エピローグ
ふとしたきっかけで記憶が蘇ることがある。
たとえば十年前に喰った飯の内容。
たとえば初めて倒した敵の、断末魔の声。
たとえば見た覚えもない筈の、女性の顔。
「……」
前世もちはそれほど珍しくない。
剣と魔法のファンタジーといえば聞こえはいいが、文明の発達と共に消え去るはずだった者達を際限なく回収し受け入れた箱舟みたいな世界である。数多の人種と文明が混在しながらも相互憎悪に向かわないのは、苦い過去と屈辱の歴史が教訓として残った結果なのかもしれない。
野宿続きの生活だったが、たまたま日が傾く前に宿場町に到着できた。
情報の更新は旅生活には不可欠だし、狩猟して得た皮革素材や採集物を卸せる場所があれば現金に換えたい。
鷲馬は大飯ぐらいだ。
合成獣だって油断すると際限なく喰う。
輓馬はそろそろ種族詐欺の称号を与えてもいい。
家事妖精は少量のクッキーとミルクで充分というのは伝承違いだと最近判明した。
……
……
この世界に転生して最大の幸福は、花粉症を克服したことだ。
来世チケットに記載されていた回復魔法は効果抜群で、それだけでも生まれ変わった事を感謝している。
前世の記憶は朧気だ。
それでも幾つか思い出せたことはある。
路地裏の片隅。
豊穣神の眷属を祀る、小さな祠。
このような場所でも敬虔な信徒がいるのか、手入れが行き届いている。前世でも見た御稲荷様をどうしても思い出してしまう。
収納空間より自家製の油揚げを取り出し、竹の皮に包んで祠に供える。
そういえば前世でお世話になった女性。
皆スルーしていたけど狐の耳と尻尾が生えていた。彼女以外にそんなヒトはいなかったのに。誰もそれを不思議に思わず、指摘もしなかった。
……
……
「当面の目的地は迷宮都市ミノスっす。もし合流されるなら、其処で」
なんとなくそう告げた方が良いと考えて祠の前で手を合わせた。
ほんの一瞬。
顔を狐の尾で包まれたような感触が、次いで後ろから誰かに抱きしめられた。実体はないけれど、背中に顔を埋められてぐりぐりと匂い付けするされていると理解できる。今ではない時に、自分は誰かにそうされていた。
気付けば備えた油揚げの包はきえていた。
身体に染みついた狐の匂いに従魔たちが怒るのは必至かとぼやき、ご機嫌伺いの甘味を探すべく雑踏の中に再度踏み込むことにした。