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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第二章 壊れた世界で、彼女は
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Ⅱ 淡い思い出を切り裂いて

 兎にも角にも、基地に戻らなければ始まらない。


「奴隷たちの受け入れもしなくちゃいけねーし、ここで三日間寝てた分も取り返さなくちゃな」


 珍しく率先して言ったクロードに、リコリスは堅い表情で頷いて。


「……まあ、街に入れたらの話だけどね」


 リコリス達は森の出口から、木々に隠れるようにして立っていた。


 検問所には通常の二倍は超える兵。 数百メートルは離れた森の中からもわかる、ぴりぴりした緊張感。


 厳戒態勢の国境の街、戦時下には最初の砦となるアーガイルの検問所を見て、言った。    

 

「ちょっと、どういうことよ」

 リコリスが苛立ちも露わにクロードの服の袖を掴んだ。 本当は引っ張って木に押し付けたいくらいだったが、今の彼女にはそれは難しい。

 

 振り向いておい無理すんな、と言ったクロードを漆黒の瞳で睨みつけた。


「前に様子を見たときは変わりないって言ってたじゃない」

「前は前だろ。 状況は毎日変わる」

「だからって、こうまで増員される普通!?」


 声を荒げるリコリスにクロードは観念して答えた。 視線は合わさない。


「悪い、あれ虚偽報告」

 

 今度こそリコリスはクロードを木に押しやった。 息を切らしているのはきっと、傷のせいだけでない。


「………普段だったら軍法会議ものよ、ストラトス大尉」

 癇癪を抑えつけるようにその声は低く。 対してクロードは敢えて軽い風に謝る。


「他になんかないでしょうね」

「ちょっと前に捜索隊がきた」

「なんで言わないのよ馬鹿! 絶対チクってやる!」


 もういい、とリコリスは黒髪を翻し、話を戻す。 リコリスがあまりに検問所のほうを注視するので、クロードは兵士のひとりひとりの見分けすら付いてしまうんじゃないかと思う。


「厳戒態勢敷いといて、あくびとはね……」

 訂正、リコリス・インカルナタは見分けるどころか挙動までしっかり見ていた。

「とにかく、エレアに会いましょう。 やることが山積みよ」


 奴隷の受け入れ、商会についての報告、黒髪の報告、とリコリスは指折り数える。 黒髪、とつぶやいたときに眉間に刻まれた皺に、いったいリコリスは気づいていたか。


「エレアは大丈夫かな」

「最後に会話したのはあなたでしょう。 エレアなら大丈夫よ」


 とリコリスは言う。 逆に向こうはリコリスのことを心配しているだろう。 あの日、リコリスの栞を通して二人に発した警告を最後にエレアとは連絡が取れていない。


 リコリスは小さく嘆息して、スカートの中から栞を取り出した。 あの日以降、この栞はただの紙切れになっている。 術者たるリコリスが昏睡状態に陥ったせいで魔術は解けてしまったからだ。 睡眠状態ならまだしも、昏睡のように問答無用で意識を遮断されてしまった場合、いかな神子といえど太刀打ちできない。 すべての魔術は無効化されるのだ。


 そしてリコリスにとって、それは非常に問題で。 目覚めてから異様にクロードが気を使うのも、そのせいだろう。


(もっとも、そうしてもらったほうがありがたいことはありがたいのだけれど)

 生憎、今の彼女達には見栄を張る時間は残されていない。 検問所の厳戒態勢を見る限り、ティターニア・サマランカ間の緊張状態に進展――進展と言っても恐らく悪いほうに――があったのは確かなのだから。 基地に戻るのは早ければ早いほどいい。


「そろそろ行きましょう」


 ついに姿を隠すことなくリコリスは歩き始める。 検問所の兵達が気づいた様子はない。 さらに歩みだそうとしたリコリスの腕を、不意にクロードが掴む。 

 彼はしばらく言いづらそうに口をもごもご動かすと、つかえていたものを吐き出すように言う。


「……念のため、いつでも戦えるように準備しといてくれ」

 何故か神妙な表情で言うクロードに、リコリスは圧されてこくんと頷いた。



「……インカルナタ大佐、ストラトス大尉!? 生きておられたのですか!」

「……、ええ」


 検問所の前にたどり着いた二人は開口一番、そう言われる。 部下という立場から、リコリスより一歩退いて立っているクロードは表情を動かさず、リコリスは秀麗な眉を一瞬顰めた。


 出血量はひどかったかも知れないが、ほとんど死亡確定のような反応をするかということ。 けどそれよりも気になったのは、兵士達の表情だ。

 ところどころ拾えたぼそぼそ声の会話は「まずい」だとか「やりたくない」だとか。 死んだと思われた人間の生還に対しての反応にしてはおかしい。 視線だけを巡らせるリコリスに、クロードが近づいて耳打つ。 


「――逃げるぞ」


 身長差が大きいため、それは決して地味ではなかったが幸いにもざわめく彼らには見えなかったらしい。 リコリスはほとんどわからないほどに頷いて「あとで教えなさいよ」と囁く。 少なくともクロードはこの異様な雰囲気に心当たりはあるらしい。

 

 リコリスもわからないなりに推測する。 

(何か嫌疑をかけられてるとか?)


 そのうち一人の兵が進み出た。 


「あ、あくびの」

「はっ?」


 思わずつぶやいたリコリスに彼は怪訝げに聞き返し、リコリスは肩をすくめる。 奇妙な会話とは裏腹に、張り詰めた緊張は増す一方だ。


「トニー・フラメル曹長であります。 大佐」


 名乗ったくせに、敬礼はしない曹長にリコリスは警戒を強めた。 衣擦れの音がして、背後に控えたクロードが剣に手をかけようとするのがわかる。


 軍人たるもの、敬礼は味方にしかしない。

 それはすでに、リコリスをティターニア軍人だとは思ってはいないということ。


「我々とご同行を」

「基地に?」


 尋問でもどうぞ、という意味をはらんだ言葉。 

 

「いえ」

 

 意外な返答だった。

 曹長はすっぽりと答える。 まるでそれが当然のように。


「ティターニアの御前、教会に」


 ここでどうして教会が出てくる、と思わず呆けたリコリスの手首を、


「お断りだ!」


 クロードがぐい、とひっぱる。 後ろに引っ張られた彼女の数瞬前までいた場所には空をつかむ曹長の手。


 リコリスはその光景になんとか理解が追いついた。 ざわめきの正体が軍人にありがちな罪の濡れ衣ではなく、神子に関するものだということ。 大体すでに還俗し、軍属となった彼女の身柄を教会が引き取ること自体がおかしいのだ。


 とにかく逃げなくてはまずい。 そう考えたリコリスは、空いた方の手を使ってウエストポーチから瓶を放り投げ、同時に詠唱を終える。


 割れた瓶から出る煙と眩い閃光が彼らの視界を奪う。

 咽せる兵の中、自らもふらつきかけたその手を、幼なじみの青年が掴む。

 リコリスは幼なじみの手を強く握り返す。


(――「じゃあ、背中、預けるから」)

 いつかの自分の言葉がふいに脳裏をよぎる。 その淡い回想を切り裂くように鋭く、クロードは叫ぶ。


「――逃げるぞ!」


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