第1話 面接デート
スマホの画面に、チェックリストが並んでいる。
年収600万以上。
身長170以上。
上場企業、もしくはそれに準ずる安定職。
「……よし、不合格」
目の前の男が、水を飲む手を止めた。
「え?」
「いえ。こちらの話です」
私は微笑んで、画面を伏せた。
「では、優先度の高い項目から確認してますね」
「確認」
「はい。最初に大事なところを押さえておきたいので」
亮介さんは、少しだけ笑った。
まだ余裕がある顔だった。
「転職の予定はありますか?」
「いきなりですね」
「先に現職の継続性を見ておきたくて」
「継続性」
「年収って、今だけ見ても仕方ないじゃないですか」
「はあ」
「横ばいなのか、上昇見込みがあるのかで違うので」
「そんなにちゃんと考えるんですね」
「むしろ、そこを見ないと危ないと思ってます」
私はメモアプリを開いた。
現職継続意向、あり。
将来設計、解像度待ち。
受け答え、標準。
亮介さんが、私のスマホを見た。
「今、何を書いたんですか」
「簡単な所感です」
「所感」
「あとで記憶が混ざるので」
「混ざるほど会ってるんですか」
「比較対象は必要ですから」
「比較対象」
「はい。皆さん、それぞれ良さがあるので」
亮介さんの笑顔が、ほんの少し薄くなった。
たぶん、緊張しているだけだ。
初回はだいたいそうだ。
「今のお仕事、何年目ですか?」
「七年目です」
「昇進の見込みは」
「主任にはなってます」
「なるほど。課長クラスまでは」
「そこまでは、まだ」
「何歳くらいで想定されてます?」
「想定」
「ざっくりで大丈夫です。少し控えめなくらいで」
「保守的な見積もりで、って」
「現実的な方が助かるので」
「初デートで?」
「最初だからです」
店員が注文を取りに来た。
私はパスタを頼み、亮介さんはハンバーグを頼んだ。
「ハンバーグ、お好きなんですね」
「まあ、好きですけど」
「外でハンバーグを選ぶ方って、安定志向な印象ありますよね」
「初めて言われました」
「悪い意味じゃないです」
「そうですか」
「保守性は長所にもなるので」
「保守性で見られてるんだ」
私はうなずいた。
「実家はどちらですか?」
「埼玉です」
「親御さんとの距離感は近めですか?」
「普通だと思います」
「“普通”が一番難しいんですよね」
「難しい」
「人によって全然違うので。週何回くらい連絡します?」
「週一とか」
「電話ですか?」
「メッセージです」
「内容は」
「内容まで聞くんですか」
「親子関係って、結婚後に出やすいので」
「詳しいですね」
「失敗したくないだけです」
亮介さんは、水を飲んだ。
さっきより少し長く。
「杏奈さんって、いつもこんな感じなんですか?」
「どんな感じですか?」
「面談みたいな」
「今日はかなり柔らかい方です」
「これで」
「圧迫しないように気をつけてます」
「圧迫」
「面接官っぽいって言われることがあるので」
「それはそうでしょうね」
私は少しだけ首をかしげた。
別に圧はかけていない。
順番に確認しているだけだ。
「私、最初に確認するタイプなんです」
「確認」
「はい。好きになる前に、問題がないか見ておきたくて」
「問題」
「相性というより、運用面ですね」
「恋愛で運用って言います?」
「長く続けるなら、そこが一番大事なので」
料理が来た。
私はフォークを持ったまま、次の項目を開く。
「身長、プロフィールでは173でしたよね」
「そうです」
「実測もそのくらいですか?」
「実測」
「会うと少し違う方もいるので」
「そこ再確認するんですね」
「数字は揃えて見たいので」
「厳密だなあ」
「曖昧に始めると、後でズレるじゃないですか」
「もうだいぶズレてる気がしますけど」
「どこがですか?」
「全部かな」
私は軽く笑った。
冗談を言う余裕はあるらしい。
そこは悪くない。
「過去の交際人数は?」
「うわ、そこも行くんだ」
「多すぎても少なすぎても傾向が出るので」
「何の」
「対人関係の」
「そういうものですか」
「そういうものです」
「杏奈さんは?」
「三人です」
「へえ」
「最長は一年四か月」
「細かいですね」
「事実なので」
「今、僕も数字になってます?」
「まだ一次ですね」
