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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

なんか全人類がオレの妹って事になってた。

作者: 本郷隼人

練習用に書きました。今後の参考になりますので酷評などの感想、ぜひぜひコメントしてください。

「ふっ、ふふ~ん。遅刻確定ぃ~」


 寝坊により遅刻が確定したリュウは、鼻歌を歌いながらゆっくり登校していた。

 ま、一時間目には間に合いそうだしいいかぁ~的な心情で中学校の校門をくぐり、昇降口で靴を履き替え、階段を上り、ゆっくり廊下を歩く。

 廊下には生徒の姿はない。どうやら今はホームルーム中のようだ。

 よし一時間目には間に合ったか~と安堵して、リュウは自分の教室のドアに手をかける。


「すいませ~ん、遅刻しました~」


 と景気良くドアをスライドすると、


「「「「「「「「―――あ、リュウお兄ちゃんおはよ~」」」」」」」」


 というクラスメイト達(男女混合)の元気な返事が。


「おーみんなおはよ~」


 リュウが自分の席へと向かう。教卓に立つ腰の曲がったおばあちゃん先生(もうすぐ定年)がそんなリュウに対して、子供のように頬を膨らます。


「も~リュウお兄ちゃん!遅刻してるのに急ぐ素振りもないの?全くもって〝めっ〟だからね!もうしないでよ!」


「あはは、いやーすんませんっす」


 リュウが頭を搔きながら着席して、鞄から一時間目に必要な教科書を取り出す。


「もう、全く兄さんはズボラなんだから……」


「まあでも、兄貴っぽいわね」


「ふふ、遅刻するお兄様も素敵ね」


「それにしても俺達のおにぃは今日もかっこいいなぁ~」


 クラスがリュウに対し好意的な反応を見せる。リュウを微笑ましく見ている者や、何やら熱い視線を送ってくる者や、リュウを見て頬を赤らめてる者、など反応は様々。全員そんな感じである。

 先生はそんなクラスに「皆静かに~」と宥めた。


「はい、じゃあホームルームは終わりね。あ、リュウお兄ちゃんはこの後、校長室に行ってね?校長先生に呼ばれてるから」


「はーい」


 リュウが返事をして、クラスの全員が起立して、ぺこりとお辞儀。そしてリュウは。


「――――――ん、は?お兄ちゃん???」


 ようやく気が付いた。


 ☆


 校長室に向かっている途中の廊下。行きかう生徒たちはリュウに元気よく挨拶。


「おにぃ!おはよ~大好き~!」


「兄ちゃん!今日の部活見学に来てね!」


「ぐ、ぐへへ。リュウお兄様の匂い………ぐへへ」


「にいに!俺と一緒に男子トイレ行かないか?べ、別ににいにのにいにを見たいわけじゃないんだからね!」



 横切る生徒全員がリュウに声を掛ける。全員好意的に。自分を兄だと言って。


「…………………………………」


 今まで関わりのなかった生徒にまで声を掛けられるが、リュウは全て無視して素通り。早歩きで校長室まで向った。そして校長室のドアを勢い良く開ける。


「校長先生大変です!学校の全員がオレの事お兄ちゃんって…………!」


「お、来たね」


 部屋の奥には太々しく座る人物が、長い髪を払ってニッコリと微笑んだ。

 いつもは校長が座っている豪華な椅子。しかし今日は別の人物がいて、そしてその人物はリュウにとって見慣れた存在だった。


「って、ミカ⁉何でお前が⁉」


「待ってたよリュウ君」


 リュウを君付けした彼女、ミカは二歳下の妹である。黒いロングヘアでスラッとした体躯、小学校から上がったばかりでまだ幼い顔立ちが特徴の、眉目秀麗、運動神経抜群、そして頭めっちゃいい系の実妹である。

 取り敢えずラブコメによくいる『こんな完璧超人いるわけねぇだろ〇すぞボケカス』な人物像を想像していただければOKである。


「おまっ、なんで校長先生がいつも座ってる席に!てか校長は⁉」


 辺りを見渡すが校長の姿はない。実妹のミカは動揺しているリュウに言った。


「校長先生は私が殺したよ。だから今日から私がこの学校の校長ね?ついでに話すと学校の生徒と先生をリュウ君の妹にしたし、だから全員がリュウ君に対してブラコンだし、これから町内、県内、日本中、世界中の人々をリュウ君の妹にする予定。楽しみにしててね?」


「………………え、は?」


「じゃ、今日も授業頑張ってね~」


 ぱんッ。話を終えたミカは両手を叩いた。部屋中に乾いた音が響いて、そしてすぐに黒スーツを着たSP風の大男2名がガラス窓を派手に破って侵入。リュウの両腕をそれぞれ掴んだ。


