第2話 落選の連続
スマホのメモ帳に、フォルダが一つある。
名前は「選考結果」だった。
中には定型文が三つ。
【保留後お見送り】
【相性不一致】
【先方に不快感を与えず終了】
「……今日は相性不一致でいいか」
私はカフェラテを飲みながら、昨夜会った相手のトーク画面を開いた。
> 昨日はありがとうございました。
> とても誠実なお人柄だと思いました。
> ただ今回はご縁がなかったということでお願いいたします。
送信。
三秒で既読。
返信は来ない。
まあ、そうだろうと思った。
落ち込む気持ちはわかる。
でも、曖昧に期待を持たせるより親切だ。
私は満足して、次のプロフィールを開いた。
三十二歳。
メーカー勤務。
年収五百八十万。
「惜しい」
五百八十は、六百ではない。
そこを丸めると、たぶん後で全部が曖昧になる。
私は迷わず左にスワイプした。
昼休み。
会社の休憩スペースで、真帆がサラダを食べていた。
「まだやってるの、その選別」
「選別じゃないよ。確認」
「呼び方の問題かな」
「最初に見た方が早いじゃん」
「何を」
「使える情報を」
「恋愛で?」
私は真顔でうなずいた。
「年収は生活水準の目安になるし」
「うん」
「身長は並んだ時のバランスがあるし」
「うん」
「職業は安定感に関わるし」
「うん」
「返信速度は業務連絡能力が出る」
「恋愛を業務で回すの?」
「回るならその方がいいじゃん」
真帆が箸を止めた。
「杏奈ってさ」
「なに」
「相手のこと好きになる気ある?」
「あるよ」
「どの段階で?」
「条件を通過してから」
「通過」
「そこを越えないと、安心して中身見られないじゃん」
「逆じゃない?」
「逆だと事故るでしょ」
ちょうどそのとき、スマホが震えた。
昨日マッチした相手からだ。
> はじめまして。休日はカフェ巡りが多いです。キャリアプランってほどじゃないですが、今の会社で地道にやっていければと。
私は眉をひそめた。
地道。
便利な言葉だ。
何も言っていないのとあまり変わらない。
「何その顔」
「“地道に”だって」
「別に普通じゃない?」
「普通すぎるんだよね」
「普通でいいじゃん」
「普通の中身がない」
私はそのまま返信した。
> ありがとうございます。
> 5年後の年収イメージや、役職の見込みはありますか?
すぐ既読がつく。
それきり動かない。
「ほら、止まった」
「そりゃ止まるでしょ」
「なんで?」
「履歴書じゃないんだから」
私は首をかしげた。
聞きたいことを聞いているだけだ。
それで止まるのは、準備不足ではないだろうか。
週末。
私は二人目のデートに向かっていた。
相手は公務員。
身長も条件内。
写真も清潔感があった。
カフェで向かい合う。
穏やかそうな人だった。
「今日はありがとうございます」
「こちらこそ」
「お休みの日って、何してることが多いですか?」
「家で映画見たり、散歩したり」
「散歩」
「はい」
「目的のない移動って、わりと性格出ますよね」
「目的のない移動」
「時間の管理が緩い人に多い印象です」
「散歩しただけなんですけど」
「もちろん例外はあります」
「例外扱いなんだ」
私はメモを開いた。
趣味、生産性低め。
時間感覚、要観察。
穏やかさ、あり。
「また書いてる」
「忘れるので」
「僕、何点くらいですか」
「まだ途中です」
「途中なんだ」
「結婚後の家事分担って、どう考えてます?」
「できる方がやればいいかなと」
「比率で言うと?」
「比率」
「平日と休日で分けてもいいです」
「そんなに細かく決めるんですか」
「最初に認識合わせしないと、あとで揉めますよ」
「今、揉めてます?」
「まだです」
「まだなんだ」
彼はコーヒーカップを置いた。
「杏奈さんって、僕のこと好きになる可能性あります?」
「ありますよ」
「どういう条件を満たせば?」
「総合的にです」
「総合」
「今のところ、安定感はあります」
「通知表みたいだな」
「わかりやすい方がいいじゃないですか」
「わかりやすいけど、しんどいですね」
「そうですか?」
「はい」
帰り道、私は【保留後お見送り】を送った。
理由は簡単だ。
散歩を“例外”で押し切った感じがあった。
あと、家事分担がふわっとしていた。
翌週。
三人目。
