(完結済!) 狂い咲きした桜のお礼
よろしくお願いいたします。
冷たい風がわたしのからだを駆け抜ける。
この間、なんだかちょっと暖かくなったかも?なんて勘違いしちゃったんだよなぁ。
う~さむい。
冷たい風になびかれながら、そんな事をぼんやりと考えていた。
「……え、桜!?今、10月だよね!?10月に咲くとか珍しくない?」
「え~!!ほんとだぁ~!間違えて咲いちゃったんかなぁ」
「かなぁ?あ、それよりさ、写真とろ!」
「あ、いいねぇ~!ば~え~」
………
女子生徒二人組はそう言いながら、桜を見上げスマホとかいう機械をわたしに向けた。
あ。
女子生徒二人組がわたしの枝に手を伸ばした。
「あ、これ、めっちゃ映える!」
「ね~!!映える映える……あっ!」
痛っ!
一人の女子生徒が掴んでいたわたしの枝が折れた。
「げ」
「あ~あ……ま、しょうがないよ」
「そうだよね。ま、いいや。えいっ!」
女子生徒はそう言って、わたしの枝をポイっと遠くに投げた。
「え、ウケる。何やってんの、持って帰んないの?」
「え~なんかぁ、気分?それに、微妙なとこで折れちゃったからいらないんだもん。持って帰っても、ゴミになるだけじゃん?」
「アハッ、まぢサイテー」
そう笑いながら女子生徒二人は、何処かに行ってしまった。
…………
痛いな。
わたしがそんな事を思っていると、捨てられたわたしの枝をある男子生徒が拾った。
あ。
彼はそれを持って、わたしに近づいてきた。
「あいつら……確か、同じクラスだったよな。ほんとに最低だな」
そう呟いて彼はわたしに、そっと手を当てた。
「ごめんな。折れちゃったから、もう直してはあげられないんだ」
彼はそう言って、しゃがみながら折れたわたしの枝をわたしの足元に立て掛けてくれた。
……君が謝ることじゃないのに。
彼はしゃがみ込んだまま、立て掛けたわたしの一部をじっと見つめている。そして少し経ってから、彼はふとわたしを見上げた。
「……直してはあげられないけど、ここに置いていくな。折れた先から枯れないように、保護剤とか塗ってもらえないか聞いてみるからな」
そう言って、彼は立ち上がった。
「おーい!シューーーウー!柊!!早く来いよーー!」
遠くの方で違う男子生徒が彼を呼んでいる。
「おー!今いくー!!」
彼はそう叫んで、走り去ってしまった。
*****
最近、10月だというのに季節外れの桜が咲いた。これは台風の影響だとニュースでは言っていた。風が吹いて葉が落ちると、桜の木は冬が来たと勘違いする。そして、台風が過ぎ去った後、気温が高くなると春が来たと再び勘違いし、花が咲くということらしい。
そしてこの現象は、俺の学校にある桜にも起きていた。
「まぁ、間違えちゃうよなぁ桜も。はぁ~あ、体育だりぃー」
俺はそう言いながら大きなあくびをして、体育館の隅で寝転がった。そう、今は絶賛、体育の時間。しかし、昨日俺はゲームを夜通しやっていてめちゃくちゃ眠い。バレーとかやってらんねえよ。
「おい、柊。カトセンに見つかったらやばいぞ」
寝転がっている俺に対し、智也は俺の体を揺らした。
「………来たら、起こして」
「お前な~……あ」
「ん、なに?あ」
見上げると、既にカトセンが笑顔で寝転がっている俺を見下ろしていた。
あーしんだ。
「あ……あ~!加藤先生だ~!今日もイケメンなんですね☆てへ」
「お~、ありがとうな!柊。そんなお前には次の試合に出してやるぞ~」
「え、俺、次は順番じゃないよ??」
「だ~から、特別だ!特別!」
カトセンはそう言って笑いながら、俺の肩を組んで「いいよな?」と笑顔で圧をかけてきた。おい、目が笑っちゃいねえぞ?
俺は諦めたように溜め息を漏らした。
「……は~い。喜んで~」
俺は低い声でそう答え、立ち上がった。そして、ちらりと智也に視線を移してみた。すると「じごうじとく」と口パクで言っている。いや、全くその通りなんだけど、なんかむかつく。そう思った俺は「うるせえ」と口パクで返した。
……あーやべ。頭がぼーとする。
やっぱ、ゲームの徹夜はキツイな。立っていても瞼が重くて、だんだんと重たい瞼が降りていってしまう。
「……しゅう!!!」
遠くから智也の声が聞こえて、パッと目を開けた。
が、その瞬間にはもう遅かった。
バンっ!!!
バタンっ!
「おい!柊!」
……俺は人生で初めて、ボールを顔面キャッチしてそのまま意識を失った。
*****
「…………」
瞼を静かに開ける。
白い天井。
うっ、眩し。カーテンが開いていて窓から日差しが差し込む。
ここ……保健室か。しかも一番窓際。眩しいったらなんの。カーテン閉めてくれよ。俺は自分の身体を起こして、シャッと勢いよくカーテンを閉めた。
あーそっか、寝不足でボールを顔面キャッチしたもんだから、そのまま倒れたんだな。
俺はそう思いながら辺りを見渡し、再びベッドへと寝転がった。
「ラッキー♪このまま、さーぼろっと」
俺は両手を頭の後ろで組んで、再び瞼を閉じようとした。すると、カラカラカラと窓を開ける音が聞こえてきて、突然カーテンが開き、再び俺に日差しが差し込んだ。そして、パラパラとなにかが俺に落ちてきた。
俺は驚き、閉じようとしてた瞼をカッと全開にして見開いた。
「なっ!?……ん、さくら?」
桜の花やその花びらが上から降ってきていた。俺はそのまま降ってきた白い桜の花びらを一枚拾いあげた。
……え?ん?なんで桜?
