到着
空気の匂いが変わった気がした。
太陽は既に傾きかけている。風よけに借りたゴーグルのガラス越しに下を見ると、ちょうど海と陸地の境目を飛んでいるところだった。青い海が途切れ、緑の大地が眼下に広がる。
飛竜が旋回をしながら高度を落としはじめた。海と陸地以外にも町が目に入る。城壁に囲まれた地区があり、その外側に町が広がっている。海側には港があり何隻もの帆船が停泊していた。帝都には及ばないものの数万人規模の人口はありそうだ。
飛竜は町から少し離れた平地に向かって着陸態勢にはいった。首を真っ直ぐ前に伸ばし、翼をやや下向きに広げ風の抵抗を強める。地面が近づいてくると翼を細かく上下させさらに落としながら姿勢を安定させ、右足、続いて左足で着地した。飛竜の背中に固定された椅子を大きな衝撃が襲った。飛竜はさらに数歩進み、完全に勢い殺すと両足で地面に立った。錆び付いた島に到着したのだ。名前から赤茶けた土を想像していたが、見た感じではごく普通の土地に見えた。
「お疲れ様。どうでした空の旅は?」
前の方に座り飛竜を操っていた騎手がルグルの方を見て言った。
「・・・・・・ええ、快適でした。ありがとうございます」
青い顔で返すと、騎手はそれは良かったと笑った。
「最初はみなさんそうですよ。でも慣れれば乗り心地は悪くありません。特にこいつは丁寧に飛ぶ方ですから」
騎手が首筋を優しく撫でると、飛竜は「クウェエエエッ」と叫んだ。多分喜んでいるのだろう。
騎手が指示を出すと飛竜が地面に伏せた。ルグルは早く地面に足をつけたかったが、数時間も坐りっぱなしで強ばった身体がうまく動かない。それを見た騎手が飛竜の背中の上を歩いてきて、ルグルの身体と椅子を固定していたベルトを外してくれた。
「ありがとう。うわっ!?」
椅子から立ち上がろうとしたとき、バランスを崩した。転びかけ、飛竜の尻尾の付け根辺りに手をついてしまう。触り方が不快だったのか飛竜が身をよじりルグルを振り落とした。幸いたいした高さではなかったし、地は柔らかい草で覆われていたので怪我はなかった。騎手は慣れたもので、飛竜の背中に立ったままだ。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか」
「ああ。問題ないです」
「よかったです。飛竜って尻尾の付け根の辺りが敏感なんですよ。コイツちょっと驚いてしまったみたいで。これ、イジーさんの荷物です」
騎手は客席の後ろにくくりつけていた旅行鞄を差し出した。ルグルは飛竜を刺激しないようにゆっくりと近づき鞄を受け取った。
「では私はこれから荷物の受け取りをして帝都に戻ります」
「ここで受け取るのですか?」
周囲は何もない原っぱに見えた。建物もなければ人もいない。そうでなければ勢いよく飛竜が着地することはできないのだろう。しかしよく観察すると人がいる。離れたところで白っぽい髪をした少年か少女が木の棒の様なものを振り回していた。その人物が棒を振る度、草むらから茶色い小動物が飛び出し逃げていく。ウサギでも追い払っているのだろうか。あの人物が皇族が急いで所望する物を持っているようには見えない。
「いえ、もうあっちの山に飛竜が休める場所があります。そこに荷物とコイツの食事を用意してもらっているんですよ。町の近くに降りたのはイジーさんを下ろすためです」
「そうだったのですね。ありがとうございました。任務の成功をお祈りしています」
「あなたも。ここは帝都と違って自由でおおらかな土地です。きっと楽しい生活になりますよ」
そう言うと騎手は笑顔でルグルに手を振った。彼が指示を出すと飛竜はドタドタと地面を走って加速すると力強く羽ばたいた。飛竜の身体が中に浮かび、そのまま低空を飛びながら加速し、やがて上昇していった。真っ直ぐ山の方には向かわずルグルの上をぐるっと旋回する。目をこらすと騎手は手を振っているようだった。ルグルが手を振り返すと飛竜はピンっと首を真っ直ぐに伸ばし山の方へ飛んで行った。