「お兄ちゃん!早くしないと授業遅刻しちゃうよ!」


「ほら急いで急いで!」


「………………は、え?」


 大男2名は気持ち悪いぐらい優しく微笑むと、


「「――――おりゃああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ‼‼‼」」


 リュウを校長室の外へと投げ飛ばした。「ぐぎへぇ⁉」背中が思いっ切り壁に激突。リュウが悶える。


「「頑張ってね!お・に・い・ちゃ・ん♡」」


 そんなリュウに大男達は投げキッスをして、バンッ!大きな音を立ててドアを閉めた。

 リュウは、背中の激痛に耐えながら、ゆっくりと立ち上がりながら、


「…………は、は……?え、どう、いう……えぇ……?」


 困惑。


 ☆


 そして、一様は教室に戻って授業に出ることにしたリュウ。だがしかし、授業の内容は、一言でまとめれば〝意味不明〟だった。

 余りの悲惨さと可笑しさ、そして先生含め全校生徒全員がブラコン妹になっている状況に身の危険を感じたリュウは、三時間目で学校を抜け出した。

 ここではその意味不明な授業風景を、簡潔に説明していく。


 ・一時間目『英語』・


「はい佐藤さん、それではこの英文を読み上げてください」


 黒板に書かれた文を先生(二十代後半の女性)が指さす。呼ばれた生徒ハッキリと読み上げた。


「I love older brother forever.」


「よくできました。意味は『私は永遠にお兄ちゃんにラブ』だよってことでね。つまり先生はリュウお兄ちゃんのことが一生好きなんだよねっていう事なんだよね~」


「えっ」


 突然名前を呼ばれて驚くリュウ。先生が頬を赤らめリュウに向く。


「そうだよねリュウお兄ちゃん?結婚、しちゃうしね?だってこの前一緒に婚姻届出しに行ったもんね?」


「……え、い、いやいや行ってない行ってない」


 手を横にブンブン振るリュウ。そんな中、クラス中が先生に対し苦情を叫び出す。


「は⁉婚姻届出したってどういう事だよテメぇ!」


「おにぃが俺以外と結婚するわけねえだろ‼」


「純粋に〇ねやクソボケぇ‼」


 罵詈雑言を浴びせられる先生が、バンッと教卓を叩いた。


「は、何よ?私とお兄ちゃんの関係に文句があるっていうの?あ?」


「ありありだわ!」


「兄妹はいいとしても生徒と先生は犯罪だろ!」


「兄さまと結婚出来るのは神か私だけよッ!」


「んな訳ないでしょうがッ‼先生とお兄ちゃんが結婚するのは日本の法律で決まっているじゃないの‼」


「いや決まってねえよ」


 最後にリュウが呟くが、クラスの人々には届かない。更に先生と生徒達の言い争いは加速していく。


「先公が調子こくなや!」「兄貴はアタシと子供いるんだぞ!」「帰れ!」


「クソっ、何だっていうのこのクラスは――――――調子に乗るのもいい加減にしなさい!アンタら同じ……同じ母体から生まれてもない癖にッ‼」


 先生が鬼の形相で叫んだ。


「いやお前もだろうが」


 リュウが呟くが、届かなかった。

 そして、虚言を吐く先生と生徒達の戦いはチャイムが鳴るまで続いた。


 ・二時間目『家庭科』・

 内容はカレーライスを作るというものだった。全校生徒で、体育館で。


「リュウお兄ちゃんに、カレーライスを作りたいかーーーーー‼」


 マイクを片手にステージの上で叫ぶ教頭(60代、大分お腹が出ている)。


「「「「「「「作りたーーーーーーーーい」」」」」」」


 全校生徒が声を合わせて答える。合わさった叫びがデカすぎて体育館全体が揺れる。


「リュウお兄ちゃんに、『ははっ、お前の作るカレーはやっぱり上手いなぁ。いいお嫁さんになるんじゃないか?まあ、俺の嫁だけどな。――――今夜ベット来い☆』って言われたいかーーーーーーー‼」


「「「「「「「言われたーーーーーーーーーい」」」」」」


 さっきよりも食い気味に叫ぶ全校生徒。体育館の端にいる先生達も叫び出す。またもや揺れる体育館。


「何コレ」


 ステージの中央、椅子に座らされたリュウはぽつりと呟いた。

 しかし、全校生徒に『お兄ちゃん、あ~ん』を強要されたので滅茶苦茶疲れた。教頭にもされた。

 カレーライスはぼちぼち美味しかった。


 ・三時間目『体育』・

 内容は鬼ごっこ。体育なのに何故鬼ごっこしてるのかは不明だが、突然先生が、


「鬼ごっこしようほら、昔さ。僕と兄さんで一緒にやってたでしょ?あはは、懐かしいや。………………また、あの頃の様に仲良くしたいなっ、兄さんと」


 とリュウには存在しない記憶を先生が語った後、鬼ごっこは始まった。


「おにいいいいいいいいいちゃあああああん!!!どこおおおおおおおおおおおお!!!!」


「ぐへぇ、お兄様を捕まえてドスケベエッチばいしてやりますわよぐえへへへへへぇぇぇ」


「兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴どこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこ」


