第6話 真実
> 失礼ですが、もしかして以前、かなり細かく質問されるタイプの方でしたか?
私はその一文を見て、指を止めた。
かなり細かく質問されるタイプ。
言い方が妙だった。
個人の感想というより、特徴の確認みたいだった。
私はすぐに返した。
> どういう意味ですか?
既読。
少し間があって、返信が来る。
> 違ったらすみません。
> 友人の間で少し話題になっていて。
話題。
その単語だけが、妙に引っかかった。
私はもう一度打つ。
> 何の話題でしょうか?
今度は早かった。
> 言いづらいのですが、アプリで会った相手の情報交換をしている人たちがいて。
> そこで見たことがあります。
私はそこで、やっと姿勢を正した。
情報交換。
なくはない、と思った。
危ない人を避けるには、そういう場も必要かもしれない。
ただ、そこになぜ私が出るのかはわからなかった。
私は返す。
> ちなみに、どんなふうに書かれていましたか?
既読。
少し長い沈黙。
その間に、私は真帆へ送った。
> 変なこと言われた
すぐに返ってくる。
> 何
スクリーンショットを送る。
数秒後。
> それちょっと嫌な流れじゃない?
> 何それ
> どこまで広がってるの
広がってる、という言い方は少し大げさだと思った。
私は別に、そこまで目立つことをしていない。
細かいとは言われる。
面接みたいとも言われる。
でも、それだけだ。
トーク画面に戻る。
ようやく返事が来た。
> たぶん、見た方が早いです。
> 気分のいいものではないと思いますが。
その下に、URLが一つ貼られていた。
私は一瞬だけ迷った。
でも、迷う理由もなかった。
自分のことではない可能性もある。
似たような人くらい、いるかもしれない。
私はリンクを開いた。
画面が切り替わる。
匿名掲示板だった。
タイトルは短い。
【都内・アプリ情報共有】質問多い人の話
一番上に近い書き込みで、指が止まる。
> この前会った人、初回で年収、転職予定、家事分担、親との距離感まで一気に聞かれたんだけど、同じ人いる?
私はそこを開いた。
短い文が並んでいた。
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412:名無しさん
この前会った人、初回で年収、転職予定、家事分担、親との距離感まで一気に聞かれたんだけど、同じ人いる?
416:名無しさん
たぶんいる
面接ってほど露骨じゃないんだけど、ずっと確認されてる感じの人
419:名無しさん
あーわかる
会話じゃなくて、回答してる感じになるやつ
423:名無しさん
言い方は丁寧なんだよな
丁寧なのに休まらない
427:名無しさん
それ
失礼ではないんだけど、ずっと減点方式で見られてる感じする
431:名無しさん
スマホにメモっぽいの取ってた人?
434:名無しさん
たぶん同じ
こっちが答えたあと、一瞬だけ目線落ちるの地味にきつい
438:名無しさん
「感情で決めると危ないので」って言ってた?
440:名無しさん
言ってた
あと「会話が成立することが大事」も言ってた
444:名無しさん
その人かも
成立してるかどうかを、お前が判定する側なんだって感じがしんどかった
449:名無しさん
悪い人ではないんだと思う
ただ、会ってる間ずっと「この答えで合ってる?」って気分になる
452:名無しさん
めっちゃわかる
デート終わったあと、何もされてないのに普通に疲れた
457:名無しさん
俺は家事分担を比率で聞かれた
しかも「ざっくりで大丈夫です」って言われたけど、ざっくりで済む空気じゃなかった
461:名無しさん
「ざっくりで大丈夫です」全然大丈夫じゃないのわかる
466:名無しさん
親との距離感も聞かれたな
週何回連絡するかまで
470:名無しさん
俺それで止まった
なんか、答えたあとに評価入ってる感じがして無理だった
474:名無しさん
散歩が趣味って言ったら「生産性は低めですね」って返ってきたの、同じ人?
