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城門

町までは道のりは楽かと思ったが予想は外れた。

 そもそも道がない。遠目には平坦でも起伏があり、草むらがあり、小さな川が流れている。おまけに頑丈なはずの革張りの旅行鞄は先ほど転んだ時に鍵が壊れたらしく閉まらない。服やら本やらが詰まった鞄を両腕で抱えながら進むので足下は見えずしょっちゅう躓いた。その度に前を歩いていたユアがこちらを振り向くので情けないことこの上ない。三度目に躓いた後、ユアがしびれを切らした。

「それ私が持とうか?」

「……大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」

「本当に? 汗すごいけど」

「大丈夫です」

「意地張らなくてもいいんだよ?」

「大丈夫ですってば」

「このペースだと日が暮れるかもだけど」

「この体勢で歩くのにも慣れてきましたから。ペースを上げましょう」

 一歩足を大きく踏み出してみたところ、ちょうど着地地点に石があった。四度目のつまずきで今度は鞄を離してしまった。鈍い音と共に地面側に開いて落ちた。勢い余ってハンカチやら着付け用の小さな酒瓶が地面に転がった。

「だから言ったのに・・・・・・」

 ユアが腰をかがめて落ちた荷物を拾う。

 彼女の方がルグルよりも頭一つ分背が低く、身体も華奢だ。冒険者というからには鍛えているのだろうが、それでも体格も年齢も自分より下の少女に助けられるのは情けなく同時にありがたかった。足の引っ張り合いだった帝都での日々。それなりに国家の役に立っていたつもりだったが、権力争いに巻き込まれ左遷が決まったルグルに手を差し伸べてくれる同僚はいなかった。そんな自分に無条件で手を差し伸べてくれるユアの優しさは心が心に染みた。

 ユアの発案で紐とベルトを組み合わせて作った即席のバンドで鞄の蓋を固定すると格段に歩きやすくなった。感謝を告げるとユアは「どういたしまして」と楽しそうに言った。

 心に余裕の出来たルグルは前を歩いている恩人の後ろ姿を改めて観察した。後ろで束ねたボサボサの髪が犬の尻尾のように揺れている。背中には大きな袋を背負い、腕や足には何度も地面で転がったのか、土汚れや草の切れ端、動物の毛がこびり付いていた。

「そういえば、ユアさんはあそこで何をしていたのですか? 灰ビッバでしたっけ。あの動物の駆除をされていたのですか」

 問いかけにユアは顔を半分だけ後ろに向けた。

「お仕事なら駆除もするけど、今日はビッバと戦う練習をしていたの。棒で叩くと反撃で体当たりしてくるから、それを避けて、棒をで叩いて、また避けてを繰り返してた」

「それはすごいですね。うまく避けられたんですか」

「まあ半分は楽勝かな」

 自慢げに少女は言った。だが残り半分は避けきれなかったわけで、実際にユアの姿を見れば地面に押し倒された回数は一度や二度ではなさそうだ。そんな彼女でも六級になれるということは、冒険者という仕事はそれほど難しくはないのかもしれない。あるいは階級制度がいい加減なのか、本職は五級以上なのかもしれない。

「ユアさんは冒険者としては普段どんな仕事をしているのですか?」

「普通だよ? 怪物退治とか、護衛とか。ウチのみんなは遺跡の探索は得意じゃないからあんまりやらないけど。あ、みんなっていうのはパーティの仲間のことね」

 それからユアは自分所属している「風見鶏隊」というパーティについ話を始めた。同年代の少女だけで組んだパーティらしい。メンバーの誰それは口うるさいが頼りになるとか、別の誰かは大人しいし泣き虫だけどいざという時の度胸はすごいとか、そんなことを楽しそうに教えてくれた。疲れていたので話のほとんどは記憶に残らなかったが、おかげで退屈せずに町に到着することができた。


「お疲れ様。ここがルストヒルだよ」

 まだまだ元気一杯のユアが胸を張って言った。ルグルは壊れた旅行鞄を地面に置いて道の先に広がる町並みに目を向けた。

「ずいぶんと……混沌としていますね」

 柄が悪いと言いそうになりなんとか言葉を選んだ。

 目の前には無秩序な町並みが広がっていた。まだ夕方だというのに道ばたには酒に酔った男達が何人もおり、しかも大半が武装している。顔を真っ赤にしたひげ面の男がふらふらと歩いているがその腰には手斧がある。かと思えば派手な格好をした女が男を誘惑していた。その手の商売をしている女性かと思いきや、彼女の両足には大ぶりの短剣の鞘か装着されていた。

 ためらいなく道を進むユアにおっかなびっくり着いて行く。広場や大通りにはまだ営業している露店がいくつもあったが、妖しげな薬品や見たことのない果物を販売していた。ルグルが驚いたことに、武器や鎧を売っている露店すらある。帝都では基本的に衛兵や軍人以外の武装は認められていないし、武器の購入もかなり厳しい規制があった。少なくとものこぎりの様な刃がついた両手剣が道ばたで売られていることはない。