 ――――――鬼は、リュウ以外のクラスメイト全員だった。


「…………………………すぅ。あ~、これヤバいわ」


 リュウは身の危険を感じたので、全力校外へと逃げた。


 ☆


 なんとか学校から飛び出して、リュウは繫華街へと逃げ込んだ。通学路としていつも通っている場所だ。


「…………ハァ、ハァ、今日ヤバい今日ヤバい今日ヤバいってマジで!」


 お昼時で賑わう中、リュウは人込みをかき分けて走る。どこへ向かう訳でもない。ただ学校から遠くへ逃げたい一心で、息を切らしてアーケードを駆ける。


「ハァ、ハァ、何なんだ一体?なんで皆、俺のことを妹って……ミカもミカだ、なんで校長室……なんか……に……ハァ……駄目だ……もう、走れない!」


 と、ここまでぶっ通しで走っていたリュウの足が止まる。膝に手を付けゼエゼエと息を切らした。

 呼吸をするたび肺が痛い。あとSP風大男の自称妹2人に殴られた腹も痛いし、カレーを腹一杯食べたせいで吐きそうだ。


「……ハァ。アイツら、追ってくるのかな、オレの事。これってドッキリ?ホントにどうなっちゃったん

 だよ俺の学校?―――――ああもう!」

 走って酸素が行き渡らないせいか、先程まで経験していた出来事に思考が追い付かない。

 いや、例えリュウが普段通りだったとしても、自分を兄と慕ってトチ狂ったように愛してくる生徒や先生という状況は、理解不能。きッッッしょ。不快の何物でもない。悪寒が凄い。あーメンタルが崩壊しそう。うーんヤバい。泣きたい。両親に会いたい。

 そして吐き気がする、色々な意味で。


「ハァ……ハァ……………………………………………」


 ゆっくり息を整えて、これからどうしたものかとリュウは心の内で呟く。

 黙って学校を抜け出してしまったが、ハッキリいってあんな状態の学校には戻りたくない。戻ってしまっては自称自分の妹達(同級生や先生達)に何をされるか分かったもんじゃない。とゆうか真面に授業もしていなかったし、これどう考えても法律的に駄目だろ。


(あれ……?つうか、これもしかしなくても警察に通報するべきなんじゃ……………?)


『続いてのニュースです』


 思考が纏まろうとしていた時、リュウは、側にあるテレビから流れるニュースに気が向く。


(ん?)


 家電屋の窓ガラス付近に設置してある売り物の薄型テレビで、外からでもガラス越しに覗けた。薄型テレビは何台もあり、大中小様々。全て同じニュース番組を流している。

 リュウが覗くと、とんでもない内容が流されていた。


『全世界のお兄ちゃんであり崇め尊敬される存在の〝東野(ひがしの)リュウさん〟が先程、自身の中学校を逃げ出したとの発表が政府からありました。現在リュウお兄様は行方が分かっていないという事です』


 ………………リュウの苗字は東野である。


『都内の反応を見てみましょう』


 キャスターが言って、都内でインタビューを受けている人間の映像に切り替わった。


『リュウお兄ちゃんがいなくなって、どう思いますか?』


 インタビュアーが茶髪の中年女性にマイクを差し出す。女性は泣きながら答える。


『お、お兄さんが心配で心配で、胸がいっぱいです……』


 次に杖をついた高齢男性の映像に切り替わる。男性は眉間にしわを寄せて答える。


『いまや全世界の人々がリュウお兄たまの妹だというのに、全く学校側は何をしているだ!もしリュウお兄たまに危険があったらどう責任をとるつもりだ!』


 最後に20代前半程の女性の映像に切り替わる。女性は頬を紅潮させて答える。


『こ、これ考えてみればチャンスですよね?私がリュウにぃを捕まえて監禁してぐっちゃぐちゃに犯し放だ……』


『お、おい何言ってるんだお前!ちょ、カメラ止めろ!』


 叫び声が聞こえて、慌てたように画面が変わる。再びキャスターが映し出される。


『これを受け実の妹であり〝世界を統べるナンバーワン妹〟である東野ミカさんは、特殊部隊〝お兄ちゃん大好き警察〟を派遣。失踪予想区域を捜索中との事です。海外の国々でも今回の事件を重く受け止めており、早急な発見が望まれています』


