそこで欲しがってた物の分、俺たちの宿代、食費、そこからサマランカが得られる税収。それだけあれば、剣や防具もある程度は揃えられる。この国は武器全般が安いからな」

 そういうと、エレアは落胆した表情をさらに険しい表情に変えた。具体的に言えば、額に皺を刻んだ。


「意外と手厳しいことをおっしゃるのね」

「普通だ、軍人ならな」

「私の第二師団にはいませんでしたよ」

 少し戸惑ったような声。

「そりゃ当然だ。あそこは守備任務が主、こっちは中央だから考えなきゃならないことも違う」

 そうですか、と淡白な返事。しばらく、街の喧騒だけが彼らの背景音楽になる。


「リコリスも、ですか」

 不意にエレアが足を止める。反応が遅れた分、二歩ほど先にいるクロードは必然的に彼女のほうを振り向くことになる。振り向いてみたエレアの表情は、意外なことに戸惑いではなかった。


 困惑でもない、劣等感でもない。

 そこにあるのは、哀れみ。それよりも――怒り。


「あんな優しい子に、そんなことをさせているんですか」


 お姉様とは呼ばなかった。その言葉を聞いて、クロードは唐突にエレアがリコリスよりも年上だったことを思い出す。

 そういえば、いつもそうだった。お姉様などと呼びながら、彼女のリコリスへの振る舞いは、まるで過保護な姉のようだった。


「リコリスに背負わせ過ぎているとは思わないのですか」

 青色の瞳で、冗談は許さないという風に彼女は問う。

 クロード自身いつも感じてきたことだった。しかし彼は、笑って本心とは真逆の答えを口にする。


「俺はそう思わないよ、エレアノール」


 


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