2 リクルート戦闘
我が組織のトップと警察上層部は同じ旗の元にあるのだが、表向き異常生物が存在する事が許容されない社会である以上、我々のような兵隊が警察に捕まる事は大きな問題となる。銃撃事件を起こした上で拘束されたとなると、始末書が月まで積み上がる様が容易に想像できてしまう。心の安寧を守る為、何としてもそれは阻止したい所。
待機させておいた宅配トラックに偽装した輸送車両に乗り込み、私達は急ぎ収容施設へと向かっていた。異常生物・奈月一夏を後続部隊へ尋問情報と共に引き渡すまでが私達の役目だ。
穂波が手元のタブレットで移送経路を確認している。
「渋滞情報はなさそうですね。このまま何もなければおやつの時間には間に合いそうです」
「警察側の検問封鎖はどうですか?」
「今の所本部からは情報なしっす。警視庁と交渉中でしょうかね」
「私のせいです…すみません」
ジュピターが悲壮な顔を浮かべて頭を下げている。
「なーに大丈夫大丈夫!いざとなったら隊長がなんとかしてくれるって!」
「私が何とかする前に各員の努力に期待したい所です」
「というかジュピちゃんの獲物89式なんだ。それが能力と関係してる感じ?」
「能力…ですか?訓練所での成績はライフルが一番でしたが…」
穂波が口を開けて呆けた顔をする。
そして何かに気付いたように私に詰め寄る。
「ええ!ジュピちゃん、ノーマルだったんですか!」
「穂波さん。あまり新人をいじめないで上げてください。我が部隊の事情を考慮しないで人事を決めた本部の怠慢ですから」
「へいへーい」
「あの、穂波さんもしかして先輩も、」
「ん?そーだよ!ほれ」
穂波は口を大きく開けた。その口内には二本の触覚が収納されており、人間のものとは似ても似つかない鋭利な歯が並んでいる。普通の人間とはとても呼べない異様な見た目にジュピターは身体を固めている。
「まあ普通はそうなるよねぇ。うちの隊長が特殊って訳よ」
「私はいたって普通の模範的小市民だと自負していますが。ジュピターもあまり気にしなくていいです。対異常生物に特化しているお陰で日常生活ではまるで役に立たない八方美人の能力など、なくても困ることはありません」
「ここ以外で働くこと出来ないっすもんね、うちら」
穂波のその言葉に悲壮感はない。実際の所、私も穂波も『出来る事を出来る場所でする』というある種諦めにも似た決意が根底にあった。その決意が仕事へのプラスに働いているのかは評価が分かれる所であるが、我が部隊は少数精鋭の尋問特化部隊として組織内での地位を確立している。
適材適所といえば聞こえはいいかもしれないが、私はこの職場が気に入っていた。
輸送車両に備え付けの通信機器が呼び出し音を鳴らしていた。
穂波がタブレットを操作しながらそれに応じた。
「穂波です。はっ!隊長にお繋ぎします!」
急に背筋を伸ばして身を正すその様子を見るに、上級士官からの連絡だったようだ。
「はい代りました」
『私だ』
感情の抑揚を見せないその声は、司令のものである
「…いかがされましたか」
『時間が無いので完結に伝える。先程、在日米軍より異常生物・奈月一夏の管理権限の一切を譲渡するようにとの通達があった』
「は?」
『国内の異常生物に対する事項は我々が管轄するという密約に反する行いだ、と上層部の一部はそれに反発している。しかし大多数は黙認せよという意見で統一されつつある』
「どうして急にそんな事に、」
『今回の異常生物はクラス5に認定された。…対異常生物戦を想定する部隊創設の為、米軍が人員を徴募しているとの噂がある。クラス5ともなれば喉から手が出る程欲しいという訳だ』
「…」
『我々の方針を貴官に伝える。クラス5移送の為、それに関わる一切の責任、権限は現在を持って貴官に一任される事となる。在日米軍へ素直に引き渡すも良し。追手を振り切って収容施設へ逃げ込むも良し』
「米軍が施設内へ急襲をかけてくる見込みは?」
『概ね100%だ。異常生物に対する密約があるとはいえ、日米地位協定に異常生物への対処事項が無い以上、彼らが遠慮する必要は無いだろうからな』
「…それって一任という名の責任放棄なのでは」
『まあ、そういうな。今回に限っては事の顛末に関わらず全ての無茶が許容される。最悪米軍と事を構えたとしても"不幸な"行き違いがあったとして貴官が責任に問われる事はない』
無法には無法で対処せよ、という事か。
『これは私の独り言なのだが。話が通じるクラス5をみすみす米軍に引き渡すのは、今後の部隊運用の観点から見ても得策ではない。出来る事なら我々で確保したいところだ。…仮に収容施設内に逃げたとしても米軍の急襲を防ぐ事は出来ないだろう。しかしながら、各国との秘密条約によって治外法権が設定されている本部施設であれば流石の米軍も侵入を行う事は出来ないだろう…』
「つまりそういう事ですか…」
『そういう事だ。では貴官と貴部隊の任務達成を祈る。以上』
静かに受話器を穂波に手渡す。
私が発言した内容に耳を傾けていた二人は、何やら表情を硬くしている。
はて、何を言ったか。
『米軍』
『急襲』
『責任放棄』
思った以上に不穏なワードが私の口から発せられていた。
「何も心配はいりませんよ」
「それ絶対ウソ!!」
「穂波さん。ドライバーに本部施設へ進路変更するように伝えてください」
有無を言わせない私の物言いに、穂波はぷりぷりと可愛らしく口を尖らせて「りょーかい」と返答した。私と彼女にとって、これくらいの修羅場は日常茶飯事なのである。
穂波がヘッドセット越しにドライバーへ進路変更する事を確認し、二人に向き合う。
「米軍が我々の移送対象を強奪しにくるそうです。本部は我々の支援を一切行わずに指揮権を放棄しました」
「ヤバすぎ」
「穂波さん。貴女は助手席に回って前方への警戒を行ってください。ドライバーが被弾したらおやつは抜きです」
「そんな無茶苦茶な…」
「泣き言は本部についてからにして下さい。ジュピター、貴女は後部ハッチから追手を迎撃してください。私が補佐します」
「米軍は本当に我々と敵対するつもりなのですか?」
「クラス5は彼らも欲しいのでしょうね。良い人材はどこも引く手数多という事です」
異常生物、奈月一夏はトラックの壁面に拘束されている。
人間の些事に興味は無いのか、静かに私達を見返していた。
「89式の無制限発砲を許可します。但し民間人、民間施設への発砲は従来通り禁止です」
「はっ!」
ジュピターの肩に手を置き、彼女の目を見据える。
「良い人材はここにもいるという事を、彼らに鉛玉と共に思い知らせてやりましょう」
「…了解しました!」
その力強い返答に、私はただ頷く事で返すのであった。