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松田 寛治
わしャ、元プロレスラーで現在は、参議院の国会議員にまで登りつめた『燃える鉄人』ストロング伊達が好きでのう。 もはや好きなどは通り越して、憧れよのう。なぜかと言えば、強い。やたらめったら、ただ強え。それだけでええんや。強い奴は偉い。その見本みたいのがストロング伊達だからのう。
現役を退いてもストロング伊達の勇士は、今でも鮮明に記憶している。
わしがブラウン管の向こうに映る『燃える鉄人』を見て衝撃を受けたのは、確か、小学校低学年の頃までさかのぼる。 どんなピンチになっても、怒りの鉄拳を振る舞い、延髄蹴りという後頭部へのキックでぶちのめす。打撃だけじゃねえ。コブラ固めや、卍ツイストといった必殺技に目を輝かせ痺れたものだ。
身体の大きな外国人レスラーを、ばったばったとなぎ倒していく。
人間山脈といわれた白い巨人も、インドの狂える虎も、黒い呪術師も、不沈艦と呼ばれたテキサスの暴れん坊も、キングコングみてえな超獣も、全部マットに沈め、三カウントをとる。勝った後の咆哮は決まって『バカヤロウ!』でのう。 小さい頃から真似したもんだ。そんな強い男に誰だって憧れるのとちゃうんか。ちなみに、わしの名前と一緒なのがええけえのう。ストロング伊達の入場曲が流れると、必然たぎってくるんや。
祖父母が国策によるブラジルへの移民を強いられた日系三世のストロング伊達は、引退すると伊達寛治の名で活躍の場を政治に移し、『自由維新党』の議員として政界に殴り込みをした。謳い文句は『日本政治に延髄蹴り! バカヤロウ』だった。
わしはその頃、駆け出しの極道やったが、ちょっとした事件を起こして刑務所に服役していた。新聞で見た伊達の無鉄砲さに我を忘れ、感動すら覚えたもんよ。
国民もアホでのう。ちょいと顔の知れとる芸能人や有名人を政治家にしよる。そんな輩に日本を任せられるかい。
まあ、ストロング伊達は最多得票だっていうから、強い奴に一票入れたのは間違いじゃねえけどな。わしなんて十票入れたからな。選挙権やと? 人権は、塀の中にもあるわい。
強いと偉い、偉くなったら強いんや。
まるでヤクザの縦社会を駆け上がっていくような姿に、自分を投影し、尊敬と敬意が溢れた。わしもこの裏社会で、ストロング伊達のようにのし上がれると信じてるわな。殺人ほう助だかってくだらねえ罪で務めにも出とるんやから、当然やろ。
しかしまあ、まったく面倒なことになっちまった。どうしたもんかのう。
わしャ、組のシノギの為、片道切符で実家のある網走へ向かっている。
ロシアのマフィアが密漁したアブラガニをトレーラー丸ごと一台分買い取る。だから、行きは乗ったこともねえドリーミントだか、ドリーファンクジュニアだかのバスに乗っていたということだ。
帰りは、カチカチに凍った大量のアブラガニと一緒に札幌へ戻り、裏市場へ卸す。
それだけで諸経費を差っ引いても、二億ほどのカネが転がり込む。ロシアンマフィアの連中は、現金での取引きが鉄則だったから、このアタッシュケースには一センチ一ミリの束が六十個、六千万ほどの札束と、万が一の為にチャカ一丁とわしの下着が詰まっている。ざっと勘定しても、三倍のカネが舞い込むことになる、ボロいシノギやで。
気合を入れる為にパンチを刈って五厘の坊主にしたった。 いざって時に、髪を掴まれたら厄介やからのう。耳を掴まれるって? 知らんがな。
アブラガニってのはよ、タラバガニとほとんど遜色、見分けのつかないカニのことだ。
内地の観光客がこぞってタラバガニと勘違いしてカネを落としていってくれる海底資源、つまり銭やな。十年ほど前に、大手デパートがタラバガニと装い、偽装問題として話題になったことはよく知られているはずだ。
