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出発

 飛竜が地面から離れた時、ルグル・イジーは朝食を食べたことを後悔した。帝都を離れ新天地に赴任する前の最後の贅沢と評判の店で溶き卵を染みこませて焼いたパンとホットミルクを頂いたのだが、今はミルクの生っぽい臭いが舌の奥辺りまで戻ってきている。もう口から出そうだ。


 ルグルは帝国の下っ端官僚の一人で、先日言い渡された辞令によって新しい土地に赴任するところだった。皇族の依頼でルグルの赴任先に荷物を受け取りにいく飛竜がいたので親切な同僚の手配で同乗させてもらえることになった。普通は陸路と船で四日かかる旅が、飛竜なら朝出れば夕方前には到着する。ただ乗り心地は最悪だ。


 飛竜が空に飛び上がる方法はいくつかある。高低差のある場所から飛び降りる方法が一番効率がいいらしいが、帝都周辺にはは緩やかな丘陵はあるものの崖はない。そうなると地面に足をつけた状態から翼を大きく羽ばたかせ、充分な高度を取ってから加速することになる。上昇段階の飛竜はお世辞にも快適とは言いがたかった。羽ばたきの度に身体を固定した椅子が上下に激しく揺れ、内蔵が揺さぶられる。飛竜が二十回ほど羽ばたいて帝都の上空に達したとき、ルグルの朝食は無駄になった。幸い事前に袋を渡されていたので飛竜の背中にぶちまけることは無かった。

 飛竜が加速を始める。進行方向に背中を向けて坐っているので、飛竜が前掲姿勢になると視界には空しか写らなくなった。真っ青な空を見ながら、喪失感と気持ち悪さで涙が溢れた。

「終わったなあ、俺のキャリア・・・・・・」

 ルグルの目から出た涙や口から漏れた色々な物が風に流され帝都の空に消えていった。


 ルグル・イジーはさほど裕福ではない平民の家庭に生まれた。年の離れた兄が相場を当てて実業家になったので、その支援で私塾に通い、帝国の官僚採用試験に合格した。兄の口利きもあり大きな都市の徴税部に配置された。配属された部署では上司に恵まれ、二年間の間にまずまずの成果を上げることができた。ところが貴族出身の同期の恨みを買ってしまい、春の人事異動で「錆び付いた島」の帝国公使館の二等書記官に任命されてしまった。本来の二等書記官は中堅の官僚が任命される役職なので、二十歳になったばかりのルグルにとっては大抜擢ともいえる。しかし行政の中心から離れた「錆び付いた島」への異動は左遷そのものだし、そもそも公使館には公使、一等書記官、公使の秘書、駐在武官の四人しかいない。単に人数の関係で五人目は二等書記官になったのだ。


 飛竜の飛行中、見えるものは空ばかりだった。一時間ほど経った辺りで空気の感じが変わった。首を下に傾けてると青い海が太陽の光を反射して輝いている。ついに大陸を離れたのだ。ルグルの目からさらに涙がこぼれた。もう二度と大陸の土は踏めないかもしれない。

 飛竜に乗るのも、空を飛ぶのも、普通の官僚では体験できない。この特別待遇にはもちろん理由がある。手配をしたのはルグルを恨んでいる貴族の同僚だ。一秒でも早く帝都から追い出すべく、皇族の親戚という立場を利用して最速の移動手段を手配してくれた。飛竜の出発時間は決まっていたので、上司と家族に別れを言うのが精一杯だった。別れを惜しむ間もなく空の上。そして今日の夕方には自由と冒険、あるいは無法と危険に溢れた「錆び付いた島」に到着する。出世コースから大きく外れることになるし、危険によって命を落とすかもしれない。出かける前に読んだ報告書では昨年の帝国市民の自然災害や職務中の死亡者数の上位に「錆び付いた島」があった。

「終わったなあ、俺の人生・・・・・・」

 ルグルのつぶやきは風にかき消され誰の耳にも届かなかった。

 

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