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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第二章 壊れた世界で、彼女は
26/77

番外編 欠点だらけの地図(後)

「要するにお前はアレだ、リコリスが一人で何とかしようとするのが気に食わないんだろう」


 訓練場の片隅でアルバートは尊大に言う。

 わざわざこんな所で話すのは、執務室を持たないクロードが落ち着いて話ができる場所とくれば、ここしか見当たらないからだ。

 突然の言葉に何も言えないまま立ちすくむクロードをよそに、アルバートは訓練場の低い塀に腰掛け、クロードに座るように促す。 そんなところに王子である彼が無造作に座っても全く違和感を感じないのは彼が『庶民派』だと言われる由縁なのか。


 困惑を隠さないクロードにアルバートはふっと笑う。


「保護者意識もここまで来るとなあ。 最早シスコンだろ、お前」

「まるで俺が変態みたいじゃないか」

「変人変態と名高い魔術師っていう生き物と仲がいいってだけでアレだけどな」


  そういえばまた筋金入りの変人魔術師が入ったそうじゃないか、とつぶやくアルバート。 魔術師というものを見慣れていたクロードでも、あのきつく脱色されたピンク色の髪には度肝を抜かれた。

 そう言うとアルバートはあーあー、と明後日の方向を見て呻く。


「よしもっと簡単に言ってやろう。 お前、自分の知らない所でリコリス・インカルナタがおかしな事しないか心配なんだろ」


そこまで言われてようやく幼馴染みが言わんとしていることに気づく。


「あいつはいつも変だろ」

が、それをあえて誤魔化す。 アルバートはそのこ返事にこいつ本当に一国の王子かと聞きたくるような笑顔で続ける。


「まあそういうことにしておくとして、他に原因があるとすれば――」

「ああっ! 見つけました!」


したり顔で続けようとした彼の言葉を遮って、少女の高い声が響く。

リコリスの凛とした声とは違う、可愛らしさを含む声。


やべ、と小さく呟いた逃亡中の王子のもとに一人の少女が駆け寄った。 毛先が巻かれたピンク色のツインテールは紛れもなく、今月第三師団に配属になったばかりのエレアノール・スコット准尉だ。


エレアノールは変人の前評判とは違い、礼儀正しく膝をつく。


「ご歓談中失礼します殿下」

緊張しているのか、声は固い。


「大臣たちが殿下を探しています。 どうかお戻りください」

「なあ准尉、俺はまだ話足りないんだけど」


エレアノールは顔を少しだけ上げて、また急いで顔を下げる。 対してアルバートはにやにやと顔を緩めている。


間違いない、とクロードは確信する。

徹底的にいじり倒すか、なし崩し的にここに長居する作戦だ。


「えっと、ですがその。 大臣たちが探していますし、おね……インカルナタ大佐にもきつく言い含められていて……」


しどろもどろに本音が出始めた彼女を見て、クロードは助け船を出すことにする。


「いい加減、大人らしい対応に切り替えたらどうです」


口調こそ丁寧なような気もするが、中身はまるで母親が子供に言うそれだ。 今のアルバートには下手に出た時点で敗北する、という長年の付き合いで培った経験則がそうしろと告げていた。


 別にからかったつもりじゃないんだが、と肩をすくめる彼を冷たい目で見やるクロード。

 

 クロードとアルバートが幼馴染ということは知っていたはずのエレアノールが、少し驚いたような顔でクロードの顔を見る。


「じゃあ准尉、本題に入ろう。 インカルナタ大佐は今何やってるんだ?」


 エレアノールにとっての本題はアルバートが執務に戻ることなはずなのだが、完全にこの第二王子のペースに巻き込まれた彼女は小さく頷いたあとに報告する。


「ええと、お姉さまは今執務室で魔術の実験をされています」

「内容は?」

「それはまだ秘密、と」


 ああもう、あの笑顔は可愛らしすぎます、だなんて漏らすエレアノール。 彼女も十分に壊れてきたな、と思うクロード。


「なら少し君に頼みがある。 このチキン野郎が、リコリスのことが気になって仕方ないくせに話しもできないらしい」


 あごでしゃくって言うアルバートと、そうなのですか?とクロードをみやるエレアノール。


「勝手に言ってろ」

 クロードは吐き捨てるように言って、明後日の方向を見る。


 その構図は、世間知らずな女の子に絡んでいる詐欺師を彷彿させる。 実際、あまり変わらないかもしれない。


「魔術研究中ってことは、今アイツに下手に声かけたら殺されかねんってことだろ」

 

 それは言い過ぎだろう、と思った。

 練習場の入り口を見ると、自主練に来たらしい士官候補生が、気まずそうにこちらを見ていた。


 早く終わんないかなぁ、と思った時に冷たい風が頬を撫でる。

 そういえば、もうすぐ日が傾き始める時間だ。

  

