Ⅲ 照れ隠し
「ちょっとどういうことよ、これ!」
リコリスはそう叫ばずにはいられなかった。 クロードに連れられ、兵の中を突っ切ってきたはいいが、状況がまったくわからない上に今なお全力疾走させられている状況である。
流石に大通りを通ったりはしないし、人通りも少ない場所を走っているのだが、それでも街中を全力疾走する男女とは目立つ。 追っ手の方も探しやすいのか、さっきから数が減っていない。
リコリスの手を引いて走るクロードは突き刺さる市民の視線と追っ手の声に舌打ちし、速度を上げた。
「ちょっ、ちょっと」
引っ張られたリコリスはもう無理、とばかりに声を上げるが、クロードは今回ばかりは言うことをきいてくれそうにない。
その速度で、すっと脇道に入る。
そこから先は、細い道が入り組む暗黒街。
黒髪がなびく。 リコリスは自らの髪が目立ちすぎることを思い出して、小さく詠唱を始めた。
耳障りのいい囁き声。
精霊を使役するのでなく、自らの魔力を直接操るアルトリア式魔術。 そのなかの一つ、幻惑術。
五つ目の路地を曲がり終える頃にはもう追っ手の声は聞こえなくなっていた。
徐々に速度を落とし始めたクロードに合わせるようにリコリスも速度を落とす。 路地の角に隠れるようにして二人で立ち、リコリスは肩で息をしながらもクロードに聞いた。
「……どう? 成功してる?」
クロードの目に映ったのは亜麻色の長い髪に、澄んだ翠の瞳の少女だった。 元の整った顔立ちは変わっていないが、髪や瞳の色が変わったせいか儚さが強調され、黒髪の時よりも華奢に見える。 走ったせいで紅潮した頬は見事な桜色。
華やかな印象になったため、黒の軍服が恐ろしいほど似合わない。 そんな「軍服の似合わないリコリス」を奇妙な気分でじっと見つめ、
「まあ、成功してる」
とだけ答える。
(……まあ、それだけよね)
何故か落胆した自分に少し腹が立って、亜麻色の髪をぶんっと振って背を向けた。
まったくどうしてこんなのが女人気があるのか、と思うのは八つ当たりかもしれない。
「おい、どうしたんだよ」
「別になんでもない」
背後から聞こえた声に不機嫌を隠しきれずに答えてしまう。
「とにかく、さっきのわけを教えなさいよ」
くるっと振り返って言えば、クロードを口ごもり、不意に妙案を思いついたような顔で答える。
「それより、幻惑術使って顔の形変えられないのか?」
「何回も言ってるでしょ、幻惑術は視覚のごまかしであって骨格をいじると触られたときにすぐバレる――ってものっすごい不自然に話をそらせないで」
お前思いっきりのせられてたじゃん、と言うクロードの呟きは無視。 どんなときでも魔術関連の話題には食いついてしまうリコリスは変人エレアノール・スコットをして「魔術オタク」と評される。
一歩、クロードに近付いてもう一度問う。
「どうしてあんなに検問所で警戒していたか。 まるでこうなることがわかっていたみたいよね? 大方、捜索隊が来たことを黙っていたことと関係あるんでしょう。 ――言いなさい」
その念を押したような最後の言葉にクロードは観念したように、ただし翠色の瞳を避けるように答える。
「捜索隊の様子が、おかしかったんだ」
「どんな風に?」
今度はリコリスの顔を真剣に直視する彼。
「………、まるで、犯罪者を探すみたいだった」
ひとことひとことをまるで吐き出すように言うクロード。
「………そう」
無表情に答えたリコリスをクロードは今度は怪訝そうな顔で見ていた。 何よ、と言うとそのままの顔で答えた。
「いや、もう少しショック受けるかなと思ったんだけど」
視線を逸らすのは今度はリコリスの番だった。
「この前泣いたとき、たくさん励ましてもらったからね」
照れくさいからか、少し口調が砕けた、その言葉。
術の効果もさることながら、いつも以上にらしくないリコリスにクロードは苦笑する。
そして、その背後に――
今回はちょっと分量少なめです。
次回、ちょっと影が薄い人が再登場?