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【連載版】「第三話」『別れさせ屋』の僕の計算式は、迷子の『復縁屋』に粉砕される。〜宮崎のポンコツ美少女は、僕の恋心だけを正確にハッキングしてくる〜

彼は「あすか対策用」のノートを広げ、考えうる返信パターンを書き出し始めた。

パターンA:『空いているが、何か?』(硬すぎる)

パターンB:『あいにく、調査で忙しい』(嘘だとバレる)

悩みに悩んで、時計はすでに20分を刻んでいた。

その時、画面が再び光る。

【あすか:あれ、反応遅くなーい?w】

【あすか:もしかして、返信めっちゃ悩んでるの?】

「…………なっ!!?」

律は思わずスマホを布団に放り投げた。

部屋にカメラでも仕掛けられているのか? それとも彼女には予知能力があるのか?

顔が熱くて死にそうだ。律は震える指で、ヤケクソ気味に文字を打ち込んだ。

律は、約束の15分前にはカリーノ宮崎のあたりで待機していた。

「早く着きすぎたわけではない。周囲の地形を確認し、不測の事態に備えるのは工作員として当然の義務だ」

そう自分に言い聞かせながら、山形屋の大きな交差点を見下ろす。

今日の律は、昨日妹に「キモい」と言われたワックスの量を 0.05グラム減らし、より「ナチュラルでクールな僕」を演出している。

そして約束の5分前。

人混みの向こうから、大きく手を振って駆け寄ってくる人影が見えた。

「律くーん! お待たせ!」

律の心臓が、宮崎の強い日差しよりも熱く跳ねる。

あすかは制服のままだが、心なしか昨日よりリップの色が明るい気がする。

「……5分前だ。遅刻はしていない。それで、僕をこんな場所に呼び出して何の用だ。まさか、次の工作の邪魔をするという宣戦布告か?」

律は精一杯の冷徹な声で尋ねる。

しかし、あすかはそんな彼の「武装」を、たった一言で解除した。

「ううん。今日は仕事の話、禁止! ……ねえ、一緒に蜂楽饅頭ほうらくまんじゅう食べに行かない?」

「白あんと黒あん、どっちがいい? 律くん、意外と甘党でしょ」

あすかが顔を近づけて聞いてくる。律は鼻先をくすぐる彼女の香りと、饅頭の甘い匂いで、脳の半分が機能停止していた。

「……なんでもいい。そもそも、糖分の過剰摂取は脳のパフォーマンスを低下させる」

「じゃあ、はい、半分こ!」

焼き立てでアツアツの饅頭を、あすかがほおばる

「律にもはんぶんあげる」

「熱いから気をつけてね? ……はい、あーん」

律:「(沈黙。山形屋の交差点で思考がフリーズ)」

周囲にはたくさんの買い物客。それなのに、あすかしか見えない。

律は真っ赤な顔で、覚悟を決めたように身を乗り出す。

(これは……敵の懐に飛び込むための『工作』だ。ここで拒否すれば、不自然だ……!)

自分の心臓に、必死でそんな嘘を吐きながら。

あすかが自分の口に運んだ饅頭を、半分より少しだけ多めにかじる。

「んー、やっぱり白あん最高! ……ほら、律くんも。冷めないうちに」

差し出された、わずかにあすかの歯形がついた(ように見える)蜂楽饅頭。

律はその物体を、まるで高性能爆弾でも見るような目で見つめた。

律(心の声):

(待て。今、彼女は自分の唾液が付着した可能性が極めて高い物質を、僕に摂取させようとしている。これは生物学的に見て……いや、社会学的に言えば、いわゆる『間接キス』という現象に該当するのではないか!?)

律の脳内コンピュータが、真っ赤なアラートを鳴らし続ける。

律(心の声):

(彼女の意図はなんだ? 僕の動揺を誘う心理工作か? それとも、ただ単に何も考えていない天然なのか……。いや、ここで僕が躊躇ちゅうちょすれば、『間接キスを意識している』と認めることになる。それはすなわち、僕の敗北を意味する……!)

「……ああ、糖分補給は効率的だな」

律は震える手でそれを受け取り、あすかの齧った跡を避けるべきか、あえてそこを狙って「何も気にしていないフリ」をするべきか、人生最大の決断を迫られることになる。

「……ふん、非効率な食べ方だな」

律は、震える心臓を鋼の意志で押さえつけ、あすかから饅頭をひったくるように受け取った。

あすかは隣で、「あ、そこ私が食べたところだよ? 大丈夫?」と、確信犯なのか天然なのか分からない無垢な瞳で覗き込んでくる。

(ここで避ければ、僕の負けだ……!)

律は目を閉じ、計算を捨てた。

そして、あすかの歯形が残るその場所を、あえて狙って——ガブッ、と一口でいった。

律(心の声):

(…………熱い。いや、甘い。いや、……柔らかい。いや、あすかの……いや、ダメだ、何も考えるな! これは単なるデンプンとショ糖の複合体だ!!)

