~小説家になりたいと頑張っている方に、ネット大賞に思うとや、ほんのすこしアドバイスできることを書いてみました~
今回わたしは小説家になろう最大の公募企画「ネトコン14」に、自身の作品を10作品以上応募しました。
もちろん書くペースの遅い私が1年に書けるのは長編で2~4作品程度なので、今回は過去作品も改稿作業をして応募しました。
やはり書き始めたからには、どうしても小説家になりたいから。
なるためには書いて、応募するしかないのです!
そしてその機会は、幾度もあります。
高みを目指すチャンスがこれほど多いことは有難いことだと思います。
たとえば吹奏楽で全国大会に出るチャンスは1年に1回しかありません。
国民的スポーツとして有名な高校野球も、たしか春と夏の2回ですよね。
サッカーは1回なのかな?
そしてそれらは全て全国大会に出るまでに、県予選とブロック予選を勝ち進まないと全国の舞台には立てません。
ところが小説はその機会が沢山あります。
たとえば2026年の5月が締め切りのものでは、地方の文学賞を含めて27もあります。
ただし、その全てに応募できるとは限りません。
中には高校生限定のものや、絵本とか童話といったジャンルが指定されているものもあります。
大手出版社の公募だとかなり自由なものが多いですが、地方のものだと『お題』や『文字数制限』があって面白いですよ。
お題があるというのは「なにを書けばいいのだろう?」と考える手間がはぶけます。
たいていの場合はその地方を舞台とした作品なので、それに沿う形で小説を書きはじめればいいのです。
どうしても困ったら、例えば「私はいま○○に居る(カッコ内は指定された舞台です)」と無理やり書くことで、すこしは話も進めやすくなったりします。
こうしてお題はあまり問題ないとおもいますが、文字数制限(ページ数指定)のほうは、かなり厄介で、そのぶんいい勉強になると思います。
私はとにかく思い立ったら早く書き始めたくてプロットの作成もしないで文章を書き始めてしまうので、とにかく出来上がった作品の文字数が指定数より超えてしまい何度も読み返しながら文字数を合わせる作業が大変でした。
でも、こういう文字数を意識して書くことは小説家を目指すなら必要な能力なのだと思います。
本当はこれに懲りてちゃんとプロットをつくればいいのですが、いまだにプロットに手を付けたことはありません。(そのくせ文房具店でプロット用のノートを買ってきてしまうので、勉強机の本棚には使っていないノートが沢山あります。いちおう、書こうという気は毎回あるのですが、実行できていません)
ここまで書く機会などについて、私視点で書いて来ましたが、それでも上達しているのかとか将来的に見込みがあるかは私自身大きな疑問を持っています。
というのは、夢だけは大きくもっていて、その夢に対しての第一歩である書くことはできているのですが、いまだにプロットすら書いたこともなく小説家になるために必要な勉強を怠っているのは私の致命傷だと思っています。
いまもそうなのですが、私はワードを使って書いています。
わりといいかげんな日本語文字変換なのですが、いちいち漢字を考える必要もなく変換してくれるので楽です。
ただし、最近この変換が楽という落とし穴に気付きました。
それは文章が圧倒的に漢字だらけになっているということです。
これに気付いたきっかけは、会社で導入されたビジネス用の文章校正AIです。
これ、なんちゃってAIなのでスルーされてしまう書き間違いも多いのですが、私が日頃仕事で書く文章の校正でいちばん多い指摘事項が漢字の多様でした。
さいしょは「こいつ、漢字も知らんのかいな?」と思ったのですが、校正された文章を読むと、あきらかに読みやすかったです。
これ以前の私だったら「明らかに読み易かった」と書いてしまい、読みづらくなっていたことでしょう。
学生だったころは、小説をともだちに読んでもらったりして「コトちゃんの漢字が多くて読みにくい!」とか言ってくれる子もいてくれるのですが、社会人になると会社で「わたし、小説を書いています!」なんて言おうものなら失敗したときに「そんなことをしているから仕事に集中できないのではないのか!?」なんて言われそうなので、職場の人にはばれないようにひっそりと書いています。
ようするに、誰にも指摘されない環境です。
これでは、自分の弱点にも気付けませんよね。
そのために沢山の小説を読むことが重要になるのだと思います。
ちょっと当てはまる人はすくないと思うのですが、この小説を読むことは私にとっておそらく最大の弱点なのです。
もちろん小説を書き、小説家になりたいと思ったきっかけは、たくさんの小説を読んでいたからにまちがいありません。
しかし私の場合、じっさいに小説を書き始めてから、ほとんど小説を読んでいません。
理由は、いくつもあります。
似たようなものを書きたくない。
真似したくない。
トレンドを意識したくない。
などが上げられますが、最大の理由は私が客観的に小説を読むことができないからです。
小説にのめりこんでしまいます。
電車の中で読んでいて、降りる駅に気が付かないで、はるか遠くの駅まで行ったこともありますし、バスの終点や車庫まで行ってしまい運転手さんに呆れられたこともあります。
感動して電車の中で涙が止まらなくなったことも。
おかしなことなのかもしれませんが、魂が小説の世界に入り込んでしまうのです。
いい小説を読み終わると、たいていの場合は1週間から1カ月くらいその小説の世界から抜け出せなくなるので、次の小説を読み始めるまで時間がかかります。
そして小説を書き始めてからは、さらにそれが酷くなって「なんで私は、この作者さんのような素晴らしい物語が書けないのだろう!?」と、絶望してしまいます。
いったん絶望してしまうと、それが癒えるまで次の作品なんて書けません。
そこが私の最大の欠点です。
私自身のことを長々と書いてしまいましたが、そういうことがなければやはり小説は読んだほうがいいに決まっていますから、みなさんはぜひ読んでください。
多くの人がおっしゃるように、読んでこそ力がつくのは当たり前のことなのですから。
さてここからタイトルの回収を始めます。
タイトルのうち、アドバイスについては私のようなものから言えるのは以上となります。
ではなぜタイトルが「小説を投稿してきて」ではなく「ネット小説大賞に応募して」なのかを書きたいと思います。
そもそも公募に応募した作品は、ほんとうに読まれているのか?って思ったことはありませんか?
