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 穂波を助手席に収めるべく一時停車してついでにドライバーの様子を確認したが、防弾チョッキすら着用していなかった。宅配トラックに偽装した車両であるとはいえ、米軍と一戦やり合うにはあまりにも心許ない。

 急いでドライバーに防弾チョッキを着用させ、高速道路に向かうように指示した。


『逃げ場の少ない高速道路に入っちゃって大丈夫なんですか?』


 穂波がヘッドセット越しに聞いてくる。


「問題ありません。平日のこの時間帯なら高速は空いていますから。それより流れ弾が一般市民にあたるのを少しでも抑えないといけません」

「隊長。車両に積載されていた全ての弾薬と火器を集めました」


 ジュピターがトラックからかき集めた諸々を披露する。


サブマシンガン(9mm機関拳銃)の弾薬、フラッシュバン、狙撃銃(M24)とその弾薬、テーザー銃、役に立ちそうなのはこれくらいですね…」

スティンガー(携帯式防空ミサイル)や軽機関銃はより攻性の部隊に優先配備されますから、こんなものでしょう」


 我が部隊は戦闘を前提とした任務が主要業務ではないため、サブマシンガン(9mm機関拳銃)がプライマリーウェポンだ。ジュピターが89式を使用する以上、少なくとも5.56mmNATO弾は配備されるはずだが急な配属であったため間に合っていない。