 そう言ってここで、ニュースが終わった。


「………………………………………はぁ?」


 リュウは、率直な気持ちを吐露した。

 因みに言うまでもなくニュースに出てきた人物達は赤の他人である。会ったことは一度もない。


「………………………………………………」


 そしてリュウは、恐る恐る後ろを振り返った。


「ちょっと、あれってお兄ちゃんじゃ……」


「え、やっぱりあれって……」


「どうしよ、お兄ちゃん大好き警察に連絡を……いやそれよりも俺が……」


「きひ、きひひ、にいにぃぃぃ……好きぃぃぃ……」


「あ、アタシが兄貴を捉えて監禁しちゃえば……ぐへへ……」


 理由は、ただならぬ視線を感じたからだ。


「………………………………………………」


 繫華街にいる全ての通行人達がリュウに危険な視線を向ける。

 集まった視線を受けてリュウは、「やべえ」と血の気の引いた表情になって、


「「「「「「「「「「「「「「「「――――待っておにいちゅわわああああんん‼‼」」」」」」」」」」」」」」」」


「――――う、うわああああああああああああああああああああああああああああッッ‼」


 リュウは一目散に近くの路地裏に逃げた。自称妹達の通行人大勢、リュウの後を追ってくる。

 このように、なんと学校の外でも人々はリュウの妹と認識していた。


 取り合えず悪夢だ、そうこれは夢なんだ、とリュウは願いながら細道を行く。吐きそうになりならも走る。駆ける。

 息を切らして、細く狭い一本の路地裏をかき分けるように急ぐ。後ろを振り向くと切迫と欲望をかき混ぜた表情の人々が雪崩のように押し寄せてきている。

 それはもう、うじゃうじゃ来ている。


「おいにちゃんだいしゅきいいいいい!」


「行かないで!俺達と〝イケナイコト〟しようよおおおおおおおおおお!」


 涎をこぼして喜び叫んで追ってくる人々。


「ひ、ひいぃ!だ、誰か助けてーーーーーッ‼」


 涙をこぼして泣き叫んで逃げるリュウ。

 まるでゾンビ映画のようなこの状況。

 がしかし、リュウ目の前に黒スーツで大男の大群が迫ってきたことによりエンディングを迎えようとしていた。


「―――っ、おい!リュウお兄ちゃんがいたぞ!」


「そこを止まれリュウお兄ちゃん!我々はお兄ちゃん大好き警察だ!」


 そう名乗った大男達(校長室で見たSP風の格好の奴ら)が道を塞いでしまう。リュウは足を止めた。


「え、ちょっ、マジかよ⁉」


 後ろからはゾンビのような自称妹集団。そして前方を塞ぐのは、


「観念して我々と同行してもらおうか。リュウお兄ちゃん?」


 校長室で腹パンを喰らわしてきた、SP風の大男の集団だ………。


「………………………あ、あはは…………やばぁ」


 リュウは力なく笑って、


(こ、これ終わった……)


 悟った。自分の貞操の終わりを。ガックシ、膝から転げ落ちる。

 嗚呼、これから自分はどうなってしまうのだろうか。何をされるのか。一体どちらに、後ろと前のどちら側に捕まってしまうのだろうか。考える。考えるが分からない。

 ただ分かることは、多分、ただじゃ済まないよなぁ、という事だけだ。


「ぎゅきゅくふへへへへへへへへへへへへへっ、リュウお兄ちゃぁん…………」


「あはは、挟み撃ち、だあねぇ………」


「お・い・つ・め・た!」


 ねっとりした口調で一歩、また一歩と両勢力が詰め寄ってきている。

 後ろにも前にも大勢の人々。逃げ場はない。

 万事休す。そして。


「「「「「「「「「「お兄ちゃんつーーーかまーーーえたーーーっっ‼」」」」」」」」」」


 と、前方後方が挟み撃ちで一斉に飛びかかってきて、リュウの終わりが確定した。


「―――――リュウこっち!」


 突然、聞き覚えのある声が聞こえたかと思えば、横にあった建物の裏戸が開いて、そこから伸びてきた手がリュウの腕を掴んだ。


「えっ、ってウワッ⁉」


 そのまま、リュウは裏戸の向こうへと連れ去られて、バタン、扉はしまった。


「何⁉お兄ちゃんが⁉」


「お、追え!」


 大男達と通行人達が急いで裏戸に駆け付ける。そして勢いよく開くが、


「――――いない、だと⁉」


 ………………リュウは、遠くへ逃げていた。


 ☆


「はあ、はあ……ここまで来れば大丈夫かな。怪我はないリュウ?」


「ふぅ……うん、ありがとう。マジ助かったわ」


 奇跡的に危機を脱したリュウ。全速力で繫華街を後にして、取りあえず自宅の近所にある公園へと移動していた。

 どの町にもありそうな公園。西と東にある二つの入口、滑り台などの遊具、トイレなどには人影はない。平日の昼間なので当然である。リュウはそれを見越してここに避難してきた。

 リュウはベンチに腰掛けている。そしてその隣に、先程助けてくれた一人の女子がいた。


「しっかしホントに危なかったぁ。ナツミがいなかったら今頃どうなっていたか……」


 呟いて、リュウが空を見上げてため息。ナツミと呼ばれた女子は「全くね」と頷く。


「アタシがたまたま午前中体調が悪くなって、一時間目から保健室で寝てて、そのあと学校を早退してなかったら今頃…………アタシに感謝してよね?」


「あ、確かに今日は見なかったな!ホントお前が来てくれて嬉しかったわ!体調悪いのにサンキューな!」


 ナツミが不機嫌そうに説教して、リュウが苦笑いで御礼をする。

 ナツミはリュウと同い年であり家が近所にある。幼い頃から二人でよく遊び、幼稚園から中学までずっと同じクラス。俗にいう幼馴染である。整った顔にサラサラの茶髪セミロング。スタイル抜群で成績優秀。品行方正で、ついでに空手部部長で運動抜群。そして、


