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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第二章 壊れた世界で、彼女は
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Ⅷ 交渉成立

 リコリス・インカルナタがカルタナ騎士団の名前を知ったのは、実はつい最近のことである。 確かに成り立ちや契約方式は他の傭兵ギルドとは違うが、それでも所詮は庶民の評判。 アルバートが秘密裏に、とまではいかないものの、こそこそと設立したおかげで貴族に目を付けられることもない。

 それ故、特権階級に属するリコリスには耳に入りようのない情報だ。


 ただそれが、目の前の傭兵には気にくわなかったらしい。 お貴族様が、とでも言いたげにイリスの目に剣呑な光が宿る。


「で、報酬はどうするんだ」


 そんな視線を背けさせるかのように、クロードが口を挟む。 


(不機嫌なように見えるのは……気のせいよ、気のせい)

 またお前勝手に決めて、とか心の声が聞こえたような気がするが、努めてそれを無視する。 今は交渉の場だ。


「これを」

 そう言ってリコリスはスカートの中、太腿に付けていたベルトから短剣を抜く。 白い肌が必要以上にはだけた。


「お、おま、なんてとこに入れて……!」「お姉様の御御足……!」

「おい外野共うっせーぞ」

 

 騒ぐ二人をイリスが窘める。 緊張感がないったらない。 彼女はエレアの反応に苦笑したように見えなくもない。 

 はあ、と一息吐いてリコリスは続ける。 平常心、平常心。


「……これは、短剣じゃなくて魔術触媒。 水晶製、魔力が効率的に行き渡るよう、私自身が手を加えてる。 強化も付与してあるから、普通の触媒よりは長持ちするわ」

「……そりゃすごいわ」  

 

 友人二人の態度に対する不満が、もろに声音に出てしまったがイリスはそれを気にしないようだった。 むしろ気にしている余裕がないと言うべきか。 

 それほど粗末な机に置かれた水晶の短剣はあまりにも優美だった。 水晶の本体は光をキラキラと反射し、魔術触媒特有の幾何学模様を模した溝は一種の装飾と言ってもいいだろう。


 魔術触媒発祥のきっかけは精霊たちへの供物であったという。 

 今では実質本意な魔術師たちによって無骨なものは多いが、これは真の魔術触媒と呼んでいいだろう。 魔術師以外の人間に言わせれば、魔術なんかに使ってしまうよりも、ガラスケースの中に大切にしまってしまいたいほどだという。

 

「すごい、きれい」

 イリスは青い瞳を少女の様に輝かせた。 ついさっきまでの荒んだ雰囲気を持つ傭兵の言葉とは思えないほどに、素直な賛美の言葉。 

 その賛美に、リコリスは思わず表情を和らげてしまう。 イリスとリコリス、互いに視線がぶつかって、思わず同時に顔を引き締めた。


「えーっと、了解した、うん」

「それくらいの物ならそうね、これくらいにはなるかしら」


 と、指を折り曲げて金額を示す。

 

「いや、その値段はないだろ」

 あまりの高額さに、イリスがすかさず突っ込んだ。

「ちゃんとした、目利きの魔術師に売りなさい。 そうしたらこれくらいにはなるわ」


 自信たっぷりというリコリスを見て、イリスは自分と同じく魔術師でないクロードに問いた。 仲のいいエレアに聞かなかったのは、彼女がさっきから恍惚とした表情で頷いているからである。


「……まじ?」

「俺にはわからん」

 そりゃそうだな、とイリスは呟きリコリスに向き直る。 


「じゃあ、交渉は成立ね。 正式な依頼内容は――例の黒髪の捕縛と、私の汚名を晴らすまでの同行でいいかしら?」

「そうだね。 カルタナ騎士団団員、イリス・クロイツァーの名にかけて、依頼を遂行しよう」


 もっともらしく騎士の礼をとったイリスにリコリスは少し目を見張った後微笑んだ。 花が一斉に咲くような笑顔。


「ありがとう。 私リコリス・セレナ・インカルナタの命運、あなたに預けます」



「で、イリス、あなたのツテを教えていただけます?」


 さっきから口を開かなかったエレアが問う。 イリスは椅子に座り直し、コップの水を一気飲みする。


「パレナ商会に神子――いや悪かったね、例の黒髪が通ってたんだろ?」


 神子という言葉に機敏に反応したリコリスにイリスが慌てたように謝罪した。 リコリスは表情を変えず肯定するが内心は動揺した。


(なんで私、今嫌悪感を抱いた?)

 神子という単語そのものではない、アレが神子と呼ばれることそのものに。 理解不能の感情が蠢いて、気持ちが悪かった。


「黒髪が出入りしてたパレナ商会。 そこから洗おうと思う」

「商会主のルロイ・ライオネルは収監中ですわ」

「今の情勢下で軍に見つかりたくはないな。 教会とリコリスが敵対している今、信仰心の強い奴らはリコリスを捕らえようとするぞ」


 イリス、エレア、クロードが言って、リコリスの方を見る。 リコリスは前半は上の空だったことを悟られないように漏れ聞いた単語から情報を引き出して答えた。


「そうね、彼が軍にいなかったら有益な情報が得られたと思うんだけど」

「基本的に、非合法な奴隷商売はコネで繋がってるからな。 黒髪とライオネルはただの知り合い以上の関係だろうし」


「ところが、だ」イリスは悪戯っぽく笑った。

「当の商会主、ルロイ・ライオネルと黒髪はそれほど繋がりはないんだ」


「どういうこと?」

 怪訝に問うリコリス。 イリスは飲み干して用済みになったコップをぶらぶらと揺らす。


「傭兵も商人とは横の繋がりがある。 かねてから噂になっていたんだ」

 

 コップを机にコン、と置いた。 木と木のぶつかり合う固い音。


「前商会主が無理やりねじ込んできた商談があると。 何でもその商談相手はいつも黒いローブを着ていたらしい。 そいつが仲間から呼ばれていた名は、《セドナ》」

 

 


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