『また、もらうわ』と笑う妹に、私は最後の贈り物を用意した
妹に全てを奪われ続けた姉が、
最後の結婚式で用意した「贈り物」とは。
※スカッとする復讐ものです。
私が「お姉ちゃん」になったのは、三歳の冬だった。
それまでは、この家の「娘」だった。
施設から引き取られた私を、両親は大切に育ててくれた。
抱きしめてくれた。
絵本を読んでくれた。
「愛してる」と、毎晩言ってくれた。
——それが当たり前だと、思っていた。
妹が生まれた日のことは、よく覚えている。
病院の待合室で、父に手を握られていた。
「もうすぐ、妹が生まれるよ」
父は興奮していた。
私は頷いた。
妹。
それが何なのか、三歳の私にはよく分からなかった。
ただ、父の手が震えていたことだけは覚えている。
——喜びで。
妹が生まれてから、家の空気が変わった。
両親の視線は、いつも妹に向いていた。
私が話しかけても、「ちょっと待ってね」と言われた。
抱きしめてもらえる回数が減った。
絵本を読んでもらえなくなった。
「愛してる」は、妹にだけ囁かれるようになった。
——私は、「娘」から「姉」になった。
それだけのことだと、自分に言い聞かせた。
◇◇◇
妹の名前は、美咲。
両親が何ヶ月もかけて考えた、特別な名前。
私の名前は、施設でつけられたものだった。
そんなことを気にし始めたのは、小学生になってからだ。
美咲は可愛かった。
くりくりとした大きな目。ふわふわの髪。甘えた声。
両親は美咲を溺愛した。
そして、美咲は——欲しいものを、何でも手に入れる子供になった。
最初は些細なことだった。
「お姉ちゃんのリボン、欲しい」
美咲が指を差した。
私のお気に入りの、赤いリボン。
誕生日に買ってもらった、たった一つの宝物。
「美咲、あれが欲しいの」
両親は私を見た。
その目が、何を言っているか分かった。
——譲ってあげなさい。
「……いいよ」
私は笑顔を作った。
美咲は嬉しそうにリボンを受け取った。
翌日には飽きて、ゴミ箱に捨てられていた。
それでも両親は何も言わなかった。
それから、同じことが繰り返された。
服。靴。アクセサリー。本。文房具。
美咲が「欲しい」と言えば、私のものは美咲のものになった。
サイズが合わなくても。
私がどれだけ大切にしていても。
——全部、取られた。
◇◇◇
そんな日々の中で、唯一の救いがあった。
祖母だ。
父方の祖母は、隣町に一人で住んでいた。
月に一度、私だけを呼んでくれた。
「真奈、おいで」
祖母は私を抱きしめてくれた。
手作りのお菓子を食べさせてくれた。
私の話を、最後まで聞いてくれた。
「辛かったね」
祖母だけが、そう言ってくれた。
「真奈は何も悪くないよ」
その言葉を聞くたびに、涙が溢れた。
私は悪くない。
そう思っていいんだと、祖母だけが教えてくれた。
「おばあちゃん、私……いらない子なのかな」
ある日、そう聞いた。
祖母は首を振った。
「真奈は、おばあちゃんの宝物だよ」
その言葉を、私は今でも覚えている。
◇◇◇
高校三年の春。
私に、初めての彼氏ができた。
同じクラスの、佐藤くん。
穏やかで、優しくて、私の話をちゃんと聞いてくれる人だった。
「真奈さん、映画見に行かない?」
そう誘われた時、心臓が飛び出そうだった。
——私を見てくれる人がいる。
その事実が、信じられなかった。
付き合い始めて一ヶ月。
幸せだった。
彼と手を繋いで歩くだけで、世界が輝いて見えた。
——それを、美咲に知られた。
「お姉ちゃん、彼氏できたんだ」
美咲は目を輝かせた。
中学二年の妹は、好奇心旺盛だった。
「会わせてよ」
「……いいけど」
嫌な予感がした。
今までの経験が、警告を発していた。
でも、断れなかった。
両親の前で断れば、また「お姉ちゃんなんだから」と言われる。
佐藤くんを紹介した日。
美咲は満面の笑みで挨拶した。
「可愛い妹だね」
佐藤くんは言った。
その瞬間、美咲の目が光った。
——獲物を見つけた、狩人の目。
それから、美咲は毎日のようにやってきた。
私たちがいる場所に、「偶然」現れる。
佐藤くんに話しかける。
笑いかける。
触れる。
私は何も言えなかった。
言えば、また「お姉ちゃんなんだから」と言われる。
そして——予感は的中した。
ある日の帰り道。
公園を通ったら、二人がいた。
美咲と、佐藤くん。
キスを、していた。
足が震えた。
声が出なかった。
また——取られた。
◇◇◇
佐藤くんとは別れた。
何も言わなかった。
言っても無駄だと分かっていた。
大学受験に集中した。
お金のかからない国立大学を選んだ。
両親に負担をかけたくなかった——というより、借りを作りたくなかった。
合格した時、両親は喜んでくれた。
