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ギャグ短編

「回復力上げすぎたら即死魔法しか使えなくなった……」

作者: 頭いたお

 事件は突然であった。

 ようやくたどり着きし魔王城、その戦闘中に起きた。

 長き旅路がようやく終わる、そんな矢先。



 普段通りの戦いのはずだった。

 いつものように勇者が切り込み、戦士が続き、魔術師が詠唱する。

 敵の攻撃を浴びる勇者へ、僧侶はいつものごとくヒールをかけた。

 瞬間。


「あ゛゛ああ゛あ゛あ゛ぁっ゛ぁああ゛ああ゛ああっっん゛ああ゛ああん゛゛あ゛!?」



 勇者は絶叫をあげて絶命した。

 誰もが意味も分からず絶句した。

 「絶」が三つも重なった。だからどうしたと言われればそれまでである。



 「!? 敵の攻撃か!?」


 「まずい! 僧侶ちゃん、対応を!」


 「は、はい!」



 いきなり「対応」と言われて僧侶は困惑した。

 既に防御魔法(プロテクト)はかけている。やることはやっている。

 そのうえ僧侶は具体的な指示がなければ動けぬ、困った現代人であった。お前らのように。

 困った彼女は「とりあえずビール」みたいなノリでとりあえずヒールをかける他なかった。



「ヒール!」



「お゛お゛っほお゛あおあ゛ああああっあああっぉおおぁ゛ああんなああ!?」



「ん゛ほおおおおあああっぁぁっぁあああんんああおおがあ゛あ゛!?」



 瞬間。

 戦士は絶叫をあげて絶命した。

 魔術師も絶叫をあげて絶命した。

 魔物共は絶句した。合計五つの「絶」が発生、先のと合わせると八つである。

 末広がりで縁起が良い。幸先のいい数字である。

 それはそれとして全員死んでいた。幸先も糞もなかった。



「ええ……」



 明らかに己のヒールが殺していたように見えたが、僧侶はその考えを振り払った。

 だってヒールだもの、ヒールで人を殺すなんてそんなの悪役(ヒール)じゃない、と。

 僧侶はこの悪役(ヒール)ギャグにご満悦であったが、聞くものは誰もいない。

 全員死んでいたから。


 そのうえのんびりしているわけにもいかない。魔物はまだ健在だ。

 僧侶に攻撃魔法は使えない。絶体絶命のピンチである。



「うう、とりあえず防御魔法(プロテクト)を……」



 最大級の防御魔法を己にかけ、なんとかノーダメージで切り抜けるしかない。

 が、待て。本当に良いのだろうか。妙に嫌な予感がする。

 思えばバフをかけた勇者、今回やけにダメージを受けていたような……。




 「……ヒール」



「ぽぎゃあああぁぁあぁああああああ!?」



「ぴぎゃああぁぁおああっあああっあああっあああ!?」




 彼女は恐る恐る、魔物にヒールをかけた。

 絶叫。絶命。記念すべき十個目の「絶」。

 かくして戦闘は乗り切った。

 屍の重なる中、ただ一人立つ僧侶。



「……ス、ステータス確認…………」




* * * * * * * *



  僧侶♀ Lv.82


  攻撃:120

  防御:724

  魔法:2390

  回復:-8802766

  速度:1240

  運:950



* * * * * * * *




「何故……!?」



 回復の値がおかしい。

 理解できない状況、なにか呪いでもかけられたか。

 思い当たる節は何かないか。思い当たる節――。



「……あっ」



 僧侶は魔王城へ来る前、アホほど溜め込んだ「回復増強ナッツ」を喰らったことを思い出した。それはもうボリボリと。

 食べる度、脳内に快楽が走る。目をひん剥き、よだれを垂らしボリボリ。極彩色(サイケ)なる世界の顕現。これぞ極楽。

 「これもう脱法的なアレじゃない?」と苦言を呈し、ドン引きする仲間たち。


 しかしそれでもやめなかった。美味いから。あと脱法ということは合法ということだから。

 そのうえ食べる程に回復力が上がる。良いことづくめじゃないか。規制なんぞ許さない。

 そうしてナッツ禁断症状に苦しみながらやってきた魔王城であった。


 とうとう彼女は事の次第を理解した。

 恐らく上げすぎたのだ、回復力を。そして上げすぎると下がるのだ、システム的なアレ(オーバーフロー)で。

 システム的なアレのために翻弄されるとは。僧侶はシステム的なアレと、それを放置している神々に激怒した。

 こういうアレを取り除かずに世界創生するとは何事か。人類(ユーザー)にそういうアレを探させるんじゃない。

 仕事をしろ仕事を。納期を言い訳にするな。金を出してアレしてるんだこっちは。全く。



 散々怒りを撒き散らしてから、気付いた。

 自身の置かれた状況に。



「あれ……もしかして私……」



 少なくとも三人、殺っていた。業務上過失致死。

 仮に裁判となれば、事前にステータス確認を怠った点を追求される可能性は高い。

 過去の判例から見ても終身刑。いやだ、いやだ、いやだ。



「ま、まずい、まずい、まずい……いや待て、大丈夫、落ち着いて……」



 そうだ、教会に行けばシステム上みんな復活するアレである。

 今度はシステム的なアレに感謝した。ありがとう神々。フォーエバー神々。セールきたら買うよ神々。

 しかし仲間からの怒りの糾弾は避けられぬ。

 彼女は怒られることが何よりも嫌いな、困った現代人であった。お前らのように。



 僧侶は考えた。この状況を打破するため。

 なにかいい策はないか。妙案よ降りろ。降りてこい。

 


