第11章 罪人は神を騙すか
聖王国セレファイド──そこは信仰と規律に支配された国だった。
嘘をつけば断罪され、詐欺を働けば“神の火”に焼かれる。
レイのような男が最後に訪れる場所だと、人は言った。
しかし、レイは歩いた。堂々と、神殿の正門から。
「罪人レイ・クラウズ。そなたに、我が神殿は何を望まれる?」
出迎えたのは、清廉なる聖騎士アグリア・ヴェルト。
彼女は聖王国最強と謳われる女騎士であり、“神の言葉”をその身に宿す巫女でもあった。
「あなたの“神”と話がしたいのです」
レイは平然と言ってのけた。
アグリアの眉が微かに動く。
「神は人の前に姿を現しません。まして、罪人に語りかけることなど――」
「でもあなたは、“神の言葉を伝える者”でしょう?」
レイはすかさず畳みかける。
「では、神が何を望んでいるか、代わりに教えてください。
“嘘”とは常に悪ですか? “信仰”とは真実しか認めませんか?」
静まり返る神殿の空気の中、アグリアは一歩前に出る。
「信仰とは、“疑わないこと”です。あなたのような者の存在こそが、それを揺るがすのです」
「では、もし――神自身が“嘘を語った”としたら?」
その言葉に、空気が一変した。
「……何を言う」
「例えば、この“聖王国”が“神の導き”によって築かれたと人々が信じているとして。
でも、もしそれが“方便”だったら? 神が、混乱を防ぐために真実を“伏せた”のだとしたら?」
アグリアの目が揺れる。
レイは一枚の羊皮紙を差し出した。それは古の文書、かつての司祭が記したとされる“封印書”の写し――もちろん偽物だ。
そこにはこう書かれていた。
《神は、時に偽りをもって人を守る。嘘は剣、真実は毒。選ぶは導く者にあり》
アグリアは唇を噛んだ。「そんなもの、神の教えに反する――!」
「でも、これを人々が信じたら? 神は、必要な嘘も許容すると信じたら?」
レイはゆっくりと、堂内の信徒たちを見渡す。
「信仰とは“信じたいものを選ぶこと”です。
ならば、私が語る嘘も、あなたが語る真実も、どちらも信仰の対象になり得る」
信徒たちの中に、ざわめきが起きた。
「……あなたは、信仰を冒涜している」
「いいえ。私は、“もう一つの信仰”を示しているだけです」
その夜、聖王国で密かに広がった噂があった。
“神は嘘をも許す”――という新たな教義の始まり。
*
後日、アグリアは王のもとで言った。
「この男は、神を騙したのではありません。“神を信じたい人々の心”を盗んだのです」
王は苦々しく頷いた。
「だがもはや、追放も処刑も意味をなさぬ。
レイ・クラウズは、“信仰”を契約と同じにしてしまった。……これもまた、勝者の姿だ」
*
レイは国を去りながら、静かに呟く。
「神ですら、人の心には勝てない。
ならば、俺が信じさせる限り、それは真実になる。――たとえそれが、地獄行きの嘘だとしてもね」
こうして“嘘の預言者”は、五国目を掌握する。
次の目的地は――死者の国、“終焉の谷”。
詐欺師の物語は、なおも続く。




