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選ぶ側だと思ってた私、面接しすぎて全員に回避されてました  作者: そらのことのは


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第5話 異変

「三件?」


 通勤電車の中で、私はもう一度画面を見た。


 昨夜から今朝までの新着いいね。

 たった三件。


 先週までは、少なくとも十件前後はあった。

 多い日は十五を超えた。

 もちろん、質はばらつく。

 でも、母数は判断材料になる。


 三件は少ない。

 どう考えても少ない。


 私は一度アプリを閉じて、もう一度開いた。

 表示は変わらない。


 三件。


 一人は年収欄が空白。

 一人は写真が一枚。

 もう一人はプロフィールに「楽しく飲める方」とだけ書いてあった。


「実質ゼロか」


 小さく呟いて、スマホを下げた。


 昨日、何かあっただろうか。


 写真は変えていない。

 プロフィール文も変えていない。

 条件設定も、少し絞っただけだ。


 少し絞っただけ。

 そこまで極端ではない。


 年収六百五十以上。

 身長百七十二以上。

 大卒。

 転勤少なめ。

 清潔感のある写真。

 プロフィール文が短すぎないこと。


 普通だと思う。

 雑じゃないだけだ。


 会社に着いてからも、私は何度かアプリを開いた。


 昼までに増えたのは一件だけだった。


 四件。


 しかも、その一件はプロフィール文に「細かいことは気にしないタイプです」と書いてあった。


 私は迷わず閉じた。


 細かいことを気にしない人ほど、後から大きい問題を出してくる。

 経験上、そういう傾向がある。


 昼休み、真帆が私の向かいに座るなり言った。


「今日、顔が死んでる」


「いいねが少ない」

「そんな日もあるでしょ」


「そんな日、前はなかった」

「株価みたいに言うな」


「昨日から四件」

「へえ」


「しかも質が低い」

「声に出して言うと強いな」


「だって事実だし」

「杏奈、それ普通に性格悪く聞こえるよ」


「悪く言ってるんじゃなくて、精度の話」

「精度」


 私はサラダのトマトを避けながら、画面を見せた。


「これ、どう思う?」

「“楽しく飲める方”」


「浅いよね」

「浅いかは知らないけど、杏奈とは合わなそう」


「でしょ」

「でも、それといいねの減少は別では」


「アルゴリズムかな」

「なんでまずアプリのせいなの」


「だって、急にだから」

「急にだからこそ、他にも理由あるでしょ」


「たとえば?」

「知らないけど」


「知らないのに言うんだ」

「杏奈も知らないのにアルゴリズムって言ったよね」


 私は少しだけ黙った。


 それはそうだけど、急に下がったなら外部要因を疑うのは普通だ。

 自分のプロフィールは、少なくとも大きくは変えていない。


 私はそう思って、午後にプロフィールを微調整した。


 自己紹介文の一行目を変える。


 変更前。

「将来を見据えた真剣なお付き合いができる方を探しています」


 変更後。

「落ち着いて話せる方だと嬉しいです」


 柔らかくした。

 かなり柔らかい。


 それでも夕方まで、新しいいいねは増えなかった。


 帰宅して、私はノートを開いた。


 マッチ率低下の要因。

 箇条書きにしていく。


 ・時期。

 ・表示ロジック。

 ・競合女性。

 ・写真の鮮度。

 ・花粉。

 ・気圧。

 ・寒暖差。


 書いてみると、わりとある。

 むしろ、私に原因がない方が自然なくらいだ。


 私は少し安心した。


 その夜、やり取り中の相手にメッセージを送る。


 > お仕事お忙しいですよね。

 > 無理のない範囲で大丈夫です。

 > ちなみに、将来的な居住地の希望だけ先に伺ってもいいですか?