「というわけで、我々はリコリスにバレずに内情を探らなければならん」


 ティターニアは一年を通して若干寒い。 短い夏季を終えたばかりの今は、ちょっと前の気候の過ごしやすさに油断しがちだ。


「でだ。 そのためには夜のうちにリコリスの執務室に侵入して調べるのが一番だと思うんだ。 というわけで、手伝え」


 リコリスもいつもこの時期は風邪っぽくなるんだよな、という彼の思考を、この一言が吹っ飛ばした。


「はいぃっ!?」「何考えてんだお前!」

 同時に詰め寄る部下二人。


「何考えていらっしゃるのですか、第一無理ですそんなこと! お姉さまの執務室に――あんな魔境に、侵入なんて!」


 親愛なるお姉さまの部屋を魔境呼ばわりするエレアノール。 どうやらここは魔術師としての危機管理能力が先立ったらしい。


 リコリスの部屋は数え切れないほどの魔術が蠢いており、魔術師であるエレアノールは全身の魔術回路を支配されてしまいそうな感覚に陥るほどの圧倒的な力場――というのは後からエレアノールに聞いた話だ。


「大体お前、それはお前がリコリスの部屋に入って好き放題したいだけだろうが! 思春期にありがちな行動してんじゃねえよ、成人間際にもなって!」


 二人に一斉に詰め寄られた彼は、さすがに一歩引いたものの、さすがはミスター・厚顔無恥。 すぐに元の不遜な笑みに戻る。


「ほう、お前らそんなに嫌だというのか」


(あの、クロード大尉……まさか)

(そのまさかだろうな。 諦めよう)


 視線で語り合ったその通りに。


「王子の勅命だ! 従え!」


 そう高らかに宣言されてしまえば、従うより他になかった。




 お姉様の許しなしに入ったらあの防御術式が何してくるか恐ろしい、もうスコット家に帰りたい、とかぐすぐす泣き出すエレアノールを連れていくのは、なかなかに心が痛む任務だった。


 とはいえ、もう執務室のある棟にアルバートと共に入ってしまった以上、後戻りができないのも事実だ。

 アルバートは目的を達成するまで執務に戻る気はないらしく、城下に出て庶民の生活を堪能しまくっていたところだ。 当然、護衛役としてついて行ったのは自分だ。


「いいか、リコリスの部屋に入ったら各々本を調べろ。 徹底的に調べるんだ、日記とかあるかもしれん」


 この変態、と思うと同時にひぃ、と小さくエレアノールが悲鳴を上げる。

 とりあえず、あんまり目に余る行動をしようとしたら、こいつを殴って宮殿にほうり込もう。


 真夜中の軍部は、見回りの兵以外はほとんど動くものはいない。 宮殿に併設されていることもあって、目につくところは出来る限り手入れはされている。 魔術師が多いこともあって、中庭も綺麗に整備されている。 何でも魔術は周りの空気が淀んでいると思う通りの効果を発揮しづらいらしい。


 夜の静けさの中、何が悲しくてこんな馬鹿な目的のために軍部をこそこそ動き回らなければならないのか。

 

 そんなことを考えているうちに、執務室前の廊下にたどり着く。

 そのまま進もうとしたアルバートを、エレアノールがお待ちください、と制止する。


「お姉様はこの廊下全体に術式を張っています。 ここで防御魔術をさせてください」

 泣きそうではあるが、その顔は魔術師の顔だ。

「それは構わないが、ここで構わないのか。 ならもっと手前で」

 言いかけたアルバートに、クロードは思い出したことを言う。


「そういえばリコリスはこの棟全体に索敵術式をかけていたな。 あれはここに入る時に防御魔術を展開していないか、という走査術式か?」

「はい、恐らく。 ですがさすがに建物全体、しかも常時というのはお姉様でも難しいと思いますわ。 そこで」

 エレアノールは曲がり角の壁のラインを確かめるように撫でる。


「比較的術式が弱くなりがちな角を使います。 ちょうどこの方角は魔力を逃がす場所、いくらお姉様でも、弱い術であれば見逃すかと」

 自信なさげではあるが、明快に理由を説明すると、アルバートが尊敬の眼差しで見ていた。


「すごいな、准尉……リコリスが魔術の説明しても、俺さっぱり分かんないのに、今初めて一発で理解できたぞ」

 それはリコリスの魔術マニアなせいだと思うので仕方ない。

 エレアノールは満更でもなさそうにいえ、と答える。

 

「じゃあ、いきます」

 リコリスとは違って、慎重かつ自己暗示の部分を強めて長く詠唱していくエレアノール。 終わってみれば、身体が軽く感じる。

「気配遮断と対魔術用の術です。 並の術式と人間には感知できません」


 ピンクの髪に月明かりを反射させて、エレアノールが冷静に告げる。

「今の術は弱いものなので長くは持ちません。 廊下からドアの術式は最も防御が強いので、素早く!」


 走り出した三人は、廊下を数十秒とかからずに完走し、クロードがドアノブに手をかける。 ぴりりと僅かな痛みを感じたが、気にするまでもなくドアは開いた。 

 