タラバとの違いは、背中の甲羅部分の突起が多いだか少ないだか、味噌が脂っこいだの、茹でる前は青っぽいだか、食ってみりゃ正直、誰も判別できるわけもない。
近年問題視された有名ホテルのレストランが誤表示をしていたことだって、芝エビとバナメイエビの区別もつかねえ消費者だ。桜エビとブラックタイガーぐらいにならねえと気付きもしねえだろう。まあ、わしなら、エビはエビだろバカヤロウって、突っ張っねて終わりにするけどな。申し訳ございませんでした、と謝らせる風習はどうにかなんねえもんかのう。まァ、わしは謝るくらいなら、逆ギレして、タイガードライバーでもぶちかまして、ど突きまわすけどのう。
カニに至っちゃ道内では、アブラガニの方が安くて旨い、なんてことになってる。
皮肉なもんよ。だが、タラバのブランドがあるから、売る方も買う方も高かろうが、油やけしてようが、なんだかんだ鼻かんだ爪かんだタラバに群がる。手前ェで獲った訳でもねえ、味もたいした遜色ねえなら納得するってもんだわな。だから、アブラをタラバとして売る、これが常識つうやつよな。アブラをタラバにしたらば、なんて笑えねえダジャレは古くからうちらの業界じゃ使ってるのよ。
ま、わしらにとっちゃ大事なシノギになるんだから、感謝してるけどよ。
暴対法だか文春砲だかのおかげで、うちのシノギも大変でな。
出所後はよ、北見の本田組の縁戚にあたる全国最大規模の広域指定暴力団、三菱組。傘下の富士重一家。そのまた傘下だが、札幌の豊田組に入れてもらった。そこの若頭に登りつめたんが、わしじゃ。今じゃ半グレだか、半ズボンだかのやさぐれ者も組織に属さねえってんで、構成員も減ってきた。
そもそも、組織の末端となると上納金が厳しい。三次団体にもなれば、美味しい縄張り(シマ)も与えられないし、上から巻き上げられるもののほうが多く、強力な掃除機で根こそぎ吸い上げられていくよう、あっという間にカネが消えていく。
カネは天下の周りものってのは、たぶん嘘だな、ありゃ。 けどよ田舎が網走で、出所後に拾ってくれ若頭にまでしてくれた豊田組には、足を向けて寝られねえんだわ。てっぺんの金看板ぶらさげてりゃ安泰だしな。名刺ジャンケンじゃあ、負け知らずよな。他力本願で文句言うなって? 組織なんてそんなもんだろが、うるせえよ。
今回、資金になった六千万ものカネも、やっとの思いでかき集めたんだ。
最後の最後、一千万ほど足りない分は、寸前の美人局の恐喝で賄うことができた。ま、強引にそうしたってのが本当のところだけどよ。
美人局の恐喝は、ニュークラ『オアシス』に身を潜め、獲物を物色していたポッキーからの依頼だった。
相手を脅すだけで、取り分の折半が報酬とのことで、即座に契約を結び段取りに入る。獲物は、美容室の経営者でカネに不自由していない様子らしく、根こそぎやってやろう、カニの取引きに足りない一千万を補填させて頂きましょう、どこぞの方の銭でな。ブレーンバスターはツープラトンのほうが効くからな、トップロープ登ってブチかましたらァ。
根雪になり始めた年末押し迫る師走の十二月下旬頃、画策した。
話を持ちかけてきたポッキーは、全国を転々としながら美人局を専門に荒稼ぎしているオカマ、ゲイだ。
ハニートラップじゃねえ、底なしでドロドロの泥罠よな。 もうオカマや同性愛者とは言わねえな、男を切り落としたニューハーフってヤツか。しかも、いい歳こいた中年を越えたおっさん。おっさんどころじゃねえ、爺に半分足がかかってるな。ま、わしも変わらんがの。
オカマだか、おっさんだかも見た目で判断すれば、そうそうわかる奴はいねえだろう。
たいした時代になったもんよ。皮膚や臓器さえ切り貼りして、若さを保ち生き永らえることができるんだからな。
整形に整形を重ね、ポッキーの原型を知っている奴なんて、この世にはいない。