「……。……悪くない。味の配合は論理的に合格だ」

律は、耳の先まで真っ赤になっているのを隠すために、必死で山形屋の看板を睨みつけながら咀嚼そしゃくした。

そんな律を、あすかは10秒ほど黙って見つめていたが、やがて噴き出すように笑った。

「……律くん。それ、私の食べたところ、思いっきり選んで食べたよね?w」

律:「(窒息)……ッ!? ぐっ、は……!? 偶然だ! 確率論的に発生した事象に過ぎない!!」

あすか:「ふーん? ……あ、顔、めっちゃ赤いよ?w」

律:「きょ、きょうはもうかえろう」

あすか:「やっぱりあせってるんだあw、でもまあいいよ?きょうのところはこれで」

律:心の声「助かったー、しかしこれはとんでもなく非合理的だったな。でも、…なぜか楽しい…。いやいやそんなわけないだろ、そんなわけ…」

律はぶじに家にかえり宿題をした

「よし、おわった」

律は、宿題のノートを完璧に閉じ、勝ち誇ったようにスマホを手に取った。

「ふん、学校の課題ごとき、僕の集中力の前では無力だ。これでようやく、昨日の失態を取り戻すための『次なる工作』の立案に……」

その時、スマホが短く震える。

【あすか:宿題終わった? お疲れ様!w】

律:「(心臓跳ね)……なっ、なぜ僕が今宿題を終えたタイミングを知っている!? 監視カメラか? それとも僕の行動パターンを完全に解析済みだというのか!?」

さらに追撃のLINE。

【あすか:頑張った律くんにご褒美! 週末、フローランテ宮崎のペアチケット手に入っちゃったんだけど……一緒に『調査』しに行かない?w】

律:「(スマホをベッドに落とす)………………し、し、『調査』だと!?」

律の脳内には、カップルだらけのイルミネーションの中、あすかと肩を並べて歩く自分たちの姿が0.1秒で投影された。

律(心の声):

(バカな……! フローランテ宮崎といえば、県内屈指の恋人たちの聖地。そこへ行けば、周囲からは完全に『交際中』と判定される。それはすなわち、僕が彼女の軍門に下ったことを公に宣言するようなものではないか!!)

だが、彼の指は、脳の制止を振り切って打ち込み始める。

『……調査対象としては、興味深い場所だな。同行してやってもいい』

律がスマホを見つめて「ぐぬぬ……」と悶絶していると、背後でスッと扉が開く。

母:「律、さっきからスマホ投げては拾って忙しそうね。……あ、今のチラッと見えたわよ。フローランテ宮崎?」

律:「(マッハでスマホを裏返す)……母さん! ノックは3回と決めたはずだ! これは、地政学的なフィールドワークの計画を……」

母:「あらあら、うふふ。律もそういうお年頃なのね。お父さんも昔はそうやって鏡の前で髪の毛ずっといじってたっけ」

律:「父さんと一緒にするな! 僕はあくまで——」

母:「いいのよ、隠さなくても。お母さん、嬉しいわ。あ、明日のお弁当、ハート型の卵焼き入れてあげようか? 応援の気持ちを込めて」

律:「やめろ!! 社会的死だ!! それは工作員に対する死刑宣告に等しい!!」

母:「はいはい、頑張ってね。相手の子、蜂楽饅頭が好きな子なんでしょ? さっき妹から聞いたわよ」

律:「(絶望)……あの妹、後で消去(お仕置き)してやる……!」

フローランテ宮崎。

100万個の電球が輝く中、律はガッチガチに緊張しながら、あすかの隣を歩いていた。

「わあ、きれい……! 律くん、見て! あっちのトンネル!」

「……ああ。光ファイバーの密度としては、評価に値するな」

必死にクールを装う律。だがその時、歩きにくそうにしていたあすかが、ふらっと体勢を崩した。

「あ、ととっ……」

「危ない!」

律がとっさに彼女の肩を支える。

その衝撃で、律のコートのポケットから、お母さんが**「お守り」として忍ばせておいた「何か」**が、アスファルトの上にポロット落ちた。

あすか:「……えっ?」

律:「(思考停止)…………は?」

イルミネーションに照らされて輝いていたのは、

『超強力!モテ運爆上げ・恋の必勝お守り(宮崎神宮・特製)』

とデカデカと書かれた、お母さんが勝手に買ってきたド派手なお守りだった。

あすか:「……律くん。それ、……なに?」

律(心の声):

(待て。母さんか!? 母さんがさっき『これ、鞄に入れておくと地政学的に有利よ』とか意味不明なことを言って押し込んできたのはこれか!?)