私が調べた結果では、厳密に言うと「読まれていない」ということになると思います。
まず1次選考では、書き始めから数ページで判定するということは、実際に編集者さんから伺ったことがあります。
地方の公募ですと有名な小説家さんに審査してもらえるのですが、その作家さんに届けられるのは数作品に過ぎないそうです。
たしかに審査を務められる作家さんも、ご自身の執筆もありますから全部は読まないだろうことは分かっていましたが、まさか数作品と言うのには驚かされました。
では小説投稿サイトでは、どうでしょう?
実は、いつかこのことを書きたいと思っていて、前々から調べていたことがありますので、ここで発表したいと思います。
少なくとも私の調査結果では、A社さんとK社さんでは足きりがあるのではないかと思います。
つまり一定水準のPVがなければ、応募しても無駄ということです。
ほかのやりかたがあるのかもしれませんが、PVの少ない作品を応募したところ、エントリー期間から発表までPV数に変化のない作品がありました。
これって普通に考えるとエントリーは受理されたものの、読まれなかったっていうことですよね。
では、ネット大賞ではどうでしょう?
上のふたつは、月間の日別アクセス数のPVとユニークを示したグラフです。
上のグラフの方は私の古い作品で、もうほとんど読まれなくなった作品ですが、4月14日には60人のかたが61話読んでくださっていますが、それっきり4月はグラフの棒が伸びていません。
おそらくこれは、この日だけ急にグラフの棒が伸びていることから、審査が行われたことを意味するのだと私は思っています。
そして結果は1次選考落選だと思います。
下のグラフは当分連載を休止していて、4月後半から連載を再開した作品ですが、こちらのほうは4月9日と12日にそれぞれ19人のかたが1900話を読んでくれたことになります。
誰が何話読んでいただいたのかは分かりませんが、この作品は現在900話ありますが、そのうち100話くらい読んでいただいたことは確かだと思います(ダウンロードしただけかもしれませんが、いいほうに考えます)
つぎに22日ですが、この日は600人の方々が1750話読んでくださり、翌23日には800人の方々が1090話読んでくださっていることがわかります。
他の作品でも同じように、普段とはまったく異なるグラフを確認しておりますので、これは普段のPV数にかかわらず足きりをせずに適正な審査が行われたことを意味するのではないでしょうか。
さすが日本一の小説投稿サイトですよね。
ただ自分でもあまり自信のない作品は、こぞってPV数とユニーク数が近い数の作品が多かったことから作品の第一ページがいかに重要なのかが良くわかりました。
たしかにいい作品は、最初のページから「おやっ!」と思わせる作品が多いですよね。
最後に。
私のようなまだまだぜんぜんプロには程遠い未熟な書き手ですが、少しでもみなさんのお役に立てたならと思い、こういったものを書いてみました。
最後まで読んで下さった方々の中から、今回は思うような結果ではなくても、次以降の公募からプロになれる方がいればとてもうれしく思います。
小説家になるには体力も年齢も性別も関係ないばかりか、期限もありません(期限がないことで泥沼にははまりますが……)
あなたの「書きたい」「なりたい」が続く限り、思う存分悔いのないように頑張ってください。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
もちろんわたしも、あきらめるつもりはありませんので泥沼でもがきながらこれからも続けたいと思っています。
それでは今度は本屋さんの棚でお会いできる日を楽しみにしております。
かしこ




