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「活人剣」のパラドクス

〈日の差して秋空また暑用意しけり 涙次〉



【ⅰ】


 さて、尾崎一蝶齋、先祖の聲に從つて、じろさんをやり込めやうとしている(前回參照)、と云ふのだが... 幕末、初代一蝶齋の存命した頃に、話は遡る。



【ⅱ】


 同時代の武闘家に、武田物外(たけだ・もつがい)と云ふ人がゐた。怪力無双、不遷流柔術の開祖(彼は曹洞宗の僧侶で、不遷は法諱である)、不心得者は容赦なくぽかりぽかりと頭を毆つたので、「拳骨和尚」と仇名されていた。彼の暴れん坊ぶりはつとに有名だけれど、だが、彼に隠された詩才があつた事は、今では殆ど知る人はゐない。


 天祖秋季を定め

 人が愁ひを發する深更

 星銀漢に集ふを見

 やはり去る者留めるは難し


 暑さ去りて秋螢は死し

 天に炯々月架かる

 何処光は産まれるものか

 人の心はさあらばに滿つ


 などの跋文(見たところ漢詩のやうだが、同じ禅坊主の良寛和尚の詩のやうに脚韻も踏んでゐないし、讀み下し文なので、漢詩とは云へない)を、人に乞はれるとさらさらと達筆で認めたと云ふ。



【ⅲ】


 武邊の者として名を成さうとしてゐた初代一蝶齋は、それが羨ましくて仕方がなかつた。この時代、武闘の現場にゐる者たちは、宮本武蔵の轍を踏んで、風流の道をまた志すのが倣ひ(彼は晩年彫刻に没頭した)だつた。維新の志士が押しなべて風流者 -三味線を彈き、小唄を歌ひ‐ であつたのは、これまた良く知られてゐる事である。で、初代一蝶齋はその方面がからきし駄目で、逆恨みの念さへ抱いてゐた、と云ふ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈カーテンにくるまり丸く猫二匹何を密談してゐるのかな 平手みき〉



【ⅳ】


 カンテラ・じろさん・テオは、カンテラの「修法」で、幕末の江戸に飛んだ。と云つても、夢の中での事である。初代一蝶齋の見苦しい様を、しかと見た。一蝶齋は物外に果たし狀も渡せずゐたのだ。組めば、一蝶齋の負けは目に見えてゐた。

「なる程ね。俺が古式拳法使ひで、詩も書くつてのが氣に入らなかつた譯だ」‐テオ「だけど初代一蝶齋を斬つたら、現在の尾崎さんゐなくなつちやふんぢやないの?」‐カンテラ「何、夢の中に過ぎんさ」



【ⅴ】


 カンテラ、夢に初代一蝶齋を引き摺り込んだ。「さ、じろさん、やるだけやつて早くこゝをおさらばしやうぜ」‐「おう!」

 一蝶齋、異人のやうな格好のじろさんを見て、魂消たやうだつた。「お主か、此井功二郎と云ふ柔術使ひは」‐「正確に云ふと柔術ではないが... ま、いゝか。子孫に憂さ晴らしさせやうつてのは、だう云つた料簡なんだい。一蝶齋さんよ」‐「なにー!?」‐「俺と一丁死合つてみるかい?」‐「望むところよ」‐「だが木刀ぢや駄目だぜ。飽くまで眞剣勝負だ」



【ⅵ】


 一蝶齋、急ぎ差し料を腰に差したが、その手が震へてゐる。じろさんすかさず彼の剣をするりと引き拔き、地面にぐさりと刺した。そして、兩者睨み合ふ事暫し。「駄目だ。俺の負けだ」‐一蝶齋目を脊けた。じろさん「此井殺法・藪睨み!!」



【ⅶ】


「俺は一體これからだうすればいゝんだ」‐「まあ『活人剣』とでも名乘りを上げるんだな」

 ‐と云ふ譯で、一行現代の東京に帰つて來た。あの儘一蝶齋は、さる格式髙い武家の娘と結ばれ、一族は繁榮した、と云ふ。


「尾崎さんの『活人剣』は、じろさんに始まるんだな。パラドキシカルだなあ」‐カンテラ。尾崎は何か魂を拔かれたかのやうに、ぽおつとしてゐる(が、カンテラは「迷惑料」として、彼に落とし前のカネを支払つて貰はうと思つてゐた)。


 さあ『新思潮』。「讀み直してみたら、谷澤・永田兩作品、さう惡くはないよ。これで行かう」‐じろさん。胸のつかへ、各人下りた。目出度し目出度し。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈天の川愛の船には二人まで 涙次〉



 PS:物外の跋文の部分は私の創作です。云ふ迄もないか。永田。


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