コンサル勤務。
年収条件クリア。
見た目も悪くない。
「好きな食べ物ってあります?」
「焼き鳥かな」
「部位は」
「部位?」
「好み、分かれるので」
「ねぎまです」
「なるほど」
「何がですか」
「無難な人って、だいたい“ねぎま”か“もも”なんですよね」
「統計あるんですか」
「体感です」
「体感で分析されてる」
「傾向は見えます」
彼は笑っていた。
反応も早い。
会話の回転もいい。
ただ、店員さんに対して「すみません」を二回言わなかった。
一回は言った。
でも、二回目がなかった。
そういうところに出る。
余裕の総量が。
私はトイレに立ったついでに、メモに追記した。
対人マナー、波あり。
気配り、演出寄り。
長期運用、不安。
その日の夜、【相性不一致】を送った。
> とても楽しい時間でした。
> ただ、価値観の面で少し違うかなと感じました。
送信してから、私はふと思った。
私、かなりちゃんとしているな。
会う前に確認する。
会ったら比較する。
違うと思ったら、早めに切る。
曖昧に期待を持たせる人より、ずっと誠実だ。
少なくとも私は、相手の時間を無駄遣いさせていない。
真帆にそう言ったら、真顔で返された。
「誠実って、評価シート作ることだっけ」
「作ってないよ。メモだよ」
「名前が違うだけでは」
「だって比較しないとブレるじゃん」
「何と戦ってるの」
「失敗」
「まだ始まってもいない気がするけど」
私はその言葉を、少し乱暴だと思った。
始まる前に避けられる失敗だってある。
金曜の夜。
私はソファでマッチングアプリを開いた。
やり取り中、四人。
保留、二人。
見送り予定、三人。
私は条件を少し見直した。
年収六百五十以上。
身長百七十二以上。
大卒。
転勤少なめ。
写真三枚以上。
長男は一旦除外。
プロフィールに「フィーリング」と書く人も除外。
自撮りが下アングルの人も除外。
ピース写真も除外。
「よし。だいぶ絞れた」
呟いて、検索を更新する。
候補は一気に減った。
でも問題ない。
数より質だ。
一人、プロフィール文が妙に長い男がいた。
> はじめまして。
> 仕事も大事ですが、一緒に笑える関係が理想です。
> まずは気軽にお話できたら嬉しいです。
私は三秒考えて、見送った。
“気軽に”と言う人は、深い話を避けがちだ。
“笑える関係”と言う人は、だいたい中身がない。
経験上、そういう傾向がある。
そのとき、通知が来た。
昼に送った相手からだ。
> すみません、僕には少し緊張感が強すぎるかもしれません。いい方に出会えるといいですね。
私は文面を見た。
もう一度見た。
緊張感が強すぎる。
そう言われることはある。
でも、必要な話を必要なだけしただけだ。
その程度で引くなら、たぶん最初から長くは続かない。
むしろ早めにわかってよかった。
「まあ、耐性の問題かな」
私は会話を閉じた。
切り替えが大事だ。
そのまま次のプロフィールを見る。
そこで、指が止まった。
年齢、三十四。
外資系企業勤務。
年収、八百五十万。
身長、百七十八。
写真は自然。
プロフィール文は短い。
> 無駄なやり取りは苦手です。
> でも、会う相手はちゃんと選びたいです。
私は思わず姿勢を正した。
無駄なやり取りは苦手。
会う相手はちゃんと選びたい。
いい。
話が早そうだった。
私はすぐに「いいね」を押した。
一分もしないうちに、マッチした。
「きた」
自然に声が出た。
これは、たぶん当たりだ。
ようやく、基準を満たす人が来た。
私は少しだけ考えてから、最初のメッセージを送る。
> はじめまして。
> 価値観の確認を早めにしたいタイプです。
> 休日の過ごし方と、今後の働き方の希望を教えてください。
送信。
すぐに既読がつく。
そして返ってきたのは、たった一行だった。
> ちょうど同じことを考えていました。
私は少しだけ笑った。
やっと、話の通じる人が来たのかもしれない。
でもそのときはまだ、
“噛み合う”と“同じ質問をする”は、別の話だと気づいていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
まだ本人は、自分がかなりちゃんとしているつもりです。
そのまま、もう少し進みます。