「ちょっ、べ、別に!アンタが捕まるところを見逃したら夢見が悪くなりそうだったから助けただけだから!アンタのこと好きとかじゃないから!か、勘違いしないでよね!」


 赤面しながら必死に言い訳する、『webで調べれば数百件はヒットしそう』な、コッテコテのツンデレキャラである。


「にしても、学校だけじゃなく全国でオレの事お兄ちゃんって……。大好き警察?ってヘンタイ集団も怖すぎだし…………ああもう!どうなっちゃったんだこの世の中!」


 頭を掻きむしるリュウ。その叫びに対してナツミが溜め息を吐いて落胆する。


「まさかとは思ってたけど、何も知らないみたいねリュウ。この状況の事」


「…………まじか、じゃあお前は知ってんのかよ?」


「ちょっとだけだけどね!仕方ない、今から教えてあげる!」


 そう言って、ナツミがベンチから立ち上がってリュウの目の前に仁王立ち。見下しながら説明する。いや何故立った。


「――――今日、リュウが学校に来る前、つまりホームルームの前に〝校内放送〟があったのよ」


「校内放送?どんな?」


 リュウが聞く。ナツミがまた溜め息をついて。


「それが何とミカちゃん、アンタの可愛い可愛い妹から」

「……はあ?」


「まあ普通そんな反応するわよね。アタシもそうだったし」


 ナツミが何度も頷く。


「それで、ミカはなんて話したんだ?」


「そうね、一言一句同じ事を言うと『こんにちは、この度校長になりました東野ミカです。これから皆さんには私のお兄ちゃんの妹になってもらいます。いずれ世界中の人間もそうなってもらいます』って話したの」


「………はあ?真面目に話せよお前」


「いや本当にそう言ったの‼噓なんかついてないわよ‼信じられないかもだけど‼」


 怒り出すナツミ。そんな馬鹿な、ふざけてる訳ではないらしい。いや、そんな馬鹿な。じゃあミカは本当にそんな事を?

 と考えていたリュウはハッと思い出す。

 いや言ってたな。校長室で椅子にふんぞり返って『学校の皆を妹にした。いずれ世界中もそうなる』とかなんとか。

 ナツミが説明を続ける。


「そしてミカちゃんがそう言った後に、〝音源〟が流れたのよ。凄い大音量でね」


「おんげん?」


「そう、ピアノの音と一緒に機械音声の歌が聞こえてきてね?ほら、ボカロみたいなロボットっぽい声の」


「あーあれか。どんな歌詞だったん?」


 ミカがゴホンゴホンと咳払い。どうやら歌ってくれるらしい。



「えーと、確かこんな感じ。いくわよ


 ―――東野リュウをお兄ちゃんは~貴方の~お兄ちゃん~♪

 貴方は~ブラコン妹に~なるのよ~大好きに~なるのよ~♪

 らららのら~らららのら~リュウお兄ちゃんラブ~あと私に従え~♪

 I love older brother forever~ブラコン妹にな~れ~よ~♪―――


 ……………………大体こんな感じよ。分かった?」



 歌い終わって、ナツミがリュウに聞いてきた。


「お前ふざけんなよ」


「いや違うわよ!ホントにこんな歌だったのよ!」


「いや、いやいやいやいや!」


「本当なんだって!しかもこれ聞いた途端なのよ?皆あんな状態になっちゃったの!」


「え、マジかよ?」


「そうよ!多分その音源がヤバいのよ!きっと怪電波か音波が脳に直接なんかして、洗脳しちゃってるのよ!」


「そ、そんな馬鹿な事………え、じゃ、じゃあ町の人とかもその音源を聞いたって事かよ⁉いやいや、んな馬鹿なぁ~」


「多分午前中に流したんでしょうね。だからこの状況は、どういう方法を使ってかミカちゃんが洗脳出来る音源を発明して、ウチの学校から全世界に至るまで色んな場所で流したのよ!」


「……………そんな事あるぅ?」


 リュウはシンプルに感想を述べた。

 信じられるわけないし、理解が追い付かない。

 がしかし、確かにミカが校長室で放った出来事は現実のものとなっている。学校で、繫華街で、更にはTVの向こうで、自分を兄と慕う妹達…………。


(…………あ、あれ?や、やっぱり本当なのか、な?)


 リュウは渋々そう考える。


「え、えっとじゃあ、オレはこれからどうすれば?やっぱ警察に連絡するとか?」


 尋ねたリュウに、指をさしてナツミが怒りだす。


「馬鹿!警察だって洗脳受けてるに決まってるわよ!捕まって終わりよ!」


「じゃあどうしたら」


「あーそうね、まあ取り合えずアンタの家に行くしかないんじゃない?」


「オレん家?」


「アンタの家の、ミカちゃんの部屋に入るのよ!もしかしたらこの状況を打開する情報があるかもしれないでしょ!それを探すの!」


「あ、なるほどな!まずは情報収集って事か!さっすが成績上位者!」


「ちょっ、や、やめなさいよ馬鹿!褒めたってそんな、そんな嬉しくないんだからんね!………………あ、で、でも偶にはそうやって褒めてくれても……………いいんだからね!」

 と、火照った顔でモジモジしだすツンデレ。


「よし!じゃあ早速行くか!」


「いいけど、その前に私の家に寄ってかない?アタシさっき走って疲れたわ。鞄も置きたいし、一回休憩してから敵の本拠地に向かいましょ。お茶とお菓子出すし」


「お、そうか?まあそういう事ならそうするか!」


 了解して、そしてリュウは思った。


(一時はどうなるかとヒヤヒヤしたけど、ナツミがいてくれて良かったぁ~。頭が良いし頼れるな~ナツミは。しかし、音源を聞いたらオレの妹だと思い込むってどういう事だよ!)