「……あ」



 天啓。



「魔王が全部やったことにしよう……!」



 ストーリーはこうだ。

 魔王による射程外即死魔法。次々とやられる仲間。なんとかしのぎ、聖なる僧侶パワーで返り討ち。

 こうして仲間を復活させれば万事解決な上、魔王討伐の功績まで成る。

 さすれば聖女として祭り上げられ、脱法ナッツも存分ボリボリ。不労所得もボリッボリ。

 ステータスは魔王の呪いでおかしくなったことにすれば問題ない。



「やるしか、ない」




 僧侶は駆け抜けた、魔王城の(きざはし)を。

 襲いくる魔物たち。連発されるヒール。絶叫の嵐。

 襲いくるナッツ禁断症状。大汗。動悸。過呼吸の嵐。


 再来する魔物たち。ヒール。絶叫。

 待ち受ける四天王。禁断症状。ヒールヒールヒールヒール、絶叫絶叫絶叫絶叫。

 動悸。大汗。動悸。フラッシュバック……。




 かくしてたどり着きし最上階。

 大扉を開くと、そこに待ち受けるは――魔王。




「さ、最低じゃな貴様……!」


「えッ!?」


「ヤク中のうえ仲間殺しの罪を他人に着せようとは……。人類の道徳教育はどうなっとるんじゃ……!」



 全部、見られていた。

 やはり殺すしかない、僧侶は決意を新たにした。

 彼女の思考は完全に黒く染まっていた。染まった精神はもう戻らない。

 さながら薬物中毒者の脳のように……。



「まあよい。自分に正直な奴、儂は嫌いじゃ無」


「ヒール!!」


「危なッ! 喋ってる途中じゃぞ!?」



 殺す。

 そう決めたら、もう殺すことしか頭になかった。

 殺人衝動だけが、彼女を動かしていた。殺人機械(キリングマシーン)が、ここにいた。

 全員抹殺だ。事実を知る者は全員屠る。誰も生かしちゃおかねえ。てめえら読者もだ。



「ヒール、ヒール、ヒール!!」


反射魔法(リフレクト)!」


「のわぁッ!?」



 間一髪で己のヒールを避ける僧侶。

 魔法が、効かない。

 ほとばしる殺人衝動の奔流が、せき止められた。



「ふふん馬鹿め。その程度の対策、造作もないわい」


「お、おのれ魔王……! みんなを……仲間を返してぇ……ッ! うわあああぁん……っ!」


「教会行けよ」



 僧侶は慟哭した。

 仲間を殺した魔王、それでもなんとかたどり着きし最上階。

 しかし彼女の力では太刀打ちできない。涙が流れ落ちる。

 そういうストーリー(事実改竄)の中で、慟哭した。



 そして彼女は気付いていた。今ここで魔王に負けるのが最もまずい、と。

 なぜなら全滅すると強制的に街に戻されるという、システム的なアレであったからだ。



 そこでステータスを確認され、あれこれ検証されたら、全てが終わる。

 嘘で乗り切った所で、射程外即死魔法なんぞ無いと知られれば、やはり終わる。ここで魔王を殺さねば、駄目だ。

 畜生、なんでこんなシステムにした。二度と早期アクセスしてやらんぞ。「おすすめしません」レビューつけてやる。

 僧侶は咽び泣き続けた。

 が……。



「……フフ、面白い女じゃ。人類側に置いておくなどもったいない」


「うわぁぁん……え?」


「貴様のそのドス黒い暗黒面……。我々に近いものを感じるぞ。どうじゃお主、わしの側近として仕えてみんか?」


「おねがいします」


「即答すぎねえか」




 ――僧侶は、これまでの日々を思い出した。 

 回復術を修め、勇者に同行し、治療を続ける日々。