もっとも被害に遭った奴も、探し出すことなどできねえわな。戸籍さえ本人のものなんて存在しねえって話だ。通り名しか知らねえだろう。甘いチョコレートを剥いでみたら、お菓子じゃなくなったようで、食べることもできなくなってしまった。心も人生もぽっきり折られる。それが『ポッキー』て通り名の由来らしい。
三年ぶりに札幌へ現れたポッキーは、品定めをし、ターゲットを鈴木に絞ったようだった。
なにせポッキーのやり口は、ヤクザのわしでも眉をしかめたくなる。財布の中身だけを頂戴するガキの遊びとはちゃう。カネを持っている奴を狙い定め、すっからかんになるほどカネを奪い、ケツに生えてる毛までむしり取る。三年前に手伝った時の富豪の爺は、その後、首を括ったらしいからな。
ターゲットの鈴木も、そこそこのカネを持ち合わせていた。
ところが、車を売り払い、預貯金を全て引出したが、こっちの都合二千万に届かなかった。クレジットカードの乱用は止められていて、現金化することができなかったのが痛い。 報酬は、奪ったカネの折半だったから残り数百万ほど足りなかった。店やマンションを売り飛ばしてもよかったが、時間もない。
そこで、鈴木から奪い取ったカネをちょろまかし、ポッキーに申告することにした。
烈火の如く、怒りをみせたのはポッキーだった。
「ふざけんじゃないよッ! これっぽっちしかない訳がないじゃないの!」
深夜三時のファミレスで野太い怒号が響いた。
他に客などいなく、静かな洋楽がかかっていたが、店員は驚いたのか、がらんとお盆を落とした。
どうやら怒った時は、本性がでるらしい。わしは落ち着かせるようたしなめ、ビールで唇を濡らした。
「ねえものは、ねえ。ケツの毛が無くなるほどやったけどよう、産毛もぺんぺん草も生えてねえ。信用してねえのか、バカヤロウ」
「だから、訊いてんじゃないのよ!」
膨らんだB5サイズの茶封筒を前に、改造人間は中身を見ずに怒鳴り散らした。
整形のし過ぎで、最初に会った頃からは雰囲気も顔も全てが別人のようだ。三年前、一緒に仕事をしていなかったらきっと、どこの誰か判別つかねえだろう。
「まあ、そう目くじら立てんじゃねえよ、老け込むぞ、バカヤロウ」
わしは煙草を咥え、デュポンライターの音色に耳を澄ます。チンッ、相変わらず繊細で優越感をくすぐる高級な音だ。
「……ポッキーは、あれか、プロレスのこたァ知らねえのか?」
「おい、話を逸らすんじゃないよ。こっちは真面目に訊いてんだ!」
吸い込んだ紫煙を、細く吐き出す。喉と肺を、優しく愛撫される。「だからよう、そいつは、信用問題じゃねえかバカヤロウ。お前とは、一度や、二度の付き合い、」
「あんた、どんだけよ」
対面に座るポッキーを、まじまじと観察してみる。
皮膚は異様な艶があり、血の通っていない人工的な作り物に感じる。表情筋の動きが普通じゃなく、歪にゆがむ。口元を捻じ曲げ、眼が吊り上がっている。どうやら仮面の下にもおかんむりってやつだな。
「近く、大きな取引きがあるそうじゃないの」
「……ほう、よく知ってるな。わしャ暇じゃねえんだよ、バカヤロウ」
ぴくりと頬が引きつった。
「あたしのカネをパクって、そいつを軍資金にするつもりじゃないだろうね」
図星だよ。中々、いい読みしてるじゃねえか。
ただな、わしは極道やぞ。世の中で一番強えヤクザ、一番強え奴が、一番偉いんや。
「おんどれのカネなんぞ知らねえよ、バカヤロウ」
苦々しく歯ぎしりをしていたポッキーが、途端、表情を消し、眼をむく。「……もし、もしもよ? あんたがパクったのが分かったら、どう落とし前つけんだい? ただじゃ済まないよ」
「おう、コラ」どん、と勢いよくテーブルに肘をつき、身体を乗り出した。「ヤクザもんに粉かけとるつもりか、バカヤロウ。調子に乗んじゃねえぞコラ」
「そのヤクザが、ちんけな真似してんじゃないよ!」
「黙れ、ボケェ。そこまで言うなら証拠あげてみんかい、バカヤロウ」
「……言うよねえ。そう、あくまでシラを切るつもりなのね。わかったわ。なら、これを見てちょうだい」