「一次」
「はい。初回で切るには、少し早いので」
「もったいない」
「改善余地がありますし」
「改善余地」
亮介さんは、ついに吹き出した。
「杏奈さん、面白いですね」
「ありがとうございます」
「褒めてはないです」
「でもマイナスではないですよね」
「その前向きさはすごいと思います」
「よく言われます」
たぶん、悪い空気ではない。
少なくとも会話は続いている。
初回としては十分だ。
「ちなみに、杏奈さんは相手に何を求めるんですか?」
「最低限です」
「その言い方、怖いな」
「年収600万以上」
「最低限」
「都内なら現実的です」
「そうかな」
「身長170以上」
「それも最低限」
「写真で盛る方がいるので」
「なるほど」
「あと、仕事が安定していること」
「うん」
「清潔感があること」
「うん」
「会話が成立すること」
「急に自信なくなってきた」
「大丈夫です。今のところ、成立はしてます」
「今のところ」
「ただ」
「ただ」
「受け答えが少し受動的ですね」
「フィードバック入るんだ」
「二回目があるなら改善できる範囲です」
「二回目、ある前提なんですね」
「現時点では保留です」
「保留」
「はい。即決ではないですが、切るには少し早いかなと」
亮介さんは笑った。
でも、その笑いは最初より静かだった。
会計は、亮介さんが「ここは出します」と言った。
私は一応、「では次回は私が」と返した。
次回がある前提で話す方が、相手も動きやすい。
店を出る。
夜風が少し冷たい。
改札前で、亮介さんが足を止めた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「勉強になりました」
「それはよかったです」
「初対面で福利厚生まで聞かれたの、たぶん人生で初めてです」
「結婚って長期契約ですから」
「契約かあ」
「感情だけだと危ないので」
「杏奈さん、失敗しなさそうですね」
「そう思ってます」
私は素直に答えた。
失敗しないためにやっているのだから、当然だ。
「杏奈さん」
「はい」
「たぶんですけど」
「はい」
「僕、面接されるの向いてないです」
「最初は皆さんそう言います」
「皆さん」
「でも、質問に慣れるとだいぶ話しやすくなりますよ」
「慣れる前提なんですね」
「はい。初回で落ちなければですが」
「そうですか」
彼は少し笑って、そのまま改札を抜けた。
私はその場でスマホを開いた。
評価を入力する。
清潔感、あり。
勤務先、可。
会話燃費、やや悪い。
将来設計、解像度低め。
長期運用、保留。
そのあと、無難なメッセージを送った。
> 今日はありがとうございました。
> 話しやすくて助かりました。
> いくつか確認したい点は残りましたが、また機会があればぜひお願いします。
すぐ既読がつく。
反応は速い。そこはいい。
数分後、返信が来た。
> こちらこそありがとうございました。
> 杏奈さんはとても聡明で、判断軸の明確な方だと思いました。
> ただ、僕には少し荷が重いので、今回はご縁がなかったということでお願いします。
私は文面を二回読んだ。
荷が重い。
ご縁がなかった。
丁寧な断り方だった。
でも、判断が少し早いのだと思う。
初回だけで結論を出す人は、だいたい視野が狭い。
そういう人もいる。
仕方ない。
「……まあ、次でいいか」
私はスマホを閉じた。
条件に合う人なんて、他にもいる。
一人くらい、見極めきれなくても問題ない。
そう思ってアプリを開く。
新着メッセージが一件。
外資系。
年収欄は、理想より少し上。
写真も悪くない。
私は少しだけ口元を上げて、最初の一文を送った。
> はじめまして。
> 休日の過ごし方と、今後のキャリア想定を教えていただけますか?
送信。
相手がオンラインになる。
数秒、表示が動く。
それから、そのまま消えた。
私は画面を見たまま、眉を寄せた。
なぜか、その動きだけが少し気になった。
第1話を読んでいただき、ありがとうございました。
初対面のはずなのに、会話はかなり面接寄りでした。
本人はごく自然にやっているつもりです。
ここから少しずつ、その違和感が積み重なっていきます。
よければ次話もお付き合いください。




