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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第二章 壊れた世界で、彼女は
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Ⅸ 複雑なセカイ

 結局、イリス・クロイツァーの予想に反して話はすんなり纏まった。  


 リコリスの第一印象は最悪で――まあ、あの酒場の中で彼女が繰り広げた魔術だけは認めるものの――やはり神子とは言っても貴族、鼻持ちならないお嬢様、というのがイリスがリコリス・インカルナタに持った印象だった。


 だが、今回のことでその認識を改めなければならない。


 リコリスは一傭兵に過ぎないイリスに頭を下げたばかりか、自分の所属するギルド、カルタナ騎士団のことまで調べていた。


 イリスは玄関先の階段から、下でさっきからはしゃいでいる子ども達を見やる。 その中に、ひときわ目立つ美貌の少女が一人。 亜麻色の髪をなびかせる彼女は幻術を使っている上に、出会ったときの軍服ではないがリコリス・インカルナタで間違いない。 


 瞳に合わせた明るい翠色と白の、以前着ていた軍服に似た造りの服。 まずは軍服をどうにかしなければ、とエレアノールが町で購入してきたものだ。 彼女の事だからレースやリボンたっぷりの服だろうという予想は見事に外れ、装飾と呼べるものはほとんどない。 それでも地味な印象を持たせないのは、さすが美人と言うところか。 

 

 ところで神子たる彼女がどうして子供たちの中で戯れているかと言うと、それはこの悪ガキ共が上手く彼女の闘争心に火をつけたからである。


「ねーちゃん運動できないんだもんなー、役立たずー」

「な、な、何を! 私の底力見せてやるわよ!」


 とまあこんな具合に面白いほど釣られた彼女を見るために、玄関先から文字通り高見の見物をしているわけだ。 リコリスは玉を使った遊びがとことん苦手らしく、現在輪の真ん中で逃げ惑っているという有様だ。


 そんな夕焼けの中の光景に苦笑しながら、春らしい風に金髪をなびかせたイリスは後ろの玄関から出てきた彼に問いかける。

 

「それともあたしを調べたのはあんた? クロード・ストラトス」


 背後に立つ彼はそっけなく答える。 

「さあな」


割と温厚な印象を受ける彼が、何故こんなに不機嫌なのか。

 

(……階級の違い、ではなさそうだ)   

 そういえば、このクロード・ストラトスと言う男も騎士だったと思い出す。 恐らくはリコリス・インカルナタを守るための。 

 第二王子と共に教会に預けられたのは恐らく彼の護衛のためだが、その後からリコリスに鞍替えしたのが理解できない。 が、そこは置いておくとして。


 イリスはクロードに向き直る。 クロードは春風になびく茶髪を押さえつけながら渋い顔をしていた。


「やっぱ不安なの、この作戦」

「作戦と言えるのか、これ」


 クロードは冷たく言い放つ。 言った瞬間、眉根を寄せる音が聞こえるくらい表情が険しくなったことに、彼は気付いただろうか。


「正直、」


 口を開く。

 言おうとして、口の中で幾度か言葉を弄した後。


「リコリスの体力が保つかどうかだ」


 結局、まるで吐き出すように本音を口にした。


「ねーちゃん弱すぎー!」

「うるさああいっ! ここから本気出すの!」


 悪ガキ共のからかいとそれにまんまと挑発される神子(年上)の声。


「「……………」」


 両者共に思わず沈黙して、この作戦をしたときのことを思い出すのだった。



 交渉成立直後、イリスが複雑な状況を整理したいと申し出た。


「要は、こういうことなんだね?」

 と、イリスは言って、黒板に雑な字で書き出す。


「まず、第二王子はサマランカと和解したい」


 第二王子からサマランカに矢印を引っ張る。


「だがサマランカはリコリスが皇帝暗殺を謀ったとしてティターニアに宣戦布告。 で、あんたは」


 サマランカから第二王子へと戦を引っ張り、その線にバツを付ける。


「本当に、やってないんだね?」

 リコリスはまっすぐに見据える青い瞳を臆することなく見つめ返し、頷く。


「というわけで、リコリスはサマランカに濡れ衣を着せられた訳だ」


 第二王子の横にリコリスと書き足し、サマランカとリコリスとを結ぶ線に「言い掛かり」と書く。


 ざっくりとした物言いにリコリスは思わず笑い、こういうブラックジョーク染みた笑いが嫌いなエレアは「もう!」とスカートをぽんぽん殴りながら怒る。 そんなエレアを窘めるクロードも目だけは笑っていない。


 三者三様の反応にイリスは口の端を吊り上げるだけで笑い、続けた。


「んでもって、どういうわけか総本山と言ってもいいティターニア王国と、信仰対象の一つの神子を裏切ってサマランカについたのが、ティターニア教会」


 教会をまた新たに書き、第二王子、リコリスへの線にはバツを。 サマランカへの線の脇には「協力?」の文字。


「神子を裏切って戦争に参加したとして、教会に何の得があるのやら」


 市民の信仰心は教会へよりも神子への信仰心の方が高い。 それは神子の伝説を考えれば容易に理解できることだ。 どこの馬の骨ともしれない、しかも能なしかもしれない教会の権力者へよりも、ティターニアの子とされる神子の方が信用を得られる。


 特に才能溢れるこの時代の神子、

リコリス・インカルナタは一般市民からの人望も厚い。 そんな彼女やティターニア王国を裏切って、教会に何の得があると考えたのか。 どうしてあの兵士達は、そんな神子を捕らえようとしたのか。


「それはまあさておき、現状の整理ね」

 思考に沈みかけた様子のクロードを、リコリスが引き戻す。

 

「今回の騒動に例の黒髪が関連していると考えた方がいいわ」

「そうですわね、時期がよすぎますわ。 それに、単なる偶然と考えるには《黒髪黒目》という存在は大きすぎる」


 頷いていう二人に、イリスはにっと笑う。


「そう言うだろうと思ってさ、さっきの話をしたんだ。 黒髪――セドナのこと」


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