 ジュピターが携帯している分のマガジンしか射撃できないのはかなり心許ない。


「隊長。何か聞こえます」


 ジュピターが指差す方向に耳を澄ます。

 低く、腹の底から唸りを上げるような轟音。継続的な機械音は徐々に大きく、やがて爆音を伴って私達の車両へと追いすがってきた。


 後部ハッチを開ける。

 既に高速道路へ進入している為、驚くほどの速さで景色が流れていく。

 唸りを上げるトラックのエンジン音を逆に掻き消すかのような勢いで、そのローター音は迫ってきた。


ブラックホーク(輸送ヘリコプター)だ!」


 穂波に情報伝達するためヘッドセットのスイッチを押しっぱなしにする。


「穂波さん!ドライバーへ徐々に速度を落とすように伝えてください!こちらにやる気があると悟られないように!」

「ジュピター!ガンナーに先に撃たれたら私達は終わりです!いつでも撃てるように準備してください!」


 ブラックホークには重機関銃が搭載されていた。

 重機関銃の射手は車両に狙いを定めて銃口を向けている。


「隊長!あのブラックホーク、部隊識別マークがありません!」


 流石の米軍もおおっぴらに同盟国の街中で民間車両を銃撃する事は出来ないのだろう。

 中東あたりから逆輸入してきたブラックホーク、そして恐らく搭乗しているのも万が一死亡したとしても身元が割れないような人員だろう。

 彼らは汚れ仕事をはばかる理由の無い部隊だ。



 車両に備え付けの通信機器が受信音を鳴らす。


「もしもし」

『異常生物・奈月一夏の身柄をこちらに引き渡して頂こう。車両を停止しなければ実力を持ってそれを奪取する』

「あーはいはい、異常生物ね…」


 ジュピターに目配せする。

 私の親指はグッドサイン。


 フルオート射撃された89式が火を吹く。

 完全なリコイル制御でジュピターが狙うのは、ブラックホークに搭載された重機関銃の射手だ。


 89式の射撃音と共にこちらの射線を切るようにブラックホークが機首を上げる。

 機体はトラックの前方へと飛行していった。


「射手を行動不能にしました!しかし、恐らく死亡してはいないかと…」

「私達の仕事は殺人ではありません。無用な殺生を避けられるのならばそれに越したことはありません」


 ジュピターは意図的にガンナーの両腕に当たるように射撃を調整していた。

 高速道路を走行するトラックの車上から、飛行している機体の射手の、それも身体の一部を狙う等、並大抵の能力ではない。

 やはり彼女の射撃能力は他とは一線を画すものだ。


「次は彼らも本気ですよ!」


 ブラックホークはこちらの射線と被らないように上空で並行移動している。

 ジュピターの射撃で運良く重機関銃も使用不能となったのかそちらからの射撃はなかった。しかし、搭乗している人員からのライフルによる射撃が容赦なく降り注いでくる。


 ジュピターも決死の覚悟で応戦している。

 トラックの至る所に風穴が開いていた。


「穂波さん、本部までは!?」


『あと4分っす!』


「ジュピター、残弾は!?」


「残り2マガジンです!」


 ヘリからの銃撃は明らかに手心を加えられたものだった。ドライバーを狙っていないのは、何故か。


「まさか、」


 ヘッドセットから穂波の金切り声が発せられる。


『前方に検問です!』


 外部モニターには、カーキ色の装甲車が横一列になって高速道路上を封鎖している様子が映し出されていた。


「穂波さん!緩やかに停車!」


「ジュピター!ヘリがホバリングして人員を下ろそうとしたら射撃して下さい!」


 指示を下している間に前方から拡声器による機械音が響いてくる。


「全員速やかに降車し、武装解除せよ。応じない場合、2分後に射撃を開始する」


 それが脅しでないことを示すかのように、武装した十数人がライフルを構えている。


『2分じゃ走馬灯には足りませんよ!?』


 穂波が意味の分からない事を叫んでいる。


「ヘリの隊員はやれても残弾はそれで終わりです。前方車両には対処できません」


 ジュピターが悲壮な顔を浮かべる。

 サブマシンガンでこの距離の銃撃も出来なくはないが、先に蜂の巣にされるのはこちら側だろう。

 打つ手はないのか…


 私の視界にぼろぼろに砕けた拘束具が入った。


「あれは、我の敵か?」


 何からも拘束されず、自由を得た異常生物がそこにいた。


「貴様!また拘束を…!」

「ジュピターひとまず落ち着きなさい」


 慌てて銃口を向けようとするジュピターを静止する。


「装甲車が進路を妨害しています。あれをなんとか出来ますか?」

「それくらい容易いものだが、我が害するのは我を害しようとするものだけだ。今の所、あれらからは殺意を感じない」


『2分たったら殺意もりもりになるって!』


 穂波が喚いている。


「直接貴女を害そうとはしていませんが、貴女を大事に移送している私たちへ既に攻撃が加えられています。手を貸しては頂けないでしょうか?」


「ではあれらが敵で、お前達が我の味方ということで良いのだな?」

「それで何も問題ありません!」


 ジュピターがおろおろと私の袖を引く。



「た、隊長。異常生物からの個人的な利益享受は規定コード334に違反にします…。バレたら辞職だけではすみませんよ」

「いえこれは個人的なお願いではありませんよ?」


 ジュピターを奈月一夏の前に引き寄せる。


「はい、仲直りの握手をしてください」


 惚けた顔のジュピターと、胡乱げな表情を浮かべる奈月一夏。


「た、たいちょう、」

「はい、握手ー」

「…」


 両者の手を取り無理矢理握手させる。


『私は心の中での握手ということでお願いします』


 穂波が何かを言っていた。


「よかろう。あれは敵だ」



 奈月一夏がそう呟くと、ピストルの形状に握った右手を前方へとかざした。


「ちょ、ちょっと、」

「案ずるな。我の味方には当てないわ」


 そう言い切る前に閃光が一筋の線を伴って前方へと伸びていく。その言葉通り、ヘッドセットからは穂波の驚く声が聞こえたが特に怪我はないようだった。


 そして爆発音が響く。


『前方の装甲車が吹っ飛びました!今ならいけます!』


 穂波のその言葉にすぐさま発進するように返答した。

 アクセルを踏み込んで急発進するトラックの後部ハッチから、爆発炎上する装甲車の残骸が過ぎ去っていく。


 いつの間にかヘリは居なくなっていた。

 爆発を目の当たりにして勝ち目がないと踏んだのかもしれない。


「た、助かった」


 ジュピターがヘナヘナと座り込み壁にもたれかかる。

 奈月一夏は何を考えたのか、そんなジュピターの隣に体育館座りで座り込んだ。肩を震わせてビクつくジュピターがこちらに助けを求める視線を向けているが、問題はないだろう。


 天才的な射撃能力を有するジュピターに、規格外の能力を行使する奈月一夏。そのどちらかが欠けていたら今私はこの場にはいないだろう。

 …もちろん穂波も、だが。


 ジュピターの柔らかい髪の匂いをかいでいる奈月一夏を見て、


「これからが大変そうですね…」



 と私は思わず口にしてしまうのであった。

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