でもその笑顔の裏に、安堵が見えた。
——お金がかからなくて良かった。
そう思っているのが、分かった。
大学で、新しい出会いがあった。
田中くん。
同じ学部の、真面目で誠実な人だった。
最初は警戒した。
また取られるかもしれない。
また裏切られるかもしれない。
でも、キャンパスライフを過ごすうちに、少しずつ心を開いていった。
田中くんは、私の過去を知っても変わらなかった。
「辛かったんだね」
そう言って、抱きしめてくれた。
——この人なら、大丈夫かもしれない。
そう思い始めた頃だった。
美咲は高校一年になっていた。
佐藤くんは、とっくに捨てられていた。
私のものでなくなったから。
——美咲にとって、価値がなくなったから。
ある日、街で偶然、田中くんとデートしているところを見られた。
美咲の目が、また光った。
あの日と同じ——獲物を見つけた、狩人の目。
美咲は私たちの後をつけた。
私が田中くんと別れた後も。
そして——彼のバイト先を突き止めた。
同じ場所で、バイトを始めた。
しばらくして、田中くんからの連絡が減った。
嫌な予感がして、バイト先に行った。
美咲がいた。
田中くんと、親密そうに話していた。
——また、取られた。
◇◇◇
大学を卒業した。
実家から遠い場所に就職した。
逃げるように。
二度と戻らないつもりで。
たまに、祖母から連絡があった。
それだけが、唯一の繋がりだった。
「真奈、元気にしてる?」
「うん、おばあちゃん。元気だよ」
嘘だった。
元気なわけがなかった。
でも、祖母を心配させたくなかった。
そんな時、職場で、いい人を見つけた。
木村さん。
同じ映像関係のプロジェクトのメンバーで、誠実で頼りがいのある人だった。
でも、踏み出せなかった。
また取られるかもしれない。
また裏切られるかもしれない。
過去が、足枷になっていた。
美咲からは、たまに連絡が来た。
そっけなく返した。
関わりたくなかった。
そんな時、祖母から電話があった。
声が弱々しかった。
「真奈……おばあちゃん、あまり調子が良くなくてね」
心臓が締め付けられた。
「真奈の花嫁姿、見たいわ」
祖母は笑った。
——私は、決心した。
◇◇◇
木村さんとの距離が、少しずつ縮まっていった。
プロジェクトで一緒に働く中で、彼の誠実さを知った。
彼の優しさを知った。
彼の——私への想いを、知った。
「真奈さん、結婚してください」
プロポーズされた日。
涙が止まらなかった。
——この人となら、幸せになれるかもしれない。
彼の両親に挨拶した。
とても良い人たちだった。
私を温かく迎え入れてくれた。
——家族って、こういうものなんだ。
初めて知った気がした。
婚約が決まった。
実家に報告しなければならなかった。
気が重かった。
でも、逃げられなかった。
木村さんを連れて、実家に行った。
両親は祝福してくれた。
美咲も、笑顔で「おめでとう」と言った。
——嫌な予感がした。
木村さんが帰った後。
美咲が言った。
「お姉ちゃん、美咲、あの人と結婚したい」
予感が、的中した。
「美咲に譲って」
両親も言った。
「真奈、美咲に譲ってあげなさい」
その言葉を聞いた瞬間、何かが切れた。
——また、同じことの繰り返し。
私は何も言わず、実家を出た。
◇◇◇
それから、木村さんからの連絡が減り始めた。
プロジェクトは忙しくない。
理由を聞いても、はぐらかされた。
過去が、また蘇った。
会社の同僚から、噂を聞いた。
「木村さん、女子大生と歩いてたって」
——まさか。
そう思いたかった。
でも、確かめなければならなかった。
木村さんの後をつけた。
街の繁華街。
彼は誰かを待っていた。
女子大生らしき人が来た。
——美咲だった。
足が震えた。
声が出なかった。
二人の後をつけた。
ホテルに入っていった。
私は、崩れ落ちた。
◇◇◇
しばらくして、木村さんから連絡があった。
「婚約を破棄してほしい」
——またか。
私は頷いた。
抵抗する気力も、もう残っていなかった。
会社を辞めた。
全てが、嫌になった。
半年後。
妹から結婚式の案内が届いた。
開けてみると——
新郎は、木村さんだった。
——私の、元婚約者。
招待状を見つめながら、私は考えた。
美咲がいる限り、私は幸せになれない。
何度繰り返しても、同じことが起きる。
——終わらせなければ。
◇◇◇
結婚式の一ヶ月前。
私は実家を訪ねた。
「結婚したい人ができたの。連れてきたわ」
両親は驚いた。
美咲と木村さんも、そこにいた。
私の後ろから、男が現れた。
——異臭。
何日も風呂に入っていないような、強烈な臭い。
禿げ上がった頭。
太った体。
黄色い歯。
息も臭い。
両親は怪訝な顔をした。