 送信。


 既読。

 十分後。


 > すみません、ちょっと立て込んでいて。また連絡します。


 また連絡します。


 私はその文面を見て、一度頷いた。


 忙しいなら仕方ない。

 むしろ、忙しい中でも返してくれたのは誠実だ。


 ただ、前ならこのあとに何かしら具体があった。

「週末なら」とか。

「来週落ち着きます」とか。


 今は、出口だけきれいで、中身がない。


 翌朝、私はプロフィール写真を一枚変えた。


 前より少し柔らかい表情のもの。

 同僚の結婚式の帰りに撮ったやつだ。

 服も無難。

 背景もきれい。


 念のため、自己紹介文も一行削る。


「価値観の確認を大切にしています」


 この一文を消した。

 前から少し硬いとは思っていた。


 消してから、私は画面全体を見た。


 かなり見やすい。

 圧もない。

 むしろ誠実。


 これで変化がなければ、本当に環境要因だ。


 その日、昼までの新着いいねは二件だった。


 二件。


 しかも一人は、プロフィールの写真が車だった。

 本人が写っていない。


 私はスマホを伏せて、しばらく天井を見た。


「減ってる?」

 真帆が言った。


「減ってる」

「写真変えたんでしょ」


「変えた」

「文章も」


「変えた」

「それでも」


「減ってる」


 真帆がコーヒーを飲んだ。


「じゃあ、あれじゃない」

「何」


「刺さる人だけに刺さってたのが、単純に母数減ったとか」

「それ、ほぼ悪口じゃない?」


「やわらかく言ってるよ」

「でも、私は別に尖ったこと書いてない」


「書いてなくても滲むから」

「何が」


「面接感」

「もう面接じゃないよ」


「それを本人が言うの、いちばん面白い」


 私は不本意だった。


 最近はかなり柔らかくしている。

 初回から比率で詰めることも減らした。

 前より順番も考えている。


 改善はしている。

 しているのに、結果が出ない。


 そこが納得いかなかった。


 夜、マッチング済み一覧を見返す。


 一週間前は、上の方までスクロールしなくても未読が見えていた。

 今は静かだ。


 私から送って、既読。

 そのまま止まる。


 私から送って、翌日に薄い返事。

 その後、質問には答えず終わる。


 私から送って、「最近忙しくて」が来る。

 そして終わる。


 私はふと気づいて、検索画面を開いた。


 マッチ率も落ちている。


 前は、いいねを送れば三人に一人くらいは返ってきた。

 今は、五人送って一人返るかどうか。


 私は指で画面をなぞりながら、少しだけ息を吐いた。


 これは、たまたまではない気がする。


 でも、だからといって、私の基準が間違っているとも思えない。

 むしろ基準がある方が健全だ。


 ないまま会って、なんとなく付き合って、なんとなく別れる方がよほど非効率だと思う。


 そのとき、通知が来た。


 昨夜メッセージをくれた、以前の相手からだ。

 名前を見て、思い出した。

 散歩の人ではない。

 焼き鳥の部位を聞いた方でもない。


 家事分担の比率で止まった人だ。


 > 急にすみません。

 > 変なことを聞くんですが、最近マッチング減ってませんか?


 私は画面を見た。


 減ってませんか。


 質問の意図がわからない。


 私は少しだけ考えてから返した。


 > 減っているといえば減っています。

 > 時期的なものかと思っていました。


 送信。


 すぐに既読がつく。


 相手は少し間を置いて返してきた。


 > そうですよね。

 > いや、たぶん気のせいならそれでいいんですけど。


 私は眉をひそめた。


 気のせいならそれでいい。

 この言い方は嫌いだ。

 言いたいことがあるのに、責任を取らない文だから。


 私ははっきり返す。


 > 何か気になることがあるなら、普通に言っていただいて大丈夫です。


 既読。


 少し長い間が空いた。

 画面の下に、入力中の点が出たり消えたりする。


 やがて返ってきたのは、短い文だった。


 > いや、すみません。

 > 僕も詳しくは知らないので。

 > ただ、もし変な人に当たったとかじゃないなら、気にしなくていいです。


 私はその文面を読んで、意味を探した。


 変な人に当たったとかじゃないなら。


 何の話だろう。


 私はすぐに返す。


 > 変な人、とは?


 既読。


 今度は返信が遅かった。


 そのあいだ、私は何度もトーク画面を見た。

 でも相手は何も送ってこない。


 十分後、ようやく来た。


 > 本当に、気にしなくていいです。

 > 変に不安にさせるのも違うので。

 > ただ、少しだけ気をつけた方がいいかもしれません。


 私はスマホを持ったまま止まった。


 気をつける。


 何に。


 誰に。


 私はもう少し強めに返そうか迷ったけれど、先に真帆へ送った。


 > なんか変なこと言われた


 すぐに既読。

 電話がかかってきた。


「何、怖いんだけど」

「今、元デート相手からこんなの来た」


「元デート相手って言い方」

「別にいいでしょ」


「で、何て?」

「最近マッチング減ってませんか、って」


「え」

「で、気にしなくていいけど気をつけた方がいいかも、だって」


「それはちょっと嫌だね」

「でしょ」


「誰?」

「家事分担の比率で止まった人」


「それ、たぶん止まったんじゃなくて逃げたんだよ」

「今そこじゃなくない?」


「ごめん」


 私はソファに座り直した。


「どういう意味だと思う?」

「わかんない。でも、普通じゃない」


「普通じゃないよね」

「うん」


「私、何かされたと思う?」

「されたっていうか……」


「何」

「誰かに何か言われてる、とか?」


「何を」

「知らないよ、こっちも」


「でも、そんなことある?」

「なくはないんじゃない」


「そんな面倒なことする?」

「杏奈、ちょっとだけ思い当たる節ない?」


「ない」

「即答だな」


 私は少しだけ黙った。


 思い当たる節。

 そう言われると、なくはない。


 断った人はいる。

 断られた人もいる。

 でも、それはお互い様だ。


 そこから何かされるほどのことは、たぶんしていない。


 私はそう思って、通話を切ったあと、アプリを開いた。


 新着いいね、一件。


 プロフィール写真は風景。

 本文なし。


 私は反射的に閉じた。


 そのとき、さっきの相手から、もう一通だけ来た。


 > これ以上は、たぶん人づての方が早いです。

 > もし今度、誰かに何か言われたら、その時はちゃんと見た方がいいです。


 私は画面を見つめた。


 人づて。

 誰かに何か言われたら。


 意味がわからない。

 でも、嫌な感じだけはあった。


 私は一瞬だけ、その人に電話をかけようかと思った。

 けれど、そこまでするのも違う気がしてやめた。


 代わりに、自分のプロフィールを開く。


 写真。

 問題ない。

 文章。

 柔らかくした。

 条件。

 やや厳しめだが、非常識ではない。


 どこにもおかしなところはない。


 ないはずなのに、数字だけが落ちている。


 私は画面を閉じて、天井を見た。


 何かがずれている。

 それだけは、わかった。


 ただ、その“何か”が自分の中にあるとは、まだ思っていなかった。


 翌朝、通勤中にアプリを開く。


 新着メッセージが一件。


 差出人は、新しくマッチした相手だった。

 プロフィールは普通。

 条件も、ぎりぎり許容範囲。


 件名も前置きもなく、本文だけが表示されている。


 > 失礼ですが、もしかして以前、かなり細かく質問されるタイプの方でしたか?


 私はその一文を見て、指を止めた。


 心臓が、わずかにだけ早くなった。

読んでいただきありがとうございます。


違和感が、今度は数字として見え始める回でした。

次話で空気が大きく変わります。

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