 そうリュウは思って。


(ナツミが聞いたっていうあの歌もぶっ飛んでたなぁ。ミカはどういう気持ちであの歌詞を作って…………)


 そう思って、


(………………………………………………………………………)


 そしてボーっと立ち尽くす。



「ん?どうしたのリュウ」


 首を傾げるミカ。

 リュウはそんなミカの不思議そうにする顔を眺めて、疑問に感じたことを尋ねた。


「―――そういえばお前、音源聞いたのに何で普通なの?」


「………………………………………」


「え、聞いたんしょ音源?だからあんなにちゃんと歌えてたんだよな?何でお前は洗脳受けてないんだよ?」


「………………………………………」


「つうか、待てよ?お前体調不良で早退したのに、何でそんな元気そうなんでよ!さっきだってバリバリオレと全力疾走たし!」


「………………………………………」


 ミカは、何も話さない。


「仮病、使ったのかよ?いつも優等生で皆勤賞のお前が?」


「………………………………………」


 立ち上がるリュウ。ミカは、何も話さない。


「…………なんか、言えよ?」


 リュウが呟き、


「アタシね、リュウの事、大好きなの。愛してる。物心ついた頃から」

 ナツミが、何故か突然の告白をし出した。


「……は?」


「いつも強く当たってばっかだけど、でもこれは素直になれないだけなの。本当は心の底から愛してる。本当よ?」


「いや……は?」


 理解が追い付いてないリュウは、目をかっ開いてナツミを見る。ナツミもリュウの目を覗いている。


「この気持ちはどんなことがあっても変わらない。そう、どんな事があってもね?」


 ごくりとリュウは、唾をのんで、



「例えリュウの妹になったとしても」



 ――――ナツミが笑みを浮かべた瞬間に逃げ出した。

 ――――のだが、失敗に終わる。


「痛ったあああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼」


 ナツミがリュウの脛を目掛けて、空手部直伝の蹴りをお見舞いしていたからだ。

 激痛に左の脛を抱えて倒れこむリュウ。その場を転げまわる。痛い、尋常じゃなく痛い。あ、ああこれは痛すぎる。


「バレちゃったかぁ…………――――ねえ、将来結婚しようね。アタシ、一軒家に住んで、子供二人と一緒に楽しく暮らすのが夢なの。ねえ、絶対そうしようね?リュウお兄ちゃん?」


「痛っ、あ、痛てえ………痛てえ……………ッ‼」


 ナツミが、痛がってるリュウを見下す。


「立っておいてよかった。アタシ、空手では蹴り技が得意だからさ?リュウが逃げ出しそうになった時いつでも繰り出せるように途中から立っておいて良かったわよ。あ、保健室にいたのも作戦の内よ?まずリュウお兄ちゃんがこの異常事態に狼狽えるでしょ?そしたらアタシが状況を説明してあげる。ほら、『アタシは味方だよ』ってアンタに安心させる為にさ」


「はあ………はあ…………お前、だまして……………」


「まさか三時間目に逃げ出すとは思わなかったけど、まあ、仮病で早退して見つけられたし。結果オーライよね?」


 優しく微笑みながらナツミが右足を上げる。リュウを踏みつけようとする体制だ。


「じゃあ、取り合えずアンタを気絶させてからアタシの家に連れていくわ。そしたらそのあとは…………………良いこと、するわよ♡ふふふ、ちょっと照れるなぁ」


「ちょ待っ、やめ………!」


 リュウの必死の静止を待たず、ナツミは足で思いっ切りリュウの腹に踏みつけた。


「――――ッ!」


「させるかあ!」


 かと思われたがしかし、ベンチの近くの茂みからなんとSP風の大男が飛び出し、ナツミにタックルをかました。その勢いのまま二人が数メートル飛んでいく。


「ッ、この!離せ!」


「リュウお兄ちゃんに危害を加える者は許さん!」


 どさりと倒れこみ取っ組み合う二人。


「おい誰か来てくれ!お兄ちゃんがいたぞ!」


 大男が公園の西側入り口の方にそう叫ぶ。するとそちら側からぞろぞろとSP風大男軍団が。


「いたぞ!リュウお兄ちゃんだ!倒れているぞ!」


「よし、捕まえろ!」


 そう言って軍団が、こちらに駆け寄ってくる。ヤバい、このままでは捕まってしまう。またしても大ピンチ。早く、早く立ち上がって、そして遠くへ逃げなければ…………。


「う、うおおおおお‼こ、根性ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおっっ‼‼」


 激痛が走る左脛。それを持ち前の我慢強さ、そして分泌されるアドレナリンでなんとか立ち上がり、そのまま痛みに耐えながら東側の入り口へと走り出す。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ‼‼」


 全力を振り絞るリュウは、そのまま速度を上げていき公園を後にした。


「いや、いやああ!待って!!アタシの結婚相手が逃げる‼いや‼いやああああ‼」


 リュウの背後から、ナツミの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。しかしリュウは振り返らない。

 そのままリュウは自分の家へと走る。いつもの帰路を、今日は死に物狂いで駆け抜けていく。

 前方に自分の家が見えてきた。後ろを振り向く。あの大男達は見えない。振り切れたのだろうか。


(くっそ、足が痛てえ!マジで悪夢じゃないのかよ………くそ!)