木村さんは困惑していた。
でも——美咲は、違った。
美咲の目が、光った。
あの日と同じ——獲物を見つけた、狩人の目。
「おめでとう、お姉ちゃん! 一緒に結婚できるなんて嬉しい!」
美咲は笑顔で言った。
帰り際、美咲は私に囁いた。
「また、もらうわ」
私は黙って帰った。
◇◇◇
しばらくして、美咲から連絡が来た。
『彼氏、もらったよ♪』
メッセージには、嬉しそうな絵文字が並んでいた。
『木村さんとの結婚はどうするの?』
私は聞いた。
『もちろんするよ! 両方手に入れた♪』
美咲は笑っていた。
——計画通り。
私も、笑った。
◇◇◇
結婚式当日。
美咲と木村さんの結婚式に、私は出席した。
チャペルでの二人は、とても幸せそうだった。
純白のドレス。
祝福の拍手。
——完璧な結婚式。
披露宴が始まった。
私にスピーチが求められた。
マイクを持って、壇上に立った。
「本日は、おめでとうございます」
無表情で言った。
「妹の美咲と、木村さんの門出を祝し——最高のプレゼントを用意しました」
スクリーンに、映像が流れ始めた。
最初は、普通のお祝いムービーだった。
二人の写真。
思い出の映像。
祝福のメッセージ。
——でも、途中から空気が変わった。
映像が切り替わった。
高校時代の佐藤くんとの密会。
大学時代の田中くんとの密会。
そして——木村さんとの密会。
全て、証拠として残していた。
会場がざわめき始めた。
最後に、決定的な映像が流れた。
一か月前。
私が繁華街のネカフェで、適当に見つけた不潔な男。
その男と、美咲がホテルにいる映像。
——変態プレイの、一部始終。
最新のAI技術で、顔も声も、はっきりと分かるように加工されていた。
会場が、悲鳴に包まれた。
美咲が発狂した。
「嘘! なんで! なんでこんな——!」
木村さんが、美咲に向かって怒鳴った。
「お前、俺と付き合ってる間に、あんな男と——!」
両親は真っ青になっていた。
招待客は、スマホで映像を撮影していた。
——もう、消せない。
私は静かに壇上を降りた。
誰も私を止めなかった。
会場を出る時、祖母と目が合った。
祖母は、小さく頷いた。
◇◇◇
それから一年後。
私はAIを使った映像制作会社を立ち上げた。
あの技術を、今度は人を幸せにするために使おうと思った。
会社は順調に成長した。
大手企業との取引も増えた。
そんな中で、一人の男性と出会った。
取引先の大手企業の社長。
誠実で、優しくて、私の過去を全て受け入れてくれた。
「真奈さん、結婚してください」
三度目のプロポーズ。
嬉しかった。
でも、怖かった。
また裏切られるかもしれない。
また奪われるかもしれない。
私は半分冗談で言った。
「裏切ったら、あなたの会社の株、全部ください」
彼は黙った。
そして——その日は、何も言わずに帰っていった。
やっぱり、と思った。
本気じゃなかったんだ。
私を試していただけなんだ。
——十日後。
彼が、また現れた。
手には、一枚の書類。
「これ、見てください」
公正証書だった。
『婚姻関係において不貞行為があった場合、全財産を譲渡する』
彼の署名と、実印が押されていた。
「……冗談だったの」
声が震えた。
「私、本気じゃなかった。そんなつもりじゃ——」
「真奈さん」
彼は私の手を取った。
「結婚してください」
涙が止まらなかった。
——この人は、本気だ。
私を、絶対に裏切らない。
今度こそ——幸せになれると、信じられた。
結婚式には、祖母だけを呼んだ。
両親も、美咲も、呼ばなかった。
祖母は涙を流しながら、私を抱きしめた。
「綺麗だよ、真奈」
「おばあちゃん、ありがとう」
私も泣いた。
——やっと、幸せになれた。
テレビで私たちの結婚が報道された。
「大手企業社長、AI映像ベンチャーの女性社長と結婚」
両親はそれを見て、育て方を間違えたと後悔したらしい。
でも、もう遅い。
私は二度と、あの家には戻らない。
◇◇◇
数年後。
美咲は——地元で有名になっていた。
結婚式での映像が拡散され、誰も相手にしなくなった。
木村さんとの結婚は、当然破談になった。
美咲は今でも、たまに連絡してくる。
『お姉ちゃん、会いたい』
『お姉ちゃんの旦那さん、素敵だね』
『お姉ちゃん——』
私は全て無視している。
もう——何も、あげない。
窓の外を見ると、庭で子供たちが遊んでいた。
私の子供たち。
私を愛してくれる夫。
私を支えてくれる祖母。
——これが、私の家族。
ようやく手に入れた、本当の家族。
「ママー!」
子供たちが手を振っている。
私は笑顔で、手を振り返した。
【完】
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