ポッキーは、おもむろに真っ赤なビニール製のコートから、スマートフォンを取りだし、指をなぞり始めた。
こめかみに青筋が立っている。血管まではさすがに、いじくり返せねえってことか、ふん。思った矢先に、テーブルの上をスマホが滑ってくる。
どうやら何かを撮影した、雑音にまみれた画像の荒い動画のようだ。
一瞬でその画像に釘づけにされ、液化窒素でもぶっかけられた気分に凍りついてしまう。見慣れたジャージの上着だけを着た後ろ姿の男が、遠目に撮影されている。バツ印のような板に磔にされ、ケツにバットを突っ込まれている。
動画はそのまま近づいて、四肢の先を映す。右足、左足の甲、左手、右手の甲から指。全ての骨を貫いて何本もの五寸釘らしきものが打ちつけられ、身動きを取らせない状態だ。
痛みの想像に、頬がひくついた。毛穴が一瞬で開き、どろりとした臭い加齢臭の混じった脂汗が噴き出してくるのがわかった。
顔のところへ画面が近づいたかと思うと、『ほら、言いな』ポッキーの声が小さな機器から聞こえてきた。顔がアップで映る。鋭利な刃物でずたずたに切り刻まれたのだろう、血塗れで虫の息のような組の若衆が口を開いた。『……す、すんません』と前置きし、『ポ、ポッキーさんには、内緒で、五百万で泣いてもらおう……って、あ、兄貴が、』画面のスマートフォンがくるりと回転して、うすら笑いを浮かべたポッキーが口角をずり上げていた。
『本当かい? 松田ちゃん』
ぞくりとして、前に座る本人を見た。
同じ顔をした化け物が冷たく、そして薄く、同じ顔をして笑っていた。どんな悪役外国人レスラーよりも恐ろしい面だった。
「本当かい? こいつの言ってることは。あんたの言ってることと、随分違うようだけどさ」
わしは悍ましさに少しの間、声も出せず震える手でビールを運び、不利になってしまった状況を恨む。やっとの思いで声を絞り出せた。
「……手前ェ、うちの若いもんになにしてんだ、コノヤロウ、」
正直言えば、怒りじゃねえ。恐怖だった。
「あんたが悪いんじゃないの? こそこそピンハネなんかしちゃってさ。さあ、どうしてくれるんだいッ!」
「う、うちの若いもんを解放してからだ、バ、バカヤロウ」
「どおんだけええええ! あんたねえ、自分の立場わかって言ってんのかい? このガキを拷問しなけりゃならなくなったのは、あんたのせいじゃないかッ」
言葉もねえ。ポッキーの恐ろしさは、わかってるつもりだった。そう、だった、のだ。
甘くみてしまった自分を呪いたい。だが、畜生、わしはヤクザだ。面子が大事だ、頭は下げたくねえ。いいや、死んでも下げねえ。
「ふ、ふざけんじゃねえぞ、コラ」
「契約は不履行。ただ、そうだねえ、ひっくるめて二千万で手を打ってあげてもいいわよ」
「て、手前ェ! それじゃあ、うちの取り分が、」
「寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ。総額、耳揃えて返しな!」
「……あ、足元見てんじゃねえぞ、バカヤロウ」
「鈴木同様、あんたらも高くついたようだね。最初から折半してりゃいいものを。ポッキー様を敵に回そうなんざ、火傷どころじゃ済まない、火だるまになって、跡形もなく消えちまうっての忘れたのかい? 百万年早えんだよ!」
藻岩山で見つかった惨殺死体のことを思い出していた。
生きたままバラバラにされた身体、口に自分の陰茎を咥えさせられた惨い様は、ポッキーの仕業って有名だ。肌があわ立つのは、気のせいじゃなかった。
「……わかった。い、五日待ってくれや」
ポッキーは無言のまま、睨みを効かしていた。猫に追い詰められるネズミになった気分だ。「でかい取引きや。い、色つけて三本にしてもいい」
旨そうなチーズを差し出す。ぴくりとも動かない人造人間は納得していないのか、まるで蝋人形とでも対峙しているようだった。息すらしていないのかと錯覚する。