「あ、あの剣かっこいいよね。ルグルは剣を使うの?」

「え、いや私は文官なので武器はちょっと」

「そう? この島で暮らすなら武器は使えた方がいいよ。何なら私が教えようか」

「……ありがとう。考えておきます」

 道行く人の姿形は様々で、ここがどこの国にも属しない中立の島であることを思い出させた。帝国人らしい人もいるが、他の人種の方が多い。それどころか人間以外の人種もいる。帝国領内には蜥蜴人と猫人の自治区があるので亜人は見慣れていたが、ドワーフやエルフのような妖精人を見るのは初めてだった。美しいエルフの男性がいたので見とれていると、その相方らしいひげ面のドワーフに睨まれた。

 ユアは早足で道をぐいぐいと進んでいく。町の奥の方に進んでいるようでルグルはだんだんと不安になってきた。

「あの、どこに向かっているのですか」

「ルグルは帝国の人でしょ? 確か城壁の中に偉い人が住んでいる場所があるって聞いたからそこに。でもそろそろ門が閉まる時間だから急がないと」

 通りの向こうに石造りの立派な城壁が見えてきた。事前に調べた通りなら、ルストヒルは南側の海から発展した町だ。まず小さな漁村があり、そこが港町になり、港町を囲うように城壁ができ、その城壁の外側に町が広がり、現在も発展中だ。城壁の外は、北側と東側はある程度秩序をもって、西側は無秩序な町並みが広がっていると資料には書かれていた。ルグルが下りたのは町の西側なので、最初に足を踏み入れたこの場所が無秩序な西側地区なのだろう。

 角を何回か曲がると城門にたどり着いた。門は開いているが両脇に完全武装の衛兵が立っている。帝都の衛兵は制服に儀礼的な槍やサーベルと軽装だが、この町では金属製のヘルメットを被り、上半身に金属製の鎧、前腕に小手、拗ねに脛当てを身につけ、実戦的な長い槍と長剣を装備している。城壁の上にはボウガンを持った兵士の姿もあった。

 ユアは城門の少し前で立ち止まる。

「どうしました?」

「私はここまで。通行証持ってないから」

「通行証?」

「日が沈んだ後に城門を通るには必要なんだよ。ルグルは持ってないの」

「今日来たばかりなので、まだもらっていません」

「じゃあ急いだ方がいいよ。もう夜になるから」

 空を見ると日は完全に落ちようとしていた。ルグルはユアに礼を言うと壊れた鞄を抱えて城門に向かった。当然のように衛兵に止められる。

「失礼夜間通行には通行証が必要です」

「まだ夕方では?」

「もう夜です。それで通行証は?」

「今日赴任したばかりなので持っていないのです。私はルグル・イジー。帝国領事館の二等書記官です」

「書記官殿ですか・・・・・・帝国の?」

 衛兵二人は顔を見合わせたあと、一人が奥にある詰め所に引っ込み、すぐに年配の衛兵を連れて戻ってきた。この門の責任者だろうか。

「帝国の方ですか? 失礼ですがお名前は?」

「ルグル・イジーです。二等書記官の」

 年配の衛兵は手にした書類を何枚か確認してから厳しい目を向けてきた。

「そのような方のお名前は記録にありませんが」

「今日到着したのです」

「今日?」

 年配の衛兵の表情がさらに険しくなる。

「それは奇妙ですね。帝国との定期便は三日前に到着し今朝出発したばかりです。失礼ですがどうやって島にいらしたのですか」

「飛竜です。飛竜に乗って帝都から飛んできました」

「飛竜・・・・・・ですか」

 年配の衛兵が詰め所に向かって手で合図をした。最初の門番とは別の衛兵が二人出てきてるぐるの左右に立った。

「帝国の公使のことは存じています。私は歓迎式典の警備で参加しましたから。公使はは船で島に来られていました。あなたは二等書記官とおっしゃいましたね。帝国では竜が余っているのですか」

「たまたま、空きがあったので。普段はとても乗れませんよ」

 年配の衛兵はルグルを顔を睨んでいた。明らかに疑っているが完全に嘘だと思っているわけでもなさそうだ。

「確かにあなたは帝国の制服を着ている。だが登録もなく通行証を持たない人間を通す訳にはいけません。今日はお引き取りください。明日の朝であれば通行証なしでも門は通れます」

「では今晩はどうすればいいのですか」

「近くの宿にでも泊まるといいでしょう」

「なら今から公使を呼んで私の身分を・・・・・・いえ何でもありません」

 言いかけて止めた。帝都と島を往復している定期便が出たばかりということは、まだルグルの赴任を知らせる書類は届いていないはずで、島にいる公使がルグルのことを認識しているはずがなかった。辞令は持っているが封印がされているので衛兵に見せるわけにはいかないし、夜中に公使を呼び出して印象を悪くするのも得策ではない。これから長いこと、下手すると一生この島で過ごすのだ。波風は立てないほうがいい。

「わかりました。明日また出直します」

 とぼとぼと城門を後にする。

 日は完全に落ちていた。城門の近くをのぞいて街灯はなく、家々の灯りや酒場から漏れる光がそこで騒ぐ酔っぱらい達の長い影を舗装されていない道に落としていた。

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