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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第二章 壊れた世界で、彼女は
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ⅩⅠ 魔力の地図

大変お待たせしました!

 リコリス・インカルナタが襲撃に気付いたのは実のところ、僥倖という他なかった。


 あの雨の日、黒髪に負けた後の不調は強化魔術の反動だけではなかった。


 初歩的な話になるが、魔術とは最後の最後の瞬間まで取り決め通りに行わなければならない。 この場合リコリスが意識を失った時、魔術解除の手順を踏めなかったのが問題だった。


 あの時リコリスが動かしていた術式は通信、強化魔術、商会に張っていたトラップ用の三つ。 それぞれ違う術式を一瞬の判断で解除するのはいくらなんでも難しい。 こうして無理矢理に解除された術式とその魔力は、使用者であるリコリスに跳ね返った。 


「……見えたか?」

「目視では、まだ」


 魔力感覚の摩耗。

 魔術自体が精密であること上に、多重作業(マルチタスク)による手数の多さを武器にするリコリスにとって、手痛い損失だった。


「今から魔力辿って調べるから――絶対に、手、離さないでよ!」

「わかったわかった」


 感覚を取り戻すには鍛錬あるのみ。 そう体力のない少女に似つかわしくない判断を下したリコリスは、イリスの家の玄関、ちょうどよく街を見渡せるそこであることを試みた。


「離さないでよ、絶対」

「言われなくても離してやるつもりなんて毛頭ないから安心しろ」


 以前リコリスが街にばらまいた追跡術式の残滓の特定と、その再構築。 


 リコリスの術式は完全にこの街を網羅している。 あの時リコリスは必要な情報以外は遮断していたが、再構築し、認識し直せばそれはそのままこの街の地図になる。 


 結果として、感覚はすでに戻りつつある。


 だからこそ、ついさっき出てきたばかりのイリス宅の襲撃に気づけた。


 しかし、クロード・ストラトスは思わず愚痴ってしまう。


「なんでわざわざ、こんな場所まで来なきゃならないんだ」


 彼らがいるのは、何の変哲もない、ただ周りより少し高いだけの家、の屋根の上。


 吹きつける夜風は春とはいえ冷たく、事実クロードは鳥肌が立っている。 屋根の上に登らせろ、と有無を言わさぬ口調で言ったリコリスは寒さよりも高所による恐怖が上回ったのか、何度もクロードによる支えを確認している。


眼前で風にはためく黒髪を眺めながら、クロードは何となしに聞いた。


「しかし、よりにもよって今日か」

「あら、昨日でも困ったんだけど」


 軽口を返すリコリスは、索敵のついでにだが、真剣にその意味を吟味していた。


 ――なぜ、「今日」なのか?


 魔力の痕跡を感じ、他の地点と線で結ぶ。 そこを起点とし、状況を探る。 抜け落ちた箇所には新たに魔力を。 より強固に、確実に。 

 凡才の魔術師ならそれだけで混乱してしまいそうなそれを片手間に片付けていく。


 思考も普段と変わらない切れを持っている。


 ――リコリスを殺すのが目的なら、リコリスが意識を失った瞬間に止めを刺してしまえばいい。


 何故、今になって。


 リコリスは暗黒街の出口にもほど近いところで酔った男女が犬も食わない痴話喧嘩をしているのを感知した。 遠くを見ながらくすくすと笑い出したリコリスに、クロードは眉根を寄せる。


 思考を戻す。

 リコリスは剣士ではない。 が、それなりに心得があるものとして、断言できる。



 あの太刀筋は殺す気だった。

 やはり、時間を置いたのは雇い主である教会の企みか、と一旦結論付け保留。 答えの出ない堂々巡りよりも確実に今出来ることをしよう。


(ちょうど準備も整ったことだしね)

「クロード、今から目を瞑るから絶対に手を離さないで! というか、怖いからここ持って」


 リコリスはせめてものの強がりに、偉そうに大胆に言い放つ。 そして肩に添えられた手を腰に持っていく。


「おおお、おまっ」

 なぜか慌てたクロードに何か?と言って前を向く。 数秒後にぼそっと聞こえた「……くびれ、あったんだ」の一言にはきっちりと後で制裁を加えよう、と決意する。

 

 ふう、とため息を吐いて雑念を追い出し、得た情報を脳内に書き出す。


 さっきまでの街と寸分違わぬ光景。 脳内に描き出したイメージの出来に満足しつつ今までに感知した魔力を視覚化し、続けてイリスの家にいる侵入者の方に意識を向ける。 術式を強化したことで見えた侵入者は意外なことに一人で、黒い短髪を揺らして部屋をつぶさに観察しているようだった。


 (――あいつが、)

 感情的になりかけたリコリスを、不意に引き戻すものがあった。


 一際目立つ桜色の閃光。

 それは、紛れもなくエレアの魔力イメージ。 激しく舞い散る閃光。 戦闘中を示す反応だった。


「……エレアが」

「どうした」


 打てば響くような返答にリコリスは頷いて答える。


「金髪の少年剣士と交戦中。 ――なるほど、やはりあの二人を組ませたのは正解だったわね。 適度に追い散らして逃げられてる」


 後半にかけて緊張感が和らいだのは、二人が善戦しているということ。

 今回はただ逃げられればいい。 向こうの考えが分からない以上、下手に殺すよりも、目的地での情報収集を優先した方が得策だ。 最後に、黒髪のいる家に感覚を戻す。


「二人に手助けがいらなそうなら、先に街を出るか?」

「そうね、早めに――」



 言いかけて、思わず絶句した。


 黒髪と│目があったのだ《、、、、、、、》。


 あり得ないことだった。

 リコリスの索敵術式は巧妙に隠されている。 一般人はもちろん、魔術師が相手でも隠し通せる自信がある。

 

 いやそれ以前に、かの神子は恐らく、というよりは決定事項に近いが、体術の才能を持つ。 一つの才に特化する代わりに、それ以外の力を失う神子は、感知しえないはずだった。


(それを見破った――!?)

 驚愕による思考停止は、現実的な焦りによって破られる。


「まずいわ、クロード」


 ブチブチと張り巡らせた魔力が引き裂かれ、イメージした地図が虫食いになっていく。 しかもそれは何らかの術式による効果ではない。

 

 家から現在地に向かう道から順々に破壊され始めているのだ。


 リコリスはようやく前回の敗因に思い当たっていた。 なるほど、これなら負けても当然かもしれない。

 神子の特性を考えるとあり得ないことだった。 けれど、事実、それは起こっている。


 抗魔力属性。

 稀に存在する、特異体質。


 詳しいことは今現在の研究では明らかになっていない。近親に魔術師がいると発症率が高いとか、それとも幼い頃から魔術に触れていることが原因だとか、説とも呼べないような憶測の飛び交う体質である。


 恐らく敵は、それを持っている。



 リコリスは重く、冷静に相棒に告げた。

 夜闇を溜めたような、黒い瞳で見つめて。


「黒髪が、セドナがここに来る」




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