 これが現実であるのだといやいや再確認させられ、次第に脛の痛みが大きくなってくる。リュウは左足を引きずって家の玄関を開け、そのまま飛び込むように中へと入った。


「た、ただいま……」


 言ってみるが、返事は来ない。家には誰もいないようだ。こんな状況で正直、心細い心境で両親には会って安心したい気持ちだったが、そんな弱音は言ってられない。


「はあ……はあ……取り合えず、ミカの部屋だ………」


 リュウは息を整えて、ゆっくり二階へと続く階段を上る。リュウの家は四人家族であり、両親は一階に、リュウとミカは二階に自室がある。

 ゆっくり、痛みに耐えながら上り切って、そのままミカの部屋へと転がり込む。

 ミカの部屋は程よく掃除が行き届いており、これといって変な物はない。テレビにテーブル。勉強机に、その上に設置されているパソコン。ベットの上にはぬいぐるみと、本棚には少女漫画やファッション誌。『万人がイメージする女子の部屋』といった印象だ。


(調べるとしたらなんだ?怪しいのはパソコンか?)


 リュウはパソコンを立ち上げる。数秒かかって画面が明るくなるが、


(あ、くそ!あの野郎パスワードなんか掛けやがって!)


 適当にミカに関連するキーワードをタイピングするが、当然画面には『パスワードが間違っています』の一文が。


「クソ………クソ!」


 パスワードが分からないのではこれ以上は無駄だ。リュウは電源を切った。そして、振り返った。



「――――やっほー、リュウ君」



 ミカがいた。ドアの前に立っていた。いつの間にかいた。


「ぬうあ⁉み、ミカ⁉お前なんでここに、」


「…………お兄ちゃん大好き警察」


「「ハっ!」」


 そして、ミカの後ろからSP風大男が二人部屋に入ってきて、リュウの腕をがっちり捕まえた。


「う、うわ!や、やめろ離せ!」


 暴れるリュウ、だが掴まれた両腕は振りほどける気配がない。完全にホールドされている。


「あはは、リュウ君の逃亡劇もこれで終わりだね?」


「ミカ、お前………っ!」


「あ、リュウ君が聞きたいことは分かるよ?何でこんなことしたのかっていう動機でしょ?あ、あとはこの状況をどうやって作ったかもか」


 ミカが抑揚のない声で発する。


「じゃあまずこの状況についてだけど、これはもう簡単だよ。私が発明した『東野リュウをお兄ちゃんと思い込んじゃおうCD』を実験として校内放送で流して、今度は市町村、県内、国、海外に散らばっている、予め音源を聞かせて洗脳した私の下僕集団〝お兄ちゃん大好き警察〟に流してもらったの。こうして、今や全世界の人間がリュウ君マジLOVEの妹ちゃんになっちゃってるわけ。理解できた?」


 ミカが首を傾げて尋ねる。


「そんな事って……」


「ははは、出来るわけないと思うよね?普通。でも出来たよ、〝愛の力〟でね。TV観てない?」


「…………愛の、ちから?」


「ああそっか、まだ言ってなかったか。私がリュウ君のこと家族としても異性としても滅茶苦茶に愛してるの。まあこれはいいや、今回の動機について説明してあげる」


 いや、いやいやいや待て待て待て。そんなサラッとスルーしていい内容じゃない。いま、実の兄を愛しているとか気持ち悪いこといって。


「動機も単純だよ?小さい頃から夢だったの。全世界の人間がリュウ君の妹になって、リュウ君をお兄ちゃんとして愛し、敬ったら。それは平和で素晴らしい世界だなと思ったからこうした。それだけ」


 ミカが、完全に置いてけぼりのリュウに話した。


「……………は?」


 何を、話しているのか。リュウにはさっぱり分からない。なんだその子供じみた理由は。は?


「さてと。私これからに後処理とかあって色々大変なんだよね。だからリュウ君には……」


 しかし、啞然としているリュウにミカは気にもせず、まるで愛しきフィアンセを眺めるように歩み寄ってきて、目の前に立ち止まって、そして、


「ちょっと、チクっとするかも♡」


 ……………胸ポケットから注射器を取り出した。


「お、おい!なにする気だ!」


「大丈夫、暴れないで。何も心配いらないから♡」


「ちょ、ちょ!待った!待った!なんだその注射器!やめろ!」


 激しく抵抗するリュウを、しかし大男達がガッチリ抑え込む。


「だーいじょうぶ♡だーいじょうぶ♡」


 そして、ミカが子供をあやす母親の様に甘い囁きを耳元にして、そして腕に。


「や、やめ、」


 ――――――ブスリ、刺す。


 ☆


「ンナハッ⁉」


 そしてリュウは目覚まし時計の音と共に飛び起きた。針は7時を指している。

 窓からはカーテン越しに日差しが入り込んできており、今が朝である事をリュウに伝えた。


「…………………………」


 部屋を見渡す。別にいつも通りの自室。変化はない。

 リュウは体のあちこちを摩る。別に痛む箇所はない。目覚ましを止め、カーテンを開け、窓を全開にした。そして朝の日差しをモロに受け、爽やかな涼しい風を感じて。はぁ、と一息つく。


