2日目 胃潰瘍
──胃潰瘍か、大変だな
男はそんな事を思い、猫をパルボックスへ戻した。
働かせていた猫だが、少ない食事やリラックスできない労働環境がために病んでしまい、胃潰瘍となってしまったのだ。
──猫には世話になったが、こいつとのつき合いもここまでだ
「パルボックスの中で永久に眠ってると良い」男はそうごちる。
ちなみに男には猫を治療してやる気はなかったが、もし男に治療してやる気があったとしてもそれは叶わなかっただろう。胃潰瘍を治すには薬が必要で、薬を作るためには製薬台のようなものが必要となる。
男が猫を放逐しなかったのは、たとえゲームの中と言えどもそれは余りに非人道的ではないかと思ったからだ。
だがそれはそれとして、現在の男の技術力は製薬台を作るには至らない。
このゲームはレベルと共に技術力があがるため、レベリングは非常に重要だ。そしてレベルはパルを捕まえる事で多くのボーナスが得られる。
男はこん棒で何度も可愛い羊を瀕死にし、ボールを投げつけて捕獲した。
この羊を5匹捕まえろというチュートリアルクエストがあり、これを達成すると経験値が貰える。
羊は殺害すると羊毛や肉を落とす。この肉の腹持ちはベリーより良く、余裕がある時は集めておくのも良い。
更に、この羊は掴む事で盾とすることもできる。
しかし羊を盾にしないと勝てないような相手とはそもそも戦うべきではないので、戦術の一環として羊盾を採用するのは避けるべきだろう。
ただまあこの羊は見た目も可愛いし、殺害時の断末魔も可愛い為、男は僅かばかりのうしろめたさを抱きながらも羊殴りを楽しんでいた。
なお、このゲームは殺害といってもグロテスクでスプラッタな絵面がでてくるわけではない。
かわいいマスコットがこてんと転んだような屍を晒すため、甘な女子供にもとっつきやすいだろう。
男としてもその点はありがたいと思っていた。
可愛いパルなんだから可愛く死ねと男は思う。
仏教で「天人五衰」という言葉があるように、天界にいる天人でさえもが死の直前には汚くなったり臭くなったりして死んでいく。
死とは逃れようもない穢れなのだ。
現実でも死のほとんどは汚く、醜い。死に際して美の様なモノが宿る事があるのだとすれば、それは血肉に宿るのではなく、心意気にこそ宿る。
見た目が綺麗な死など恐らく存在しないのだろう。
勿論、パルワールドは別だ。
パルワールドでは見た目可愛い生き物は見た目可愛く死んでいく。