「い、意外ですわ、こんなあっさり」

 月明かりだけの部屋は、寒気がするほど静かだ。


「まあ、入れたんだから問題はないだろ。 さて日記は――」

 手近な本の山に手を伸ばしたアルバートは、



「――領域を侵す者、我が手に落ちよ――」

 

 凛とした、しかし夜風のようにささやかな声の発した魔術に捕らえられた。

「うわっ!?」

 魔法陣から伸びる鎖に拘束されたアルバートは「嘘だろー!」とか叫び続けている。


 凛とした声を見れば、魔術を行使したとき特有の、虚ろな目をしたリコリス・インカルナタがそこにいた。


 金色の魔法陣はアルバートだけでなく、残る二人にも襲い掛かる。

 あっけなく拘束されたクロードは、かろうじて魔弾で陣を破壊したエレアノールを呆れすら内包した尊敬の念で見る。


(大人しくしといたほうが身のためなんだけど)


「な、――私が名に於いて命ず……!」

 咄嗟に術者を攻撃しようと、エレアノールが繰り出した魔弾は、魔力を込めた一睨みで相殺される。


(赤子の手を捻るよりも楽そうだな、おい)

 以下、すでに戦闘不能のクロードの心中より。


「くっ……」

 第二撃を放とうとしたエレアノールよりも早くリコリスが追い打ちをかける。


「――領域の主は此処に、反逆者は」

「だああああっ! リコリス! やめろ、王子からの命令だ!」

 

 そのアルバートの声は、結果として逆効果だったと思う。


「冥府の彼方へと葬り去れ――!」




 結果から言わせてもらうと、散々だった。


 拘束していた鎖を通して何かすごいダメージを加えられたらしく、気付いたらアルバートと仲良く地面で伸びていた。


 対称的にエレアノールはえぐえぐ泣きながらリコリスに慰められていて、その様子を見るからにクロードたちが寝ている間に全てを自白していたようだった。


 わがまま王子は通報を受けて駆けつけたレーガン将軍に身柄を引き渡された。 笑顔で「随分と体力が有り余っているようですので、しっかり労働させてください」と将軍に言った彼女の顔は忘れられない。


 エレアノールは落ち着いた後、未だに泣きそうな顔ではあったものの、執務室を後にした。


 残ったのは二人だけ。


 大して、クロードにはリコリスは何も言わなかった。 それが逆に恐ろしくて、身を起こして改めてリコリスとエレアノールがいる執務机の方を見ると、紅茶のセットの横に似つかわしくないものがひとつ。


 あの、サイドボードの謎の茶葉と角砂糖だった。


 さすがに会話がなにもないのは辛すぎたので、とりあえず謝罪。


「あー、リコリス。 その、本当に悪かった」


 椅子を横向きにして紅茶を飲んでいるせいでリコリスはクロードの方を見もしなかった。


「悪いと思ってるならしなければいいじゃない。 それより紅茶、おかわり」

 差し出されたポットを、はい、と我ながら情けなく受け取る。


「今日から三日間、研究手伝ってもらうから。 実験台にもなってもらうし、覚悟して」

「いや、仕事」「罰を受けるのが先!」

 なんて言われれば反論できるはずもなく。


 大人しく受け取ったはいいが、サイドボードの謎の茶葉が気になってしまう。


「リコリス、それは片付けないのか?」

「これはいいの。 これ、この部屋の地図になってるから」

「地図?」

 

 怪訝に聞き返したクロードに、リコリスは少し得意げに返す。


「そう、今この部屋の状態が、そのままこの茶葉に表されているの。 茶葉は本、角砂糖は机とか、椅子とかの家具ね。 ――試しに、適当な本塚を崩してみて」

 角砂糖を丁寧に指さして、説明する。


 崩してみると、どさあっとかなり重量のある音がして、床の見える面積がさらに狭くなる。

 茶葉の方を見れば、確かに対応する箇所が崩れていた。


「もともとアルからの依頼なんだけどね、これ。 軍事利用できるのはもうちょっと先になりそう」


 笑みすら浮かべて言うリコリスは、とても楽しそうで。


 そうですか、なんて言って背を向けた彼はあることに気付く。


(アルからの依頼?)

 そういえば彼は、クロードのことを煽ってはいたが、リコリスが何をしているのか知らない、なんて一言も言わなかった。


 つまり、心配性な彼は完全にはめられたというわけだ。 おまけに、罰というのはリコリスの研究の手伝い。


 後ろから、くすくす笑う声がした。


 まったく、本当に散々だ。

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