番外編 欠点だらけの地図(中)
部屋を出て早々、背後から襟首を掴まれて物陰に引っ張りこまれた。
一瞬外敵かと身構えたものの、すぐにそれはないと警戒心を解く。 ここはティターニア軍の本部だし、それ以前にこの強引な掴み方には覚えもある。
はあー、とまた、ため息をつく。
ため息をつくと幸運が逃げるというが、自分の場合ここまで変人に囲まれているのだからため息が出るのも当然だとロード・ストラトスは犯人に向き直った。
「殿下、また部屋を抜け出したんですか」
今日も今日とて仕事放棄して絶賛逃亡中、そんなフレーズが思わず浮かぶ。
呆れられた本人は、金髪を揺らしてにい、と笑った。
「宮殿の方が何やらバタバタしていたのはそのせいでしたか」
十年来の幼馴染はそう冷たく言って前を歩く。 教会時代の幼馴染たちは揃いも揃って同じ反応をする。 これが普通の貴族連中であれば、内心では「仕事しない王子よりも私に金を」とか思いながらもニヤニヤと笑って俺を迎え入れるのだろうが、この二人はそういった配慮がない。
リコリス・インカルナタは露骨に嫌そうな顔をしてたたき出しにかかるし、クロード・ストラトスは確かに頼りなく見えるがこう見えて奴は策士だ。 俺をかくまった上で捜索している兵たちに引き渡す。
前に一度やられたことがある。 去り際にものすごい嫌味を言われたことはいまだに忘れていない。
「ほんっとお前って、いちいち嫌味っぽいよなー」
「臣下である私が殿下に敬語で接するのは
当然かと愚考しますが。 例え不本意でも」
「そういうのは慇懃無礼っていうんだ、たく」
――だが、そんな二人の態度を好ましいと感じているのは事実だ。
私的に会うときだけではあるが、歯にものを着せない態度や口調には、何だかんだで親愛の情がこもっていることくらいわかる。
が、今回は。
「今日はなんだかやけに苛々しているじゃないか、ストラトス大尉?」
そういかにも尊大に言ってやると、奴は急に立ち止まる。 軍服の黒い、リコリスのそれよりもずっと存在感のある背中からは、いかにも不機嫌そうな雰囲気が発せられている。
理由には察しがついている。
こいつはことリコリスのこととなると心配性だ。 教会にいた頃は実質彼女の兄貴分みたいな関係だったから仕方がないのかもしれない。
「別に、なにも」
クロードは軍人だというのに顔つき自体はそんなに怖くない。 ぱっと見は優しい顔立ちをした美男子、といったところだ。
自分にはよくわからないが女連中に言わせると可愛い、だそうだ。 男に対しての褒め言葉ではないと思うのだが。
恐らく背を向けたクロードはそんな印象も台無しなほど、機嫌の悪そうな顔をしていることだろう。
ひょい、と彼の前に行くとやっぱり彼の眉間には深い皺が刻み込まれている。
「なんだ、機嫌悪そうじゃないか。 全部吐いてしまえ」
そういってそう身長差のない彼の肩に腕を回す。
「……今回だけは、通報はしないでやるよ、馬鹿王子」