エピローグ 嘘つきの神話
その国は、地図に載っていない。
誰も存在を証明できないし、そこに行ったという者もいない。
けれど、確かにその名を知る者はいる。
“レイ・リパブリカ”――世界で最も奇妙な国家。
通貨は「物語」、法は「噂」、そして統治者は「嘘つき」。
詐欺師・レイ・クラウズの作った国家は、形を持たないまま広がっていった。
ある者は地下経済の中でその名を信じ、ある者はネットの海でその理論に酔い、
ある者は夢の中でその国に生まれたとさえ語った。
そして、こう言われるようになった。
「嘘を信じた者だけが、そこに辿り着ける」
*
ある日、戦場で。
命を落としかけた少年兵が、祈るように呟いた。
「俺、レイ・リパブリカに行きたい……“本当の自分”を見てくれる国に……」
奇跡のように銃弾は外れ、彼は生き残った。
後にその少年は、情報分析官となり、「存在しない国家」の研究を始めることになる。
また別の国。
革命を夢見た若者が、処刑を前に笑って言った。
「俺が死んでも、俺の“思想”はあの国に届く。あそこは嘘でも人を救えるんだ」
彼の最後の言葉は、亡命者の間で密かに語り継がれた。
*
時が流れ、世界は再び大戦の気配を孕み始める。
真実を信じない時代。フェイクが日常を覆い尽くす時代。
その中で、一冊の本が静かに売れ始める。
タイトルは――
『世界を騙して、世界を救った男』
著者名の欄には、こうあった。
“レイ・クラウズ(遺稿集)”
信じる者は笑い、
疑う者は首をかしげ、
知っている者は、ただこう呟いた。
「結局、最後まで……あの人は誰も裏切らなかったんだよ。
だって“嘘つき”って、最初に名乗ってたんだから」
レイ・クラウズの物語は、終わらない。
なぜなら――
「信じたい」という人間の本質がある限り、嘘はいつか神話になるからだ。