律:「ち、違う! これは……新型の、……敵の視覚を妨害する、……反射板だ!!」

あすか:「……。……律くんって、意外と……っていうか、……相当な自信家なんだねw」

律:「……?」

あすか:「だって、そんな『必勝お守り』まで用意して、私を落としに来たんでしょ?w」

律:「(顔面爆発)……ッ!? 誤解だ! それは、母の……母の独断による軍事支援で……!!」

「……調査終了だ! このエリアのデータは十分に収集した。僕は帰る!」

顔から火が出そうな律は、お守りをひったくるように拾い上げると、きびすを返した。

だが、その一歩を踏み出す前に、熱を帯びた細い指が、彼の大きな手を絡めとる。

「――ッ!?」

振り向くと、あすかが少しだけ背伸びをして、律の顔を覗き込んでいた。

あすか:「だーめ。まだ『恋人たちの聖地』の、一番肝心なデータのサンプリングが終わってないでしょ?」

律:「なっ、……何を……」

あすか:「ほら、こうしてないと。周りに怪しまれちゃうよ? 『調査』なんだから、完璧にやり遂げなきゃ」

あすかはそう言って、律の指の間に自分の指を滑り込ませた。

ギュッと握られた手のひらから、彼女の鼓動まで伝わってくる。

律(心の声):

(待て。これは……いわゆる『手繋ぎ』という行為か? いや、指を絡めているから、より親密度が高い『特殊形態』だ。……鼓動が速い。これは、歩行による有酸素運動の影響か? それとも、彼女の体温が僕の末梢神経を刺激して……!)

あすか:「律くん、手が震えてるよ? ……もしかして、怖いの?」

律:「……バカを言うな。これは、不測の事態に備えて、指先の筋肉をアイドリングさせているだけだ……!」

律は前を向いたまま、動かなくなった。

繋がれた手だけが、二人の間で熱を帯びている。

「……はなせよ。恥ずかしいだろ。周囲の視線にさらされるのは、隠密行動において致命的なミスだ」

律は必死に顔を背け、冷ややかな声を絞り出した。

だが、繋がれた手に力は入っていない。むしろ、離されるのを恐れるように、彼の指先は微かにあすかの手にしがみついている。

あすかは、律のそんな「可愛い嘘」を見逃さなかった。

あすか:「えー? 恥ずかしいんだ? 律くん、あんなお守り持ってくるくらいやる気満々だったのに?w」

律:「だから、あれは母の独断で……!」

あすか:「じゃあ、本当は嫌なんだ?」

あすかが少しだけ手を緩め、繋いだ指をスッと引き抜こうとする。

その瞬間、律の指が反射的にあすかの手をギュッと握り直した。

律:「……ッ!? い、いや、……今離すと、人混みではぐれる可能性がある。リスク管理として、目的地に到着するまでは、この状態を維持するのが……論理的だ」

あすか:「(ニマニマしながら)ふーん? じゃあ、しょうがないね。……目的地まで、このままだよ?」

あすかはそう言って、繋いだ手を律のコートのポケットに、二人分まるごと突っ込んだ。

律(心の声):

(………………!! 密着面積が、先ほどの2.5倍に増加。ポケット内での気温が急上昇している。心拍数はもはや測定不能。……誰か、僕を殺してくれ……!)

その時あすかがふと言った

「……どうしてそんなに別れさせることに固執するの?」

あすかの声は、震えていた。

「あの子が今、どんな気持ちでその袖を掴んでいるか、律くんなら分かるでしょ? 突き放された時の、世界が真っ暗になるようなあの感覚……。私は、あんな思いを誰にもしてほしくないだけなのに」

律は冷めた目で、ターゲットの背中を見つめたまま答える。

「……甘いな。恋愛なんて不確かな感情に依存するから、裏切られた時にダメージを負うんだ。……そもそも、なぜ僕だけがあの理不尽な絶望を味わわなければならなかった? 全人類が等しくそのリスクを背負うのが、統計学的に見て正しい平等だ」

あすかがハッとして、律の横顔を見る。

「……律くん、それって……」

「――ああ、そうだ。僕は僕の『過去の理不尽』を、この仕事で清算している。あすか、君の『お節介な同情』とは、根本的に相容れないんだよ」

律は、ポケットの中で冷たくなった自分の手を、強く握りしめた。

さっきまでの温もりが、今はもう思い出せないほど遠い。

「じゃあ……私が、律くんのその『理不尽』を上書きしてあげたら、考え変えてくれる?」

あすかの瞳に、フローランテの光が涙と一緒に滲んで輝く。

それは、どんな工作員も仕掛けられない、あまりにも無防備で真っ直ぐな、心の「ハッキング」だった。

律の胸の奥で、厳重に閉ざしていたはずの防壁が、音を立てて崩れそうになる。

律(心の声):

(――やめろ。そんな目で僕を見るな。そんな優しい言葉で、僕の『正しさ』を壊そうとするな!)

律は震える呼吸をひとつ吐き、あすかの視線を冷たく撥ね退けた。

「……冗談はやめろ。今の僕は、この『仕事』に集中しなければならない。私情で任務を曲げるなど、プロ失格だ」

律は震える拳をポケットに押し込み、あすかから顔を背ける。

彼女の差し出した救いの手は、あまりにも眩しくて、今の自分には毒でしかなかった。

律は一歩、夜の闇へと踏み出す。

振り返らず、吐き捨てるように、自分を鼓舞するように言い放った。

「……お前になんて、……絶対に、負けないからな」

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