わしは動揺を悟られないため、煙草の先に伸びた灰を落とす。わしとしたことが小刻みに震えていた。
吐き出す言葉も見つからず、永遠にも感じる不穏な空気に呑みこまれた。
重い沈黙を裂いたのは、ポッキーだった。「……三日後の午前十時までに、三千万」
「……お、おい、それじゃ 」
「それ以上譲れないし、待つ気はないよ。あのガキは預かっておく。死なないように点滴しか打たないけどね。見殺しにする兄貴分が、この世界でやってけると思うかい? 噂なんて、すぐ広まるもんだからねえ」
「……手前ェ」
苦虫を噛み、そう言うのがやっとだった。
「あたしからは逃げられるもんじゃないからね。ここの勘定は、あたしが払っておいてあげるわ、それじゃ、三日後。じゃあねんッ」
投げキッスをし、中指を立てウィンクをしてよこす。こ汚ねえ、そんなもんいらねえんだよ。
去っていく真っ赤なコートは、人間の中に誰にでも流れる血を連想させた。だがポッキーの血は、緑色じゃねえのかと思うほどだ。
店内にかかる洋楽がうざかった。
どうするか。若い衆は、どのみち殺される。いや、もう殺されている可能性のほうが高い。人の命なんて、銭より軽いと思ってるポッキーのことだ。今回は、最初から折半のつもりなどなかったのかもしれない。
わしとしても、三日後に三千万と強引に押し付けられた。 網走くんだりまで行って、カニの仕入れをするのは、四日後。戻ってきてカネに換金できるのは、早くて五日後。どのみち、でかいカネを作ることはできない。期日を延ばしてもらう余裕も交渉も、あの化けもん相手には無理だろう。
カネか、命か。銭か、人間か。術か、筋か。
ふと、可笑しくなった。なにを躊躇っとるんじゃい、わしは極道、ヤクザじゃねえか。
暴力のプロ、それで飯を食ってきたじゃねえか。傲慢に立ち振る舞い、そこどけと人が避ける道を闊歩し、威圧と怒号で屁理屈を押し通し、怒鳴り、殴り、威張り散らしてきた、天下無敵のヤクザじゃねえか。ヤクザ人生のほとんどが刑務所の中だったけどよ。
やる前から、やられること考えるヤクザがどこにいるんだ、バカヤロウ。
上等じゃい、若い衆には死んでもらおう。若頭のわしの為、組の為に、命使ってくれや。
ポッキーなんぞ知ったことか。わしに噛みついてきやがった事を、逆に後悔させてやるわな。極道の怖さを思い知らせてやるわ。
いずれ無くなる短い命、世界が終ると騒がれてる、こんな時代だ。なんならわしがぶっ殺してやるけえ。銭も払わん、なにもなかったことにしてやる。どいつもこいつも馬鹿野郎じゃねえか、バカヤロウ。
強い奴が偉い、偉い奴だけが生き残る。そんなもんやろ。 今、プロレスの入場曲でも流れたら、そこら辺歩く奴らぼこぼこにしてやるとこじゃ、あほんだらァ。アスファルトにパイルドライバーぶちかまして、脳天カチ割ってやるわ。
窓ガラスの向こう、真っ暗な外に雪がちらほら降り始めていた。
暗い夜の黒を、純朴な白で染めていくようだ。白か黒かで生きてきた、わしだ。そもそも白なんてこの世にない、全てを黒に染めてきた。わしの生き方はそうだったはず。真っ暗闇の欲望をほしいがままにしてきたじゃねえか。ほとんどが刑務所ん中やったがのう。
そうやで、それでいいんや。
間のガラスには、泣きべそをかく幼い頃のわしが映っていた。
強いストロング伊達に熱狂していた頃の純粋無垢なわし。 その奥には、服役のきっかけとなった三十年前の運転手だった頃のわしがいる。ぶるぶると震え怯えるわしは、蒼白く半泣きのような顔をしている。情けない。
いつからかのう、こんなになっちまったのは。これもわしの運命っちゅうもんかのう。
まァ、面倒や、いまさら考えてもどうなるもんでもないわな。
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