 初期こそ感謝されることもあったが、いつしかそれが当たり前となっていた現状。

 心に刺さる、ちょっとした棘が抜けなかった。



 その反面、ヒールが即死魔法となってから。

 彼女は焦りながらも内心、楽しんでいた。ヒールの三語でバッタバッタと倒れていく敵が、愉快であった。

 その全能感たるや、ナッツをむさぼっていた時以上のものだったのだ。



 それを抜きにしても、勇者たちに怒られるのが全力で嫌だった。全力で隠蔽したかった。全力でクズであった。

 怒られて自尊心が傷付くぐらいなら、なんでもしてやる――。



魔王様(マイマスター)、どうぞ私めにご命令を……」


「マイマスターとか言い出した……。まあいい、とりあえず待機しておけ。疲れておろう」


「そうですか、ではお言葉に甘えて……」


「うむ、儂も少し休もう。明朝、人間どもに反転攻勢をかける。その時にお主の力を借」


「ヒールッ!!」


「あ゛ががびゃあああ゛ああ゛ああ゛あああぁああああ!?」



 絶叫。

 そして絶命。

 魔王の敗因は、他者を信じたこと。

 僧侶の勝因は、己だけ信じたこと。

 かくして全力クズの全力隠蔽工作により、世界は救われた。



「……よし」



 僧侶の「よし」だけが魔王城に響いた。

 これで怒られずにすむという「よし」

 魔王倒して褒められるという「よし」

 ナッツ食い放題だぜの「よし」

 全てが込められた「よし」であった――。















「――といった次第で、なんとか魔王を打ち倒し、こうして凱旋してまいりました」


「うむ、うむ! よくやったぞ勇者たち、とくに僧侶!」


「はい!」


 凱旋。

 僧侶は鼻高々であった。なにせ救世の立役者、誰もが彼女に熱狂した。

 そのうえ呪いを受けたという悲劇性まで付け加えられていた。

 悲劇が人間を美しく彩るのは世の常である。



 勇者らも僧侶に感謝した。

 キミのおかげで世界は救われたと、心の底からの感謝であった。

 僧侶は有頂天であった。世の称賛が気持ち良すぎる。

 この気持ちのまま早くナッツ食いてえ、それだけを考えていた。



「しかし射程外即死魔法とは……あんな情報なかったんだがなあ」


「ああ。やはり魔王、恐ろしい奴だったな」


「でもいいじゃない。僧侶ちゃんのおかげでなんとかなったんだから」


「あ、はは……まあまあ、終わったことはいいじゃないですか! それより飲みましょう皆さん!」



 王も貴族も平民も入り乱れ、国中で宴が始まった。

 飲めるものは飲み、飲めないものも飲み、僧侶はもうへべれけだった。

 酔った中でのナッツは効いた。脳へのダメージは計り知れない。さよなら僧侶の脳。






 事件は突然であった。






「……あ痛っ」


「ん、どうした勇者」


「いや、魚の骨取ろうとしたら刺さっちゃった」


「ドジだなァ勇者、あはは!」


「あーっ! ダイジョブですよお勇者様、僧侶めにお任せくださあい!」


「え? しかし僧侶、キミ……」




「ヒール!!」





 絶叫。絶命。

 混乱。パニック。殺人衝動。

 ヒール。ヒール。絶叫、絶叫、絶命、絶命。





 第二の魔王誕生と、その討伐はまた別のお話――。




~おわり~



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