「……ねえねえ」
開いている窓の外から声がした。
俺が花びらから窓の外に視線を移すと、銀髪の女の子がひょこっと上半身だけを出し、こちらの様子を伺っていた。
んーーー
……誰ぇ?
俺は思わず、目を細めた。
「ねえ、大丈夫?どうしたの?」
その子はそんな俺に対して、心配そうな表情を浮かべて訊ねてきた。なんだか綺麗な子だなぁ。よく見ると銀色……というよりは白に近い色の綺麗な長い髪が風になびいて、太陽の光が当たりキラキラ輝いて見えた。
「ねぇったら!」
「あ。あぁ、ごめん。大丈夫だよ。ちょっとボールを顔面キャッチして気を失ってただけだから。えっと、その……君は?」
俺がそう訊ねると、彼女はニコッと笑った。
「お礼」
「え?」
「お礼……と、お見舞いをしにきたの。それ」
そう言って、彼女は桜の花を指差した。
「あぁ、これ……えっと、ありがとう。綺麗だね」
俺がそう言うと、彼女は少し照れた表情を浮かべながら笑った。……かわいい。というか、俺は君が誰なのか聞いたんだけども。まぁ、いいか別に。お礼……もちょっとなんのお礼か分からないけど、まぁ、いいか別に。かわいいし。
それから俺達はなんとなく会話を交わした。
今日は天気がいいとか、天気がいい割にちょっと肌寒くなってきたとか、昨日徹夜したゲームの話だとか……本当、他愛ない話ばかりしていた。俺はまだ眠気が取れず横になり、寝ぼけながら話をしていた。
「……それじゃあ、もう行くね。ゆっくり休んで」
「ん……あ、なまえ……」
俺がそう言いかけると、風が一気にぶわっと舞い上がりカーテンが大きく揺れた。あまりにも強い風だった為、俺は思わず目を閉じてしまった。そして目を開けた時には、もう彼女の姿はなかった。
眠気の限界がきた俺は重い瞼を、そのままゆっくりと閉じていった。
「…………い……おーーい、柊ーおーーい」
智也の声がする。うるせぇなぁ。
「おーい。おいってば、おーきーろー」
智也はそう言いながら、俺の身体をゆさゆさと揺らした。
「……っん、なんだよぉ」
俺は目を擦りながら瞼を開いた。
「やっと起きたか、全く。お前、顔面は大丈夫なんか?」
「ん~あぁ、もうバッチリ」
「なら、良かったよ。つか、お前さ~寝ながら何遊んでたわけ?」
「んあ?何のことだよ」
「いや、お前の枕元にある桜のことだよ。あー、しかもなんか枯れてるやつもあるじゃん」
「え、嘘!?」
俺は思わず勢いよく身体を起こした。すると、確かに花びらが茶色に変色して、しおしおになっていた。
「あ~……ほんとだぁ。あ、でも大丈夫なやつもある」
俺はまだ綺麗な桜の花がついた枝を手に取った。あれ、これなんだか見覚えがあるような……
「お前、それどうしたの?」
「いや、なんか、さっき女の子がお見舞いにくれたんだよ。知らない子だけど」
「へぇ……ん?でも俺、体育終わってからすぐにここへ来たけど、女子となんてすれ違わなかったぞ」
智也はそう言って、少しだけ首を傾げた。
「いや、窓の外からきたんだよ……」
……ん?あれ?
俺は自分で言っていて違和感を感じた。
「……窓の外……?」
智也は更に首を傾げた。
「「ここ2階だよな?」」
俺たちはお互いに目を合わせながら、同時に口を揃えた。
*****
俺達は保健室を後にして、放課後、再び桜の木の元へ足を運んだ。
「夢見てたんじゃねーの?」
「んー……どうなんだろ」
俺は適当に返事を返しながら、右手に持っていた桜の花がついている枝をギュッと握り締めた。
「……夢、だったのかな」
そう呟き、右手に持っていた桜の枝を見つめた。
あれ、そう言えば折られちゃって、昼間に立て掛けて置いた桜の枝が見当たらない。やっぱり、彼女がくれたこの桜の枝って……そう思った瞬間、ブワッと風が舞い上がった。
「………ありがとう」
風が舞い上がったと同時に、頭上からあの彼女の声が聞こえた気がした。
俺は驚いてすぐに上を見上げた。頭上では、白く、太陽の光でキラキラとしている桜が風になびいていた。その光景は、何故かあの彼女の髪色と重なって見えた。
「……こっちこそ、ありがとうな」
俺は桜を見つめたまま、少しだけ微笑んでそう呟いた。
「ん?誰に言ってんの?」
智也が隣で、不思議そうな表情を浮かべながら訊ねてきた。それに対し、俺は人差し指を口元に当てて「内緒」とだけ告げた。
「……あ~あ、俺卒業したらホワイトアッシュにでも染めようかなぁ」
「は。なんだよ、突然」
「ないしょだよ~!」
「……変な奴ー」
「うるせぇなぁ。さ、もう帰るべ帰るべ」
そう言って俺は、桜の木に背を向け歩き出した。
この桜は家に帰ったら、花瓶に水を入れて指しておかないとかな。後でちゃんと調べて、ちゃんと大事にしよう。そう思いながら、俺は桜の木の枝をぎゅっと優しく握った。
読んでいただき、ありがとうございます。