10日目 認識
朝、粗末なベッドで目覚めた男はパル達がしっかり働いているのを確認し、餌箱から昨晩焼いたベリーをつまみ食いした。
このパルワールドでも腹は減る。
減った腹を放っておけば飢え、体力をうしなっていく。
ただ不思議なのは、いくら飢えようと決して死ぬことはないという点である。
まあそこはゲームなので、と割り切る男だが彼は気付いているのだろうか。
自分がもうどれだけの時間をパルワールドで過ごしているかを。
それについて少しも不思議に思わない自分がおかしいとは思わないのだろうか。
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男は木造の建物の屋上に行き、パルたちをまさしく上から目線で見下ろしていた。皆がしっかり労働し、拠点の資源がもりもりとたまっていく様子には奇妙な充足感を覚える。
欲が満たされていく感覚。食欲、睡眠欲、性欲、欲にも色々あるが、そのどれにも当てはまらない何かの欲の穴が満たされていく。
これは何の欲だろうか?
男がそう思うと同時に、パルの一匹──……建物の屋上を見上げているペンギンと目が合った。
ペンギンの目の奥で媚びの細波が揺れている。
それを見た男は確信した。
この欲は支配欲だと。
小さな拠点に過ぎない。せこいコミュニティだ。しかし、小さくてもせこくても、一拠点の支配者には変わりはない。
──もっともっと拠点を大きくしたい
──もっともっともっと沢山のパルを従えたい
男の胸中で欲の焔がめらりと燃える。
だが同時に、横暴に振る舞ってもいけないと自制した。
スフィアボールで捕まえて隷属させたからといって、主人に対して絶対服従というわけではないのだ。例えばクルリス種などはその知能の高さゆえか、過去に主人を殺害したこともあるらしい。
ふと男はスフィアボールを取り出し、クルリスを解き放ってみた。
光が弾け、光子が収束し、幼児ほどの大きさ、緑色の狐とリスの愛の子のような愛くるしい姿のパル──……クルリスの姿を取る。
召喚されたクルリスはあちらこちらを落ち着かなげに見回したあと、突然何か重大な事に気付いたかのように屋上(といっても2階建のチンケな建物だが)から地上へ飛び降りていった。
何事かと男がみてみれば、ベリー畑からベリーを収穫して餌箱へ移している姿が目に入る。
そんなクルリスの姿をしばし眺めていると、不意に英気が漲った。この感覚は "レベルアップ" だ。
拠点とは不思議なもので、ただそこに突っ立っているだけで何某かの経験が溜まっていき、それが一定値に達するとレベルが上昇する。
勿論外でパルを捕まえたり、倒したりしたほうが溜まりははやいのだが、何もしなくたって経験値は溜まっていく。
「なんとなく!クロスボウが作れる気がするな」
男はそんな事を思い、作業台へと向かった。
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ややあって、作業を終えた男の右手にはクロスボウが握られていた。
こんなものをものの数分で作れるなんて、一体全体どうなってるんだ……とは男は思わない。
──それが世界の法則だから
男はそんな事を思う。
彼の賢くもあり愚かでもある特性として、分からないものはわからないものとして放っておいても全然気にならない、というものがある。
だから……
「ああ、またか」
男はうんざりした様子で建物から飛び降りた。
荷運びの作業をしていた猫が拠点と外界との境界線あたりでガクガクと震えているのだ。
男が猫のくびねっこをひっつかんで、拠点内へ放り投げると猫はすぐに再起動?をして作業に戻った。
この現象について男は「よくあるよな、仕方ない」などと思う。
しかし男の認識の中でこれは "ゲームのバグ" ではなく、日常の中のちょっとした不幸となっていた。男がパルワールドを始めた時には前者の認識でいたはずなのに。
この認識の変化が何を意味するのかと言えば……