「いや夢オチか~」


 リュウは、窓枠にへたり込んで一安心した。

 いや良かった。本当に良かった。きっしょく悪いあんな出来事が夢で。本当に良かった~。


「いや、そりゃそうだわ。あんなアンポンタンな事ある訳ねぇわ。いやぁ焦った焦った」


 一頻りに呟いて、それから学校へ行く準備を始める。制服に着替え、一階に降りて洗面台で顔を洗って、歯磨きをして、そしてリビングへと向かう。

 リビングには制服姿のミカが一人、テーブルで食事を摂っていた。両親は見当たらない。


「お、ミカおはよ~」


「…………おはよ」


 リュウはいつも通りミカの前に座る。テーブルにはリュウ用の朝食が用意されていた。


「なあ、父ちゃんと母ちゃんは?」


「…………部屋だよ」


「え、ああそう。部屋」


 黙々と食べる妹。いつもならこの時間、両親はいつもリビングにいる。さては昨日喧嘩でもしたのか?それともさっき?なんて考えながらも、でもそこまで気に留めずリュウはパンを頬張る。


「あ、そういえば聞いてくれよ~今日変な夢みてさ~」


 リュウがただの雑談気分で、なんとなく夢の内容を語りだす。


「なんか学校いったら校内の全員、オレの妹って事になんてたんだよね~。馬鹿みてえだろ?全校生徒だけじゃなくて先生とかも『お兄ちゃん~』とかいってくんの。キモくね?授業もなんか変だったしさ~」


「……………………………………………………………」


「そんで学校の外に逃げたらさ、なんか町の人とかも妹になっちゃっててさ。テレビとか見たら世界中でそうなってるっぽいのよ?」


「……………………………………………………………」


「んでさ?なんか黒スーツ着たマッチョ集団にも追われてさ?万事休すって時にナツミに助けてもらってさ?ナツミが言うに、ミカが黒幕っていうんだよ。でもナツミも実は妹としてオレの事襲ってきてさ?いやあれは怖かった。シンプルにホラーだったわ」


「………………………………………………………」


「そんでやっとの想いで家に帰ってきてさ。取り合えミカの部屋に入ったんだけど、そしたらお前が黒スーツ引き連れて追ってきたんだよ!そしてら最後、お前がなんか意味不明な事言い出したかと思えば、注射器取り出してオレの腕に刺したんでよね~~~。ヤバくない?」


「……………………………………………………………」


「いやあ、マジ夢で良かった。ミカの動機とかもいまいち理解できなかったし、つか赤の他人からお兄ちゃん愛してる~とか言われるのキモすぎ。いやまあ実の妹でもキモいけど」


「……………ふーん、そうなんだ」


 話を終えたが、いまいち反応が薄い妹。なんだろう、機嫌が悪いのだろうか。


(いや、こんな話を実妹にすればそれりゃあこうなるか。何ベラベラ言ってんだろオレ)


 リュウはバツが悪そうにパンを食べ終えて、コップに入った牛乳を一気に飲み干す。


「――――――夢だったと思っているんだね」


「え」


 ―――――ガチャ。


 ミカが何か呟いたと同時、リビングのドアが開く。そこに両親の姿が。


「「リュウ」」


「あ、二人ともおはよ~。部屋にいたらしいけど、どうしたん?」


 リュウが聞く。二人は並んでドアの前に棒立ちである。


「お母さんはいつも思ってるんだよ?リュウはね、お兄ちゃんなんだって」


 母がそう言う。


「え、なに急に?それそうじゃん」


「お父さんはいつも思ってるんだぞ?リュウはな、お兄ちゃんなんだって」


 父がそう言う。


「ん?いやだから何なの?そんなの当たり前じゃん。オレはミカの兄で…………」


「「…………………………」」


 黙って自分を見つめてくる両親。その顔は、紅潮している。だが何というか、愛しの我が子を見るような表情ではない。これは、何というか。


「……………………」


 そして、その表情を見て思い出す。


(夢に出てきた奴らも、あんな顔してた)


 自分に変態じみた好意を寄せてきた、あの自称妹達も、こんな顔をしていた。




 リュウは、ふとミカの表情をみた。





「――――あはは、やっと、気が付いたの?」


 笑っていた。まるで夢で注射をした時のような、欲望むき出しの笑みをしている。


「まさか、おいおい嘘だろ。いや、じゃ、じゃああの夢は全部……………」


 両親が、歩み寄って来る。


「リュウ、お兄ちゃん」


「リュウ、お兄ちゃん」


 一歩一歩、愛しい我が子へ近づいてくる。


「「リュウはお兄ちゃん。ミカのお兄ちゃん。…………………―――私達のお兄ちゃん」」


 我が子を〝兄〟だと思って、近づいてくる。


「や、やめろ、こ、来ないでくれ…………」


 部屋の隅に逃げるリュウ。ミカは、それはニッコリと眺めている。


「やっと夢が叶ったよリュウ君。全人類のブラコン妹から愛される気分はどう?私は同じ考えの同志達が出来て嬉しいよ」



 小さく呟くミカの声は、リュウの耳に届かない。


「リュウお兄ちゃん。大好き。ぐへへ」

「リュウお兄ちゃん、大好き。ぐへへ」


「や、やめろ、来るな……」


 段々、両親が近づいてくる。もうそこまで迫ってきている。



「リュウ君。いや、リュウ君お兄ちゃん。私は、いや全世界の私達ブラコン妹は、貴方のことを愛しています」



 ミカが、小さく小さく呟いて、




「―――――来るなァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああッッッ‼‼‼‼」




 リュウの悲鳴がそこら一帯に響いた。


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