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真っ黒少女と六つの約束  作者: 早見千尋
第一章 初動捜査は慎重に
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番外編 夏至祭、花舞う街で

 夏至祭も明日に控えるティターニア首都、カンタヴェリーはいつもより落ち着きがない。


 質素堅実を教えとするティターニア教の敬虔な信者達は普段はかなりおとなしいが、夏至祭の一週間だけは違う。


 酒や飲食はやり放題、嗜好品等は投げ売りレベルで売られ、今が稼ぎ時とばかりにはしゃぐ商人以外は国民全員が休み。この一週間は国民が眠らない、と言うのは近隣国からの評。ティターニア軍の方は交代で警戒にあたるが、それでも非番の時間は遊びまわる。 

 飲み食い無料の損失分は一年かけて国民全員が負担する、という体を張った祭りである。補填が出来なければその次の祭りが出来ないので、経済システムとしてはなかなか優秀だ。


 かくいうリコリス・インカルナタも明日からほとんど非番に入る軍人の一人で、休み前の最後の書類仕事を片付けて(多重作業(マルチタスク)を使うほど全力で)いたわけだが。ゆっくりやっても定時には十二分に間に合うわけだが、それでもさっさと終わらせて早く帰りたい。 


 コンコン。

 小さなノック音が、それを邪魔しに来た。


 リコリスはまるで掃除中に落ちない汚れを見つけたかのように――まあ、しつこいという面ではあってるのかもしれないが――眉根をきつく寄せてドアを睨みつけた。この遠慮のないノック。


(一人しかいないわね)

 リコリスはそばにあった本を掴んで臨戦態勢。案の定、相手は返事を聞くよりも早くドアを開けた。


「よおリコリス。 仕事は進んだ、ってうお!?」

 

 さあ大きく振りかぶって一球目。

 ドアの隙間から見えた茶髪に向かってリコリスは思いっきりそれをぶんなげた。


 茶髪は頭を押さえて悶絶し、リコリスは大げさに溜め息をついて、冷たい目で彼をみた。無論、時間は惜しいので報告書をまとめる手は止めない。


「……公務はどうしました、この不良王子」


 言われた方はわざわざ来てやった、とか大臣共が監禁して仕事やらせるんだ云々。下から哀れっぽい目で見上げてくるが、軍属になってから四年間、こう毎日やられては通用しない。リコリスは学習能力は人並み以上にあるのだ、目の前のバカと違って。 

 

 服装を見ると軍の一般士官の軍服であり、よくも悪くも平凡な顔立ちのアルバートはあまり目立たなかったのだろう。最早お目付役と化しているレーガン少将の新任補佐から剥いたか、とリコリスはあたりをつける。そろそろ彼にも脱走の名人との対応の仕方を教えなければ。


 リコリスは幼なじみであり、主君でもあるアルバートに気を使うでもなくペンを走らせながら冷たく言った。


「仕事はもうすぐ終わります。うまく行けば夕方には帰宅できるでしょうね。殿下のほうは終わられたのでしょうか」

 意訳、とっとと帰って仕事しろ。


 アルバートの方はその嫌味を軽く受け流して、珍しく書類に埋もれていないソファーに腰掛けて、命令。


「俺、紅茶飲みたいなー」


 ずびし、と音がしそうな程に眉根を更にきつく寄せたリコリスは


「……何、飲む?」

 敬語をかなぐり捨てて聞いた。

 それはいつもの敗北宣言。 彼が居座ることを決めたときの対処法。 さっさと雑談を終わらせて探しに来たレーガン少将に引き渡す。

 


「じゃあ夏らしく二番摘みのお茶な、あと蜂蜜もあったらくれ」

(昨日買ったばっかりなのに!)


 リコリスは怒りを持ってテ蜂蜜をスプーンたっぷり三杯、アルバートのカップに入れた。

 もちろん紅茶を淹れても、かき混ぜなかった。



「んで、今年の夏至祭はどうするんだ?」

 やっぱりそれが目的か。

 リコリスはカップを口に運んで間を置いてから、わざと違う答えを返す。


「いつも通り。明日は本邸に戻らなきゃいけないし」

「違う、クロードとどうすんのかって聞いてんだよ」

「……なんで、そこでクロードが出てくるのよ」


 予想通りの返答だったが、リコリスは言葉を詰まらせる。アルバートの方はソファーで形だけは優雅にカップを傾けている。

 

 なんとなく腹が立って、リコリスは紅茶をもう一口。紅茶のシャンパンとも呼ばれる香りがふわりと漂う。  


「今年も女の子達と行くんじゃないの?」


 去年は散々だった。

 クロードのファンの女性は意外と多い。根が優しいためあまり断れないのが原因でいつも誰かに追いかけられている状態だ。 

 平静を装って冷たく言うが、紅茶の減りを見ればそれが嘘か本当かくらいすぐわかる。アルバートはあきれた顔をする。まるで出来の悪い子供を見るようだった。


「手厳しいなあ、お前」

「別に? まあ、今年は軍のイベントに参加するし」

「お、あの百人抜きか。教会の飾り付けには行かないのか?」


 いちいちおっさん臭い反応だ、とリコリスは思ったが敢えて口に出さなかった。


「そ。去年行って、先生に会いに行ったらもう還俗なされました、って。先生がいるからって行ってやったっていうのに」

「ああ、だからあんなに去年は豪華だったのか」


 リコリスが魔術で付けた飾りは異常といってもいいほど豪華、というより派手で、サーカスかと思って近付いたら教会だった、と言う話がでるほどだった。無礼講となっていた国民には受けがよかったが、一応祭り中でも「質素堅実」と説く教会にはいい嫌がらせである。


