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さよならを言うのは -義妹と過ごす5年間の軌跡-  作者: 枕元


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16/22

自分のために善人であれ

 お泊まり会から早1週間と3日。普段通りのつもりで働いてると、親方にこんなことを言われた。


「今日はなんだか、ソワソワしてるな」

「あー、やっぱそう見えます?」


 なぜって、今日は例のあの日である。


「そうか。橙子ちゃんのテストって今日からか」

「そうなんですよ。今日から明後日までテストがあって、こっちまでソワソワしちゃって」


 正直、結果がどうなるかなんて予想がつかない。


 遅れがあったとはいえ橙子は頑張っていたし、問題集の結果も悪くなかった。


 とはいえ、あまり期待はしない方がいい気もする進捗というわけで。


「すっかり保護者も板についてきたな」

「やめてくださいよ、もう。こっちは心配で仕方ないんですから」


「そういうところが、だよ」

「はぁ」


 親方の軽口を流して、俺は作業に戻る。俺が心配したって結果が変わるわけじゃない。せめて元気のつく食べ物でも作ってやるとしよう。



 ーーーー


 そんなこんなで早くも、テスト返却の日がやってきた。橙子本人はこの日を、かなり不安な気持ちで迎えたようだった。


 今日は土曜日。俺も朝から橙子をソワソワして見送ったわけだが、どうか笑顔での帰宅を願うばかりだ。


 ♪〜


「電話、先生から?」


 着信音が知らせるのは先生からの電話だった。俺はそれに一抹の不安を抱きながら応じる。


 『あ、修也君?』

 「は、はい。僕ですけど」


 『ちょっと、橙子ちゃんのことでね』


 普段よりも力の入った言葉。


 先生の声音で察する。これはおそらく良い報告ではないだろうと。


 きっと何か、問題が起きた時の前置きだ。


 一呼吸おいて、電話越しに構えて問う。


「なにが、あったんですか?」


 『それがーーーー』



 ーーーー


「ーーーっ!!!ーーーーーー!!??」


 怒声。まさにそう表現すべき大声が、目の前にある扉の奥で放たれている。


 額の汗を拭い、呼吸と身支度を整える。


 そっと覚悟を決めて、応接室と書かれた扉を叩く。


「あ、先生」

「ごめんね。本当は先生だけで解決できれば良かったんだけど……」


 扉を開けたのは鎌田先生だった。先生は申し訳なさそうに謝り、俺に入室を促す。


「いつまで待たせるつもり!?さっさとしなさいよ!!」


 先ほどまで先生に向けられていたであろう怒りの矛先は、早速俺に向けられた。俺は特に言い返すこともなく、先生の案内に従って着席する。


「ほら、さっさと認めなさいよ!お宅の子が()()()()()をしたって!」


 向かいに座るのは、感情を隠すこともせず振り回す母親と、そんな母親に隠れるように、少し俯き気味に座る女子生徒。


 橙子に向けられたカンニング疑惑。俺が学校に呼び出された理由はこれだった。


「橙子はなんて?」

「本人は否定してるわ」


「だから!!犯人が犯罪を否定するのなんて当たり前でしょ!?それともなに!?うちの子が嘘を言ってるとでも!?」

「ですから!どちらも否定なんてしてません!」


 やりとりを聞く限り、ずっとこんな平行線を辿っているのだろう。話を聞く気がない親と、どちらも否定する訳にもいかない教師という立場。


 きっと俺が呼ばれたのは先生が助けてほしいからじゃなくて、橙子が落ち込んでるからだろうか。それかもしくは、この人が無理やり呼び出しを命じて、仕方なく召喚されたか。


「本人が認めないから親を呼んだんでしょう!?こいつにしっかり指導させなさいよ!ろくでもない不正なんてさせないように!!」


 どうやら後者らしい。


 人の都合などまるで考えていないご様子。休みだったらいいものの、俺がこの場に来れない状況だったらどうなっていたのやら。


「いったい何があったんですか?」

「彼女が言うには、橙子さんにカンニングされたと」


「なによ!うちの子が嘘ついてるって言うわけ!?」

「ですから!証拠が無い以上決めつけるわけにもいかないんです!!」


 俺の問いに答えてくれる先生。その問いに反応する保護者。地獄か?先生の感じからして、やはりこのやりとりはすでに何度も繰り返されていることなのだろう。


 (それにしても、カンニングかぁ)


 そもそも経緯も詳しく聞いていない。こっちは橙子のテストの結果で頭が一杯なのだ。そこに不正疑惑などと言われても困るだけだ。


「とりあえず経緯を聞いても?一体何をもって橙子がカンニングをしたと?」

「そんなの本人に聞きなさいよ!自分自身が一番わかってるでしょうが!」


 いや、その本人はここにいないでしょうが。


「今は職員室にいるわ。修也くんなら通してもらえるから、行ってあげて」

「わかりました。では、失礼します」


 話の流れでひとまず地獄から脱することはできた。それにしても、行ってあげてと言うからには先生的には、橙子は白と思っているということでいいだろうか。


 まぁ正直、白とか黒とかどうでもいい。とりあえず橙子が変に落ち込んでなければそれでいい。


「おお、如月君。久しぶりだな」

「お久しぶりです」


 迎えてくれたのは教頭先生だった。


 職員室に入ると、見知った顔がいくつも見えた。特に親しい先生がいるわけでもないが、事情を知っている人がほとんどのため、どこか憐れみの目を向けられているような気もする。