476:名無しさん
同じだわ
こっちは雑談のつもりだったのに、向こうだけ査定始まってる感じ
481:名無しさん
焼き鳥の部位で性格見られた
ねぎまは無難な人が多いらしい
485:名無しさん
それ会った
「統計あるんですか?」って聞いたら「体感です」って言われた
489:名無しさん
こういうのって一個だけなら別に気にならないんだよ
でも全部が「見られてる」方向に寄るからきつい
494:名無しさん
そう
質問が多いんじゃなくて、答えたあとに人として近づいた感じがしない
498:名無しさん
ずっと書類選考されてる感じなんだよな
503:名無しさん
こっちに興味があるというより、「条件に合う男が欲しい」が先に来てる感じする
507:名無しさん
それ
プロフィール読まれてる感じじゃなくて、条件表埋められてる感じ
512:名無しさん
悪意ないのが逆につらい
本人はちゃんとしてるつもりっぽいし
518:名無しさん
たぶん本人の中では誠実なんだと思う
だから余計に話が通じなさそうでしんどい
523:名無しさん
一回会えば十分ってなるタイプ
二回目行ったらもっと踏み込まれるの見える
528:名無しさん
断るときも妙に丁寧だった
文章はまともなんだけど、最後までテンプレ感ある
533:名無しさん
「ご縁がなかったということで」みたいなやつ来た
人事かと思った
539:名無しさん
この人のきついところ、失礼とか非常識じゃなくて、ずっと“足りてるか判定される感じ”なんだよな
545:名無しさん
わかる
会話してて楽しいとかじゃなくて、面接通るかどうかの緊張感になる
552:名無しさん
しかも本人はたぶん自分が選ぶ側だと思ってる
そこが一番しんどい
558:名無しさん
名前出すのは避けるけど、杏奈って名前じゃなかった?
561:名無しさん
たぶんそれ
漢字までは知らない
566:名無しさん
最近また見かけた
プロフ柔らかくなってたけど、中身は同じっぽい
571:名無しさん
マッチしても深追いしないようにしてる
既読だけつけて抜けた
577:名無しさん
俺もいいね来たけど見送った
先に知れて助かった
582:名無しさん
要注意ってほどではない
ただ、会う前に情報あるなら避けたいタイプ
588:名無しさん
事故というより仕様
相性の問題じゃなくて、だいたいみんな同じ感想になる
---
私はそこで画面を閉じた。
でも、すぐにまた開いた。
閉じても消えなかったからだ。
散歩。
ねぎま。
家事分担。
親との距離感。
「ざっくりで大丈夫です。」
全部、私だった。
言い逃れができないくらい、私だった。
私は親指で画面を少し下に動かした。
新しい書き込みが増えている。
---
593:名無しさん
返事遅くすると追撃くるのもきつい
「ざっくりで大丈夫です」で逃げ道なくしてくる感じ
597:名無しさん
優しい言い方なのに圧だけ残るんだよな
602:名無しさん
会ってる最中より、帰ったあとでじわじわ無理になるタイプ
608:名無しさん
初回で“次はもっと具体的な話を”って来て、そこで完全に無理だった
614:名無しさん
たぶん本人は改善してるつもりなんだろうけど、方向がずれてる
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私はそこで、指を止めた。
改善してるつもり。
その一文が、変に残った。
既読スルー。
いいねの減少。
急に止まった会話。
理由のないフェードアウト。
全部、ここにつながっていた。
忙しいわけじゃなかった。
時期でもなかった。
花粉でもなかった。
避けられていた。
かなり前から。
たぶん、私が思っていたよりずっと前から。
「……は?」
声が出た。
乾いた声だった。
自分の声なのに、少し遠く聞こえた。
最初に思ったのは、嫌ならその場で言えばよかったのに、だった。
そんなに変なら、もっとはっきり言えばいい。
わざわざ共有までしなくてもいい。
大げさだと思った。
でも、書き込みを見ていると、一人が騒いでいる感じではなかった。
表現は違っても、言っていることはだいたい同じだ。
疲れる。
査定される。
条件表を埋められている。
回避する。
そこが、嫌だった。
反論しにくい形で一致している。
私は真帆に電話をかけた。
珍しく、一回で出る。
「見た?」
「見た」
「何これ」
「掲示板」
「そういうことじゃなくて」
「わかってる」
真帆は一拍置いてから言った。
「杏奈」
「なに」
「落ち着いて聞いて」
「落ち着いてる」