「還俗っていえばお前は教会から還俗するときに苦労して、俺達が大分助けたよな。クロードの一世一代の告白もその時か」


 話をそらせた、と思えばすぐに戻してくる。リコリスはもう叶わない、と両手をあげて降参した。


 ちなみに、アルバートはカップの底になみなみと溜まった蜂蜜のせいで相当むせ、ちょうどいい頃合いに来たレーガン少将に首尾よく引き渡すことに成功した。




 夏至祭一日目、夜。

 夜間にも関わらず明るいカンタヴェリーは観光イベントらしく外国人の姿も多い。飾り花が町中に飾り付けられ、そこここで酔っ払いの笑い声が聞こえる。まさに無礼講。


 ひときわ明るく騒がしいのはティターニア軍本部。炎の魔術で燃え尽きないランタンが無数に置かれ、一般にも解放された軍の練習場にはリコリス・インカルナタがいた。 


 (まつりごと)より祭りが好きなアルバートも最上級の席で見ているはずだ。もちろん観客席と練習場は遠く、肉眼で見分けることなど出来なかったが、リコリスは恐らくアルバートは今一番わくわく、ではなくニヤニヤしているのがわかった。


 すでに息が上がっていたが、黒い瞳にある戦意は衰えない。美少女かつ神子の無双に一般は沸き、次の相手はいよいよ最後の百人目。


 魔術師ととことん相性が悪いスピード重視の剣士。軍で一番の剣の使い手。


 ――クロード・ストラトス。


 

 戦闘のときだけのポーカーフェイス。

 対してリコリスは似つかわしくない挑戦的な笑顔で告げる。


「……じゃあ、私も『本気で』行こうかな……!」

 そういって今まで一度も手さえ書けなかった細剣に手をかける。


 百回目のラッパの音は高く、群青色の空に響いた。


 最初に仕掛けたのはリコリスだった。

 クロードはあらかじめ地面に張られていたらしい無数の魔術を交わしてリコリスまでたどり着く。

 それだけで賞賛されることを簡単に見えるほど流麗にこなしてしまう。


 しゃりん、と心地よい音と共に剣が抜かれ、まさにマニュアル通りの角度でされた防御は、しかし彼の剣によって防御ごと吹き飛ばされる。


 魔術の触媒的要素も含むのか、やたら美しく作られたリコリスの剣は夜闇を鋭く斬った。

 機械的に繰り返される攻めと守りは彼女の魔術と同じく緻密かつ完璧。隙を突くように打ち込まれる魔術。


 しかしそれは単純かつ絶対的な力の差がついて回る。


「おいおい、大丈夫か?」

 軽口を叩き、表情を変えずに笑うクロード。


「ちょっとは感情出しなさいよ、イライラする!」

 対してリコリスは舌打ちしながら吠えた。観衆自身の叫び声でその八つ当たりともとれる発言に気づいたものはいない。


 しかしクロードは気づいた。

 それが彼女の言葉ではないことも。片方のまぶたがぴくりと動く。クロードの感情を押さえるときの癖だ。 


(クロードが忘れてたら、それこそ笑い話よ、ね!)


 そのほんの一瞬の隙を付いて、リコリスは前進した。

 細剣の鋭く突きより早く、戦いに慣れた体が剣を構えた。リコリスが押し切るには頼りなさすぎる体力と剣。結局押し切られ、宙に舞ったのはリコリスの細剣。


 予想通り、押し切ってからの二撃目。リコリスは防御陣をはり、剣が衝突した瞬間に防御の術式から爆発に書き換えた。


 しかしクロードはその爆発を前に踏み出すことで回避して、間合いに入り込む。

 いくら詠唱が早くても、この距離では間に合うまい。

 始めて本心からの得心の笑みを浮かべた瞬間。

   

 観衆の叫び声よりも、剣が空を斬る音よりもしっかりと、リコリスが言うことでかつてクロードが言ったそれよりも艶やかな響きを持って。


「――――」


 クロード・ストラトスの一世一代の告白は告げられた。

 まさか言った本人に一言一句違わず返されたことで、剣がほんの一瞬だけ遅れて。


 そしてその一瞬で、リコリス・インカルナタは詠唱を完成させた。

 それはクロードの体を吹き飛ばし、立て直しが出来ないほどのダメージを与えた。

 

 呆然、といった風に空を見て横たわるクロード。

 立っているのは黒髪の少女。


 二人の世界に音が戻る。

 十秒のカウントのあと、試合終了を告げるラッパが響き、


 この日一番の歓声が響いた。


 紙吹雪と花が投げ込まれる練習場に、リコリスとクロードはまだそのままでいた。


「……なあ、あれ」

 不意打ちだろ、とはリコリスは言わせない。

「あなたも私も、『一回しか』言わない。それでいいんでしょ?」


 リコリスはまたしても前に言ったことをそのまま返す。ただし、恥ずかしいから背を向けて。


「はいはい、分かりましたよ」

 不意打ちにかこつけた、卑怯な告白だった。でもそれは曖昧なせいで女性に人気なクロードも同罪、とリコリスは言う。

 クロードは悪かったな、と力なく笑った。リコリスはそれに顔だけで振り返って、軽く誘った。



「じゃあ、今年の夏至祭は私と一緒に回ってくれる?」


 夜だというのに明るく騒がしい非日常。橙色の光が夜を晴らし、投げ込まれた花が舞う。

 その光景が、あまりにも綺麗で。


 きっとそんな夏至祭の雰囲気のせいに違いない。

 彼女はいつものように、からかうことはしなかった。


 リコリスはクロードに歩み寄って、その華奢な手を差し出した。


 



物語開始以前のお話。

二章一話の途中でちょっと情報足りないっぽいことに気づいたので投下です。


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