 先生に促されて、生徒指導室へ。職員室からのみ入れるその部屋は、俺も学生時代に何度も使った部屋だ。


「橙子、元気か?」


 大人しく座っていた橙子に声を掛ける。橙子は俺に気づいて、ばつの悪そうな表情を浮かべて応える。


「元気なわけないでしょ」

「さすがに元気ではないか」


 どこか橙子から申し訳なさを感じる。呼出しを食らって面倒だと思われてると、そう感じてしまうのも仕方ないのだろうけど。


 「テストはどうだったんだ?」

 「気にするのそこなの?その、話は聞いてるんでしょ?私がカンニングしたって言われてるの知ってるんでしょ?」


 気にするも何も、だ。


 「したのか?」

 「してない」


 「じゃあ、この話は終わりだ」


 結局橙子が犯行を否定する限り、俺としてはどんなに騒ぎ立てる奴がいたとしても関係ない。


 「疑ったりしないの?」


 どこか納得いかないのか、それとも適当にあしらわれたように感じたのか。橙子は少し拗ねたように尋ねてくる。


 「しない」

 「どうして」


 「どうしてもなにも、疑う要素がないだろ」


 ただでさえ呼び出されて、その上理不尽に怒鳴られているのだ。普通にイライラしているし、その上でどちらの言い分を信じるかなど論ずるまでもない。


 「で、テストは?」

 「……ん」


 おずおずと差し出された紙には、全教科のテストの点数が記載されていた。


 (うわ、これは)


 端的に言って、かなり良くない。口には出さないが、はっきり言って酷いな。


 特に苦手だと言っていた教科については、目も当てられない。


 「言いたいことがあるなら言ってよ」

 

 拗ねたように口を尖らせて目を逸らしながら言う橙子。なるほどな。これを見せたくなくて変に食い下がってきていたわけか。


 やっぱり口に出そう。


 「ひどいな」

 「そんなはっきり言わなくてもいいでしょ!」


 少し声を張り上げる橙子。とはいえ、その声音に悲壮感は漂っていない。俺がするべき反応としては間違っていなかったようだ。


 ぶっちゃけ点数が悪いのは覚悟してたし、人生が決まる大事なテストというわけでもないのだ。橙子にとって今は大変な時期なのだ。気にはしていたが、悪かったから特別何かするわけでも責めるわけでもない。


 そんなテストの点数だが、一項目だけ特筆すべき点があった。


 「え?社会98点……?98点!?」

 「そう!そうなの!すごいでしょ?修也が覚えろって言ってたところ全部出たの!ちなみにまひるも93点!お礼言わなきゃって喜んでたよ」


 あたかも全て俺の手柄のように言うが、覚えろと言ったことを全部覚えるのも簡単じゃない。得意な科目で山が当たった結果だろうが、橙子の頑張りの結果であることは間違いない。


 「頑張ったな」

 「でしょ?ま、それでカンニングだー!って言われてるんだけどね」


 「あ、そんな流れなのね」

 「うん。あの子、すごい頭いいの。全教科学年一位のすごい子なんだけど、社会だけ私が勝っちゃったんだよね。たぶん、それでね」


 それは酷い話だ。完全な八つ当たりではないか。


 「ま、たぶんそれだけじゃないんだけどね。元から仲、よくないし」


 どうやら普段からあまり関係は良好ではない様子。とはいえ橙子はさほど深刻そうにしていないので、状況からしておそらくこれは一方的な敵意みたいなものなのだろう。


 「もう、なんかどうでもいいかも」

 「おいおい。どうでもいいってことはないだろ」


 急に投げやりになる橙子に面食らう。悪いことをしていないのに、割を食ってやる必要なんかない。なんて言葉をかけようとしたが、どうやら杞憂だったようで。


 「だってこの件で困るの、あの子だもん」

 「と、言うと?」


 「実際にあの子の言ってること、信じる子なんていない」

 「なるほどね。もう後に引けなくなっちゃってるのか」


 「うん。このままじゃあの子、間違いなく孤立する」


 どうやら橙子の味方は多いらしい。


 その子たちは信じてくれるのだろう。橙子がカンニングをしていないことに。親まで引っ張ってきてしまったあの子が嘘をついてしまっていることを。


 だけどこう大事にしてしまった以上、あの子にとってのゴールは橙子が罪を認めること以外にない。


 すでに嘘でしたなんて、言えないところまで来てしまっているのだ。


 「別に助けてあげてもいいんだけどね。他の子はこのこと、まだ知らないし」

 「へぇ、てっきりもう広がってるものかと」


 こうも信頼できる友人がいるのは、素直に羨ましいものだ。俺もこうして、積極的に周りと関わることができれば、もっとマシな学生生活を送れたのだろうか。


 そう思うと同時に、やはりあの子が哀れで仕方ない。


 「助けてやれ、橙子」

 「一応聞くけど、あの子の肩を持つつもりではないよね?」


 まさか。そんなわけあるか。俺は徹頭徹尾橙子の味方だ。


 「他人のせいで悪人になるな。自分のために善人であれ」

 「なにそれ」


 「受け売りだ。偽善でもなんでもいい。自分のために善だと思うことをするんだよ。そうすればいつか、良いことあるかもな」


 親方の言葉である。俺への教育中、何気なく放った言葉らしいが、すごく印象的で今ではすっかり座右の銘だ。


 「なんか、らしくないね」

 「言ったな?今から橙子がそれをするんだぞ?」


 「私は、らしいからいーの!」

 

 さいですか。ともかく橙子が落ち込んでいるわけではなくてよかった。これなら引きずったりもしないだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  更新感謝です!  安く薄っぺらいプライドだけどそれに頼らざるを得ないくらい己に自信とか柱になるものが無い、だから勉強とか成績とかで自分の牙城を崩される訳にいかない、みたいな所ですかね。…
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