「全然落ち着いてない」
「だって、こんなの意味わかんないでしょ」
「意味はわかる」
「どっちの味方?」
「味方とかじゃなくて」
私は黙った。
真帆は、静かに続ける。
「書き方は嫌だけど、言ってること自体は、わからなくはない」
「そんなに変?」
「変というか」
「なに」
「しんどいんだと思う」
「しんどい」
「ずっと測られてる感じになるから」
私は反射的に言い返した。
「測ってはないよ」
「そう見えるんだって」
「見えるだけでしょ」
「恋愛でそれ致命的じゃない?」
言葉が詰まった。
私は別に、変なことを聞いていたつもりはない。
年収も、仕事も、家事分担も、親との距離感も、大事だ。
大事なことを聞いて何が悪いのかと思った。
私はそれを、そのまま口にする。
「でも、聞いてる内容自体は間違ってなくない?」
「そこなんだよ」
「何が」
「今、それを最優先で返す感じ」
「だって、間違ってないでしょ」
「間違ってるかどうかの話じゃないの」
「じゃあ何」
「杏奈」
「なに」
「その“正しければいいでしょ”って顔のまま、人と会ってる感じ」
私は黙った。
そんな顔、していない。
少なくとも自分ではそのつもりはなかった。
でも、掲示板には似たようなことが書いてある。
悪意はない。
ちゃんとしてるつもり。
だから余計にしんどい。
私はソファに座ったまま、足元を見た。
「……でも」
「うん」
「ここまで言われるほどかな」
「それはそう思う」
「でしょ」
「でも、ここまで同じこと言われてるのも事実だよ」
「……」
「そこは無視できないでしょ」
できなかった。
私は通話を切って、もう一度掲示板を開いた。
最新の書き込みが増えていた。
---
619:名無しさん
悪い人ではないんだけど、会ったあと毎回ちょっと自尊心削られるの何なんだろうな
623:名無しさん
わかる
否定されたわけじゃないのに、足りなかった側の気分になる
628:名無しさん
たぶん向こうは無自覚
だから改善期待しづらい
---
私はそこで、また画面を伏せた。
自尊心が削られる。
足りなかった側の気分になる。
その言い方は、少しだけ寒かった。
いままで私は、選んでいるつもりだった。
保留にして、見送って、比較して、判断しているつもりだった。
でも、向こうではもう、回避対象として共有されていた。
それが一番、認めたくなかった。
私はアプリを開いた。
新着いいね、ゼロ。
やり取り中の相手は二人。
一人は昨日から返信なし。
もう一人は、最後の文に既読だけついている。
私は一覧を見たまま、何もできなかった。
おかしかった。
数字が落ちた。
そして今、理由がわかった。
わかったのに、すっきりはしなかった。
むしろ少しだけ腹が立っていた。
そこまで悪いことをしただろうか。
ちゃんと見ていただけだ。
曖昧にしないようにしていただけだ。
でも、その言い分が通るなら、こんなに同じ反応にはならない。
そこまで考えたところで、急に疲れた。
私はスマホを伏せて、そのまましばらく動かなかった。
部屋が静かだった。
冷蔵庫の音だけが妙に大きい。
夜はあまり眠れなかった。
眠れないというより、頭の中で会話が何度も再生された。
「散歩」
「生産性は低めですね」
「部位は」
「ねぎまです」
「無難な人が多いんですよね」
「家事分担は比率でどう考えてますか?」
「ざっくりで大丈夫です」
どれも、その時は普通に言ったつもりだった。
少なくとも、筋は通っていると思っていた。
でも、向こうから見たら違った。
朝、少しだけ頭が重いまま支度をする。
メイクをして、髪を整えて、コートを着る。
その流れの中で、何となくアプリを開いた。
新着いいねは、ゼロだった。
私はしばらく画面を見ていた。
驚かなかった。
それが、少し嫌だった。
ちょうどその時、メッセージが一件届いた。
差出人の名前に見覚えがある。
以前一度だけ会って、私の方が「保留」にした相手だった。
本文は短い。
> この前、駅前で見かけました。
> もし今も活動してるなら、一回ちゃんと話しませんか。
私はその文面を、しばらく見ていた。
ちゃんと話しませんか。
その言い方が、なぜか少しだけ気に入らなかった。
まるで私が、説明される側みたいだったからだ。
第6話までお読みいただき、ありがとうございました。
ここまで積み重なっていた違和感の理由が、ようやく形になりました。
笑えていたものが、少し違う温度に変わる回だったと思います。
この先は、主人公自身がその立場を受ける側に回っていきます。




