【連載版】「第七話」『別れさせ屋』の僕の計算式は、迷子の『復縁屋』に粉砕される。〜宮崎のポンコツ美少女は、僕の恋心だけを正確にハッキングしてくる〜
夜の宮崎市街地。
昼間の「踊り場のスプリンター」だった面影は、そこには微塵もなかった。
律(心の声):
(……昼間のデータは完全にゴミ箱へ。現在の僕は、感情を持たない執行人。ターゲットの『クズ』を、社会的な死をもって恋愛市場から強制排除するのみ……!)
ターゲットの御曹司が、取り巻きの女たちを連れてバーから出てくる。
律は闇に溶け込み、冷徹な手つきでタブレットを操作した。
律の工作は、精密かつ残酷だった。
男のスマホをハッキングして、これまで二股・三股をかけてきた証拠を、今隣にいる女性たちのスマホへ「誤送信」を装って一斉送信する。
「……な、なにこれ!? あなた、私には……!」
路上で始まる修羅場。
律はそれを見下ろし、冷たく呟く。
律:「論理的な帰結だ。お前の不義という変数を放り込めば、破滅という解が出る。……さあ、あすか。これでも君は『更生』を謳うのか?」
しかし、その時。
あすか:「……やっぱり、そういうやり方なんだ。律くん」
暗闇から、あすかが寂しそうな、でもどこか試すような目で現れた。
あすか:「バラバラにするのは一瞬だよね。でも、その傷ついた女の子たちの心はどうなるの? 律くんのやり方は、ただの破壊だよ。……私なら、その『クズ』な部分さえも、彼女への本当の謝罪に変えてみせる」
律:「(フンと鼻で笑う)……謝罪? 悪人に慈悲をかけるなど、演算の無駄だ。……あと29日。僕がこの男を完全に『再起不能』させるのが先か、君が『奇跡』を起こすのが先か。勝負は始まったばかりだ」
律は、路上で泣き叫ぶ女性たちを一瞥もせず、淡々とタブレットを閉じた。
律:「あすか。君は勘違いしている。これは恋愛ごっこじゃない。『工作』だ。……情に流されてターゲットに深入りすれば、いつか君自身が壊れるぞ」
その声には、昼間の動揺は欠片もなかった。
律が別れさせ屋になったのは、ただの逆恨みではない。「自分のような理不尽な犠牲者を出さないために、不健全な関係を早期に切断する」という、彼なりの冷徹な救済だった。
あすか:「……わかってるよ。でも、私の『復縁』だって、ただの同情じゃない。壊れたものを繋ぎ直すことでしか、私自身の『あの日の傷』は癒えないんだよ」
二人の間に、昨夜までの甘い空気は一切流れない。
律:「一ヶ月だ。この男が自らの醜悪さに気づいて更生するか、僕の手で社会的に抹殺されるか。……どちらが『正しい』か、この任務で証明してみせる」
彼らは同じ「失恋」を経験したからこそ、正反対の結論に至った。
「二度と信じないために、壊す」律。
「もう一度信じるために、直す」あすか。
夜の宮崎のビル風が、二人の間に越えられない境界線を引く。
次に学校で会う時、二人は「クラスメイト」の仮面を被るだろうが、その裏側にあるのは抜き身の刃のようなプロの意志だった。
ターゲットの御曹司、九条。
彼はただのクズではなかった。律が仕掛けたハッキング工作も、あすかが接触を図った心理カウンセリング的なアプローチも、彼は最初から**「気づいて」**いた。
律が放った「浮気の証拠」は、九条が意図的に流したフェイクデータ。
そして、あすかが「更生」の糸口として寄り添っていたターゲットの「弱さ」さえも、彼女を誘い込むための餌だった。
九条:「……復縁屋、だっけ? 君みたいな綺麗な子が、あんな陰気なハッカー君と僕を弄ぼうなんて、100年早いんだよ」
宮崎市郊外の廃ビル。
あすかは工作の最中、九条の雇った「本物のプロ」によって拉致され、拘束されていた。
律は、遠隔監視モニター越しにその光景を捉える。
律(心の声):
(……計算ミスだ。ターゲットは想定以上のリテラシーを持っている。あすかの『情』が、彼女を最悪の罠にハメた……!)
イヤホン越しに、九条の冷ややかな笑い声が聞こえる。
九条:「さあ、相棒君。君の『大切な仕事仲間』を救いたければ、今すぐ表に出てきなよ。……それとも、君の『論理』とやらは、仲間を見捨てて逃げろと教えているのかな?」
律の指が、キーボードの上で止まる。
ここで助けに行けば、律の素性も割れ、工作員としてのキャリアは完全に終わる。
だが、行かなければ――あすかの心も体も、九条の悪意によって粉々にされる。
律:「(震える声で)……効率の問題だ。……ここで彼女を失えば、僕の『一ヶ月の勝負』が不成立になる……。……それだけだ。……それだけの、理由だ……!」
律はバックパックから、ハッキング用デバイスではなく、護身用のスタンバトンとタクティカルナイフを手に取った。
「冷徹な工作員」の仮面が、怒りでひび割れていく。
廃ビルの静寂を、鋭い破砕音が切り裂いた。
律は、もはやハッカーではなかった。闇を味方につけた一匹の獣として、九条の雇ったプロ二名をスタンバトンと格闘術で無力化する。だが、その代償は大きかった。
脇腹をナイフで浅く切り裂かれ、肩には鈍器による打撃。それでも律の視線は、奥の部屋に拘束されたあすかだけを捉えていた。
「……あ、律くん、だめ! 後ろ……っ!」
あすかの叫びと同時に、隠れていた九条が鉄パイプを振り下ろす。
律は避けることができたはずだった。だが、避ければその後ろにある、あすかを固定している支柱に直撃し、彼女を傷つける。
律は、迷わず背中でそれを受けた。
――ゴッ。
鈍い音が響き、律の口から鮮血が溢れる。
「……がはっ……」
「律くん!!」
律は膝をつきそうになりながらも、最後の一振りで九条の膝を叩き折り、男を床に這わせた。そのまま震える手であすかの拘束を解く。
「……逃げろ、あすか。……警察には、僕が匿名で通報済みだ。……君は、……ただの被害者として、現場を去れ」
「何言ってるの!? 律くん、その背中……血が……!」
律は、意識が遠のく中で、自嘲気味に微笑んだ。
「……計算、間違いだ。……君を助けに来るなんて、……僕の人生で、……最も、……非論理的な、選択だった……」
律の身体が、糸の切れた人形のようにあすかの胸の中へ崩れ落ちる。
いつも冷たかった彼の指先が、流れる血の熱さで、皮肉なほどに「温かく」なっていた。




