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冒険者ユア

 飛竜は山の向こうに飛び去りやがて見えなくなった。

「あんな巨大な生き物でも自然の前には小さいんだな」

 ルグルは呟いてみてため息をついた。気を取り直し改めて町の方に目を向ける。かなり遠くに少し赤っぽい石造りの城壁が見える。その前に広がるのは穏やかな起伏のある平原で、所々に背の低い木や草むらがあった。まっすぐ歩けば日が落ちる前にはたどり着けるだろう。だが、風に乗って水の流れる音が聞こえてきた。小さな丘に登ってみると川が見えた。川幅は大人数人が横になれるくらいあり橋は見当たらない。浅ければ歩いて渡れそうだが、浅瀬があるかわからないし、微妙な地形の起伏や木々のため全体が見えなかった。

「渡れる場所を探すのに時間がかかると日が暮れるか」

 ルグルは草むらで小動物を追い回していた子供を思い出した。町の住人なら川の渡り方も知っているだろう。記憶を頼りに探してみる白い頭をした人影がこちらに背中を向けて木の棒を振っていた。ルグルは丘を下って草むらを避けて進み、また小さな丘を登り、ようやく声が届く距離に近づいた。

「すみません、少しお尋ねしたいんですが」

「はいっ?」

 少し気の抜けた返事と共にその人物がこちらを見上げた。少女といえる年齢の女性だった。年齢は十代半ばか少し上。少し垂れ気味な大きな目と土埃に汚れた顔に大粒の汗が夕焼け間近の太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。革製のエプロンのような物を身につけ、手には剣を模した棒を持っている。草っ原を風が吹き抜けると彼女が頭の後ろで雑に束ねている白い髪の毛が揺れた。

「あの町まで行きたいのですが、」

「危ないっ!! 後ろ、後ろ」

 少女が叫んだ。ルグルが振り返るよりも早く、背中に何かゴワゴワしたモノがぶつかってきた。子供に体当たりされたような衝撃にバランスを崩し前に倒れる。旅行鞄を放り出して両手を地面に着くが緩やかな丘の上に立っていたのでそのまま下にずり落ちてしまった。地面には草が生えていたので軽くすりむいただけで済んだが、後ろからは荒っぽい鼻息のような音が聞こえる。頭だけ上げて見ると、全身を灰色の毛で覆われた大きなネズミのような動物が長い前歯でこちらを威嚇していた。

「ああ、もう。さっき追い払ったのに! あっち行けって」

 少女が木の棒を振り回すと灰色の大きなネズミは近くの草むらに逃げた。しばらく草むらを睨めつけた後、ふうっと息を吐いてから両腕を広げて地面に伏せているルグルに声をかけた。

「おじさん、大丈夫?」

おじさんと呼ばれるほど貫禄のある年ではないと自分では思っていで少し心が傷ついた。

「大丈夫です。助けてくれてありがとう」

 立ち上がってズボンに付着した砂埃や雑草を払う。

「この辺はまだ灰ビッバが多いから気をつけた方がいいよ」

灰ビッバというのが先ほどの動物の名前らしい。「錆び付いた島」には本土では見られない動物や怪物がいると聞いていたが早速その一つを見ることができたらしい。

「気をつけます。ところで、どうやって町まで行けばいいか教えてもらえませんか?」

「町? えっと、町から来たんじゃないの?」

「さっきここに竜が飛んできましたよね。アレに乗って本土から来ました」

「へえ、竜に。じゃあおじさんは偉い人なんだ」

 一般的に、竜に乗るのは竜騎士とか竜使いといったごく限られた人で、その竜に運ばれてきたのなら地位のある人物と思われても仕方が無い。ルグルは全く偉くないとは言わないが、それほど立場が上であるわけでもない。

「私は別に偉くはないですよ。下っ端の役人でたまたま帝都からここまで飛ぶ飛竜がいたので同乗させてもらってんですよ」

「へえ。すごいんですね」

 少女は理解しているのかしていないのかわからない表情で何度も頷いていた。

「それで、ここに来たのが初めてなので町への行き方を教えてほしいんです。あそこに川がありますよね。どこかに橋はありますか?」

「橋だったらここから北に少し行った所だよ」

 少女が指さした方向には少し高めの丘があった。その裏側に橋があるらしい。

「ありがとう助かりました」

 礼を言って橋に向かおうとすると少女が「ちょっと待って」と引き留めてきた。金銭を要求されるのかと上着の内側にある小銭入れに手を伸ばす。

「もうすぐ夕方になるでしょ。そうするとオオカミとか黒ビバが活動を始めるよ。おじさん、武器は」

「いや持っていないですけど……あと私はまだ二十代なんですけど」

「じゃあ私が町までついて行ってあげるよ」

 少女が朗らかに言った。年齢については何のコメントもなかったが。

「こう見えて私六級冒険者だから。道中の護衛はお手の物だよ」

 錆び付いた島には冒険者と呼ばれる人たちがいることは聞いていた。古代の遺跡を探索し、財宝や芸術品あるいは強力な魔道具などを見つけて換金したり、本土では見られないような凶悪な怪物達を倒す報酬で生計を立てている。この島では条約によって大規模な軍隊は持てないので町を守るのはわずかな衛兵と冒険者達の役割だ。九段階の階級があり、まず九級冒険者から始め。功績を上げると少しずつ級が上がっていくらしい。目の前の少女は六級ということは中堅に入ったばかりということだろう。見た目によらず経験豊富なのか、あるいは階級制度のおかげなのかルグルには判断できなかった。とりあえずこのあたりには攻撃的な動物がいることはわかったので、安全のためには彼女に同行してもらった方がいいだろう。

「それは頼もしいですね。では町まで護衛をお願いできますか。残念ながらあまり持ち合わせがないのですけれど」

「大丈夫。こんなことでお金は取らないから。荷物を取ってくるからちょっと待ってて」

 そう言うと少女は近くの木まで駆けていき、根元に置いてあった背負い袋を回収した。

「それじゃあ行こうか。えええと?」

「ルグルです。ルグル・イジー」

「ルグルさんね。私はユアロア・リスボウ。友達はユアって呼ぶの」

「よろしくお願いします。リスボウさん」

「ユアでいいって。こっちだよ」

 ルグルは元気よく歩き出したユアに